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ユーヤが旅立ってから数日が過ぎました――
「お久しぶりです」
「ジグレさん」
ジグレさんはいつも初夏もしくは夏の真っ盛りにリアフローデンに訪れます。だから、秋に近づいても来訪しなかったので、今年はやって来ないのかと思っていました。
ところが、朝夕に涼しい風が吹き始めた夏も終わろうかとしていた時分にヒョイと突然に現れたのです。
「ジグレさんがこんな時期に来られるのは珍しいですね」
「ちょっと王都でごたごたがあったものですから、少し情報を集めておりまして」
「ごたごたですか?」
まるでお天気の話でもするかのように軽い雰囲気のジグレさんですが、携えてくる話題はどうにも物騒な内容が多いような気がします。
そんな私のうろんげな視線を気にした風もなく、ジグレさんはきょろきょろと辺りを見回して首を捻りました。
「ところで珍しくユーヤさんと一緒ではないのですね」
「珍しくって……四六時中ユーヤと連れ立っているわけではありませんよ?」
「そうですか?」
ジグレさんの笑い顔が意味深に見えるのは私が穿ち過ぎなのでしょうか?
「私がお見掛けする時にはいつもご一緒におられますが」
「そ、そうですか?」
「ええ、それに2人とも楽しそうで……まるで恋人の逢瀬みたいでしたよ」
「こ、こ、恋人!?」
もう!
やはりからかっているのですね。
「ひ、冷やかさないでください!」
「顔が真っ赤ですよ」
その指摘に慌てて頬に手を当てると、酷く熱くなっているのが自覚できました。
「そのシスターの初々しい反応……彼と少しは進展しましたか?」
「べ、別にユーヤと私は……」
あの日の彼との口付けを思い出すと年甲斐も無く顔が熱くなってしまいます。
やはり私はユーヤが好きなのでしょうか?
それともアルス殿下の時と同じように恋に焦れているだけなのでしょうか?
「それにユーヤはもうリアフローデンにはいませんし」
「出て行かれたのですか?」
意外そうな顔をするジグレさんに私は頷きました。
「ユーヤは魔王を討伐する旅に出ました」
「そうですか」
ジグレさんに驚いた様子がありません。
予想はしていましたが、彼はユーヤの正体に勘付いていたのですね。
「しかし、もう少し早く彼が動いていればアルス殿下も命脈を保てたでしょうに……まあこれも因果応報とでも申しましょうか」
「何かあったのですか?」
やはり私の予感は当たっていたようで、ジグレさんはとんでもない話を持ってきたのでした。
「実はアルス殿下が廃太子され王族より放逐されたのです――」
「仰っている意味が分かりかねます」
王座に腰掛ける父王が宣告した内容にアルスは食って掛かった。
「聞いての通りだ。お前を王太子より廃し、王家から除籍する」
「父上!?」
国王である父に冷たく言い放たれ、アルスは余りの不測の事態に自分を抑えられず激昂した。
「いったいどう言う了見なのです!」
「王家の威信に傷を付けた失態の責を負ってもらう」
「私が何をしたと言うのですか!?」
国王は鼻先で笑い、王座からアルスを見下ろした。
「もとはと言えばお前がクライステル嬢を断罪し、あの女を妃にした事が発端であろう」
「お待ち下さい。あれはエリーが虚言で私を騙したのであって、私の責任ではありません!」
「黙れ!」
取り繕うアルスに国王は一喝した。
「王族が簡単に誑かされよって。このうつけ者め!」
実の父の冷ややかな視線にアルスはグッと唇を噛んだ。
ミレーヌとの婚約破棄はエリーの聖女としての名声を得て王家が衆望を集め、更にはエリーを介してフェリックを誑かしクライステル伯爵家の財産をせしめる事を目的としたものだ。
アルスはこのような目先の利益ばかり追った策謀を巡らせたのだが、それに目の前の国王も乗ったのだ。アルスは自分ばかりが責められる理不尽に体を震わせた。
「この件に父上が関与しているのは明白。私ばかりに責めを負させれば、逆に王家の信用は地に落ちますぞ!」
「何を今さら……」
足掻くアルスに国王は嘲笑った。
「婚約者であるミレーヌを捨て、策謀でクライステル家を潰し、あまつさえ妃となった者を処刑した。この上に王太子を廃嫡した所で誰も何も思わんよ」
「……」
アルスはギリリと歯を噛みしめた。
王家は威信を失い、貴族達は疑心暗鬼となり、民心は既に離れた。
この状態で自分を廃嫡すれば、誰も王家の何を信ずれば良いか分からなくなるではないか。自分を立ててこそ王家の面目は保たれる。それこそ王族の進むべき大道ではないのか。
アルスは自分のしてきた事を棚に上げて、内心で父である国王を罵倒した。
彼は自分こそが国の頂点に立つに相応しいのだと最後まで信じていたのだ。
「これはもう決定事項だ」
だが、国王は無情に宣告したのだった。
「今日をもってお前を廃嫡する」