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常在戦場の心得。
武道――特に古武道において、この心得を説く流派は多い。
しかし、現代社会においてこの心得を実践するのは中々難しいであろう。ましてや、『運動会ではみんなで手を繋いで仲良くゴール♪』などという、ゆとり教育を受けて来た者にとってはなおさらでる。
そして、それは彼女達も同じであった。
リングでは自分の限界を越え、常人では絶対にマネ出来ない様な闘いを繰り広げる彼女達も、|一度《ひとたび》リングを降り、練習を離れれば普通の女子と変わらないのである。
シャワーを終え、ロッカールームに戻って来た彼女達。
トレーニング用の無骨な|下着《インナー》から、プライベート用の色とりどりな下着に着替えた彼女達は、普通の若い女子となんら変わらぬ会話を楽しんでいた。
ある者はロッカーに掛けた鏡を前に、
「うわあぁ~。そのボディローション、いい香りですねぇ」
「そうかしらぁ? 最近、新鍋グループの傘下に入った、|房光《ふさみつ》製薬の新製品らしいですわ。房光の社長から直々にモニターを頼まれまして、今日初めて使ってみたのですけれど……宜しければ、舞華さんも使ってみます?」
「いいんですかっ!?」
「ええ、よくってよ。肌に合うようでしたら、後で色々と試供品もお持ちしますわ」
「ありがとうございますっ!」
などと|化粧品《コスメ》の話に花を咲かせ、またある者はドレッサースペースで髪にドライヤーをあてながら、
「かぐやさんのブラ、スゲー高そうッスね。しかも、スゲー大人っぽいし」
「そんな事ないわよぉ。まあ、一応イタリア製ではあるけど、バーゲンで買ったヤツだし」
「でも、かぐやさんはいいッスよねぇ。胸がデカイと好みのブラとかあっても、サイズが中々ねぇんッスよ」
「カチン……あら、胸が大きくて邪魔なようなら、少しもいであげましょうか? うふふふっ」
「えっ!? い、いや! え、えええ遠慮しとくッス!!」
「つーか、海外ブランドだと、このサイズを探す方が難しいつーの(ボソッ)」
などと、|下着《ファッション》の話題で盛り上がっていた。
かと思えば、中には髪を乾かすのもソコソコに、肩へタオルを掛けただけの|パンツ一枚《パンイチ》姿で、
「ぷは~っ! この一杯の為に生きてるなぁ~」
などと、ベンチで缶ビールを呷っているオヤジ丸出しな妙齢の乙女もいるが……
「ちょっと、智子さん……あまり飲み過ぎないで下さいよ。どうせ、帰ったらまた飲むんでしょうし」
「固い事をいうなよ、栗原ぁ。長い付き合いなんだ、この程度の酒でどうにかなる程ヤワじゃない事くらい知ってるだろ?」
「長い付き合いだからこそ、身体の心配をしてるんじゃないですか」
「ハイハイ、分かりましたよ。お母さん……じゃあ、もう一本だけな」
「誰がお母さんですか、まったく……しかも、結局また飲んでるし」
空いた缶をゴミ箱に放り投げ、新たな缶ビールを開ける智子にかぐやは大きくため息をついた。
しかし、そんな智子の姿を見ていたのは、かぐやだけではなかった。
愛理沙もまた、不思議顔で首を傾げながら、ビールを呷る智子の姿に目を向けていた。
「ん? どうした愛理沙、ジロジロと――言っとくけど、わたしに|百合《そっち》の趣味はないからな。まあ、そのデカイ胸は一度揉んでみたくはあるが……」
「わ、わたくしにも、|百合《そんな》趣味はありませんわっ!!」
レースの下着に覆われた大きな胸を両手で隠す様にして、身を捻る愛理沙。
「そ、そうではなくてですね……前々から不思議に思っていたのですが、大林コーチはお兄様やかぐやさんと以前からのお知り合いなのですか?」
「あっ! それ、わたしも気になってました。社長とお兄ちゃんは、同じ大学で在学期間が被ってましたから、知り合いなのは分かりますけど……」
そう、同じ大学で同じプロレス部とはいえ、智子は佐野が入学するずっと以前に卒業しているのである。
OGとしてたまに顔を見せる事はあるにしても、それだけでは数多くいる後輩の一人にしか過ぎないはず。
しかし、愛理沙達の目には、智子と佐野、そしてかぐやとの関係が、そんな希薄なモノには見えなかった。
「別に隠すつもりもないが、わざわざ話す事でもないからな。まっ、付き合いの長さでいえば、佳華よりも長いわな」
何気ない口調でサラリと出た言葉に、愛理沙達は目を丸くして驚きの声を上げた。
少々アルコールが入り、口の滑りが良くなったのか。智子は新人達の驚く姿にイタズラっぽい笑みを浮かべ、更なる驚愕の事実を口にする。
「特に佐野とは何度も一緒に風呂へ入ったし、なによりアイツのファーストキスの相手はわたしだ――なっ、栗原ぁ?」
「あの時は、わたしも一緒にお風呂入ってましたし、それにあんなのはキスの内に入りませんっ!」
普段の鬼コーチモード時には絶対に見せない様な笑みを浮かべる智子に話を振られ、かぐやは頬を膨らさせながらソッポを向いた。
「そう、ムクれるな。お前の前で佐野に何回もキスしたのは、わたしも悪かったと思ってるんだから」
「ムクれてなんていませんよっ!」
あからさまなムクれ顔で髪にブラシを通していくかぐやと、その、あまりにもテンプレなツンデレっぷりに苦笑いを浮かべて肩を竦める智子。
そんな二人のやり取りを見ていた新人達は、慌てて自分のロッカーを漁ると智子を取り囲む様に集まって来た。
「コーチッ! 是非ともそのお話を詳しくっ! コレ、ゴディバのチョコレートですわ。おつまみにどうぞ」
「こっちは、ブラック稲妻ッス!」
「キノコとタケノコもありますよっ!」
「み、見事にチョコばかりだな……」
新人達から差し出された|賄賂《つまみ》に、智子は引き気味に頬を引きつらせた。
「まあ、わたしは話してもいいんだが――この話は、栗原がムクれるからなぁ……」
「だから、ムクれませんよっ!」
「じゃあ、話してもいいのか?」
「ご自由にどうぞ」
かぐやは無関心を装い、ブラシを置いて化粧ポーチを取り出した。
ホント……ツンデレちゃんは扱いが楽だな。キッチリとこちらの期待通りの反応を返してくれる。
そんな事を思いながら、智子はかぐやの白い背中に目を向け優しく微笑んだ。
「かぐやさんのお許しも出ましたし、お願い致しますわ。コーチ」
「とは言っても、何から話せばいいのやら……」
ベンチに座る智子の前に、下着姿のままで床に座り目を輝かせる新人達。
そんな期待に満ちた瞳を向けられた智子は、舞華の差し出したキノコを口に放り込みながら、かぐや――そして佐野との思い出でをゆっくりと手繰り始めた。