――はて?
窓から外を見てみると、ようやく夜空が白み始めたくらいの時間だった。
どうやらいつもより、早く目が覚めてしまったようだ。
「……んー、もう朝かぁ……。
まだ寝ていたいところだけど、さすがに身体がしんどいかな……」
これは身体の方が、睡眠を拒否しているパターンだ。
1週間も寝込んでいた上に、昨日も睡眠時間がめちゃくちゃだったし……仕方ないと言えば、仕方ないか。
寝ていられないというのであれば、ひとまずは起きて何かをすることにしよう。
今日からはいろいろと行動する予定だからね。
何かをやるとなったら、一日なんていうのは経つのが早いものだ。
「……せっかくだし、少しそこら辺を歩いてみよう」
起きたところで身体はだるいままなので、軽い運動ということで、お屋敷の中を歩いてみることにした。
実際のところ、早朝の時間はあまり歩いたことがないんだよね。
とりあえず廊下に出てみると、空気は冷たく、静寂に包まれていた。
そんな中、外から差し込む薄明るい光が特別な時間を演出している。
「結構、こういう雰囲気は好きなんだよね」
そんなことを呟きながら、2階の空き部屋に入ってうろうろしてみたり、窓から外を眺めて格好を付けてみたり、軽くストレッチ運動みたいなことをしてみたり。
我ながら、何とも意味不明な時間を過ごしていた。
少し新鮮な気分を味わったところで、次は1階へ行ってみることにした。
階段を下りて、さて何をしようかと考えていると――
「……あれ? アイナ様、おはようございます」
「ふぇっ!?」
突然の声に驚いて振り向くと、そこにはディアドラさんが立っていた。
ディアドラさんというのは、警備メンバーのリーダーの女性だ。
「あ、突然失礼しました。驚かせてしまいまして……」
「いえいえ! ディアドラさん、おはよー。夜の警備、お疲れ様」
「ありがとうございます。今晩も何もありませんでしたので、ご安心ください。
……それにしても先日まで大変でしたのに、こんな早くに起きても大丈夫なんですか?」
「いやー、逆に寝過ぎちゃって。
もうこれ以上は寝られないというか……」
そう言うと、ディアドラさんは納得した表情を浮かべた。
誰にでもそういうことはあるよね。
「これから外出をされるようでしたらお見送りしますが、いかがいたしますか?」
「あ、外には出ないから大丈夫。1階を少しまわったら、部屋に戻るから。
……ところでこの時間は、さすがに警備の人くらいしかいないのかな?」
「そうですね。もう少しすればメイドの方たちが厨房に集まるかと思いますが、まだ早いですね」
「おー。そういえば厨房ってあんまり行ったことがないんだよね。
……ちょっと覘いてこようかな」
「それも良いかもしれませんね。先ほど通ったときは静かなものでしたよ」
「ふむふむ、それじゃ行ってみるねー」
「はい、お気を付けて」
ディアドラさんに軽く挨拶したあと、私はのんびりと厨房に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――……」
厨房の前に来ると、中から誰かの気配がした。
誰かいるのかな? でも、明かりはついていないよね……? 誰かが来たばかりなのかな?
そんなことを考えながら静かに中を覘いてみると、裏庭への扉のところで人影を見つけた。
扉を挟んで、中にひとり、外にひとりがいるという格好だ。
辺りはまだ静かで、耳を澄ませば、何とかその声を聞くことができた。
「――それでは、これをお持ちください……」
「……」
「――あ、いえ。お屋敷の中でお金のやり取りはできませんので……」
「……」
「――はい! それでは後日、そのように……」
「……」
バタンッ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――んん? んんん?
いつの間にか、静かになった厨房には私一人が取り残された。
どうやら話をしていた二人は、裏庭の方に出ていってしまったようだ。
それにしても外の人の声はよく聞こえなかったけど、中で話していたのは……メイドのミュリエルさんだったような気がする。
こんな早い時間に何をしていたんだろう。それに、外にいた人は――
「……えっ!? あ、アイナ様!?」
「ふぇっ!?」
突然の声の方を振り向くと、そこにはクラリスさんが立っていた。
この反応をしてしまったのは、本日既に2回目である。
「おはようございます、こんな時間にどうされたのですか?
……あ、もしかして、早めの食事ですか?」
「ううん、そうじゃなくて……。
何だか眠れなかったからうろうろしてたんだけど、厨房ってあまり来たことがなかったから」
「確かに、アイナ様をここで見たのは初日以来ですね」
「だよねー。
……ところでさっき、ここに誰かいたんだけど……」
「誰か……? 警備の方でしょうか?」
「んー。裏庭への扉のところで、誰かが二人で喋ってたみたいなんだよね。
ひとりはミュリエルさんの声だった気がするんだけど……」
「……ミュリエルさん、ですか?
そういえば最近、朝早い時間に部屋からいなくなることがありますね……」
「それじゃ、やっぱりミュリエルさんだったのかぁ……。
あと、もうひとりに何かを渡していたみたいだったんだよね。会話の中で『お金』の話も出ていたし……」
そこまで言うと、クラリスさんの眉がピクッと動いた。
クラリスさんは前のお屋敷でお金の横領問題があった関係で、こういう話には人一倍反応してしまうか。
そんなことを考えていると――
「おはようございます――って、うわぁ!?
アイナ様、こんな時間にどうしたんですか!?」
……元気いっぱいのミュリエルさんが現れた。
「あ……おはよう。
ちょっと目が覚めちゃって、少し散歩をしていたの」
「そうでしたか、ここのところ大変でしたからね。
それでは私は朝食の準備に入らせて頂きます! あ、調理はしないのでご安心ください!」
「あ、うん……」
ミュリエルさんはメシマスのメイドさんだから、調理は禁止されているのだ。
仕事の合間に練習はしているみたいだけど、まだまだ賄いにもできないくらいのレベルらしい。
いつも頑張っているし、しっかりやってくれているようだけど……まさか裏で、悪いことはやっていないよね?
ミュリエルさんをちらっと見ると、彼女は厨房の明かりをつけて、調理器具の準備を始めるところだった。
……信じたいけど、どうしたものか。
そう思いながらクラリスさんを見れば、何やら静かで重いオーラを放っている。
「アイナ様。この件は一旦私がお預かりします。
朝食のあとにヒアリングをして参りますので……ッ!!」
――おおぅ、怖い……。
ここはクラリスさんに任せて、あとで報告を待つことにしよう。
私が積極的に動かなくても、自浄作用が働くのはやっぱり助かるなぁ。
ミュリエルさんは今、楽しそうに食材の準備をしている。
悪いことはしていないとは信じているけど……それなら一体、何をしていたのか、っていうことになるよね。
「……それじゃクラリスさん、お願いね。
午後は出かけるから、報告をもらうのは午前中か夜だと助かるな」
「可能な限り午前中に、速やかに報告させて頂きます……ッ!!」
――あ、はい。
私がぼへーっとしていられるのは、クラリスさんのおかげです。
本当に、いつもありがとうございます。
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