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パンジャ大陸、タマイサ地方。
王都ラウワから遠く離れたこのリンド村は、静かな田舎村だった。
村への滞在許可が正式に下りた今、
エストと村長は広場の片隅で、
途中退場したサクラと辰夫の帰還を静かに待っていた。
武装していた村人たちは警戒を解き、
安堵した表情で自宅へと戻っていく。
平和な風景だった。
このとき、まだ誰も気づいていなかった。
サクラたちが踏み入れたこのリンド村が──
のちに「サクラ帝国」と呼ばれる拠点の第一歩になることを。
滞在許可が下り、宴が始まり、
村人たちの心は少しずつ──けれど確実に、侵食されていく。
これはただの滞在ではない。
”居座り”だ。
*
「村長さん!……すみません」
エストが頭を下げた。
「さっきのバカはもうすぐ戻ってくると思いますので……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。ゆっくりと待ちましょう」
村長のマイヤーは穏やかに笑った。
この村長、まだ知らない。
「サクラ」という天災が何をしでかすのかを。
*
その時、遠くから声が聞こえてきた。
「冗談だったのにーひどいよー!」
サクラの声だ。
「まぁまぁ、悪ノリが過ぎましたな」
辰夫の声が続く。
空気が……すでにざわついている。
エストは嫌な予感がした。
*
「まぁ……お前らは絶対に許さないけどな?
覚えてろよな?」
サクラが歩きながら刀を抜き、
辰夫の喉元に突きつけている光景がエストの目に映った。
「お、お許しください……」
辰夫が震えている。
「終わった……」
エストは項垂れた。
*
「お姉ちゃん……なにしてるの……?」
エストが呆然と呟いた。
「刀……」
村長からは「刀」という単語しか出なかった。
*
「あッ! エスト様ぁー♪ 村のお方ぁー♪」
サクラがエスト達に気付くと、突然、満面の笑みを浮かべた。
「やっほー♪ 先ほどはすみませんでしたぁー♪」
大きく手を振りながら小走りしてくる。
さっきまで人を殺しかねない目をしてたヤツが。
「えっと……」
エストが呟いた。
「……」
村長が、まばたきを繰り返している。
パチクリ、パチクリ。
*
【SYSTEM:サクラが帰還しました。視点をサクラモードに切替】
*
「と、とにかく!
村への滞在許可が降りたんだよ!!
辰夫のおかげでね」
エスト様が慌てて話を変えた。
「へぇ? 辰夫が?」
私は辰夫を見た。
「む? 我は何もしてませんが?」
辰夫が首を傾げる。
「細かい話はまたあとでね!
ほら! いこいこ!」
エスト様が私の手を引っ張った。
「とにかく良かったね!」
私は村長に向き直った。
「あ? 村長さんかな? 宜しくお願いしますね」
「……」
村長は、その約束を無効に出来ないかな?
って顔をしてるが、無理。知らん。
*
村に行く前に、一つの課題があった。
それは辰夫である。
このドラゴンの巨体をどうにかしなければならない。
──そこで私は、とても素晴らしい提案をした。
「辰夫は馬小屋で良いかな?」
「良いとおもう!
馬達と並んでるドラゴンとか最高にシュール!」
エスト様が笑った。
「牧場があれば、そこでも良いかも」
「辰夫! しっかり羊さん達を見張るんだよ」
私たちは盛り上がった。
「馬………羊………?」
辰夫が呟いた。
そして、震える声で村長に聞いた。
「……村長?
村に労働基準局とハローワークはあるのかな?」
辰夫は、ゆっくりと空を見上げた。
「え……? ありません……」
村長が申し訳なさそうに答えた。
「そうか……無いか……」
辰夫はゆっくりと空を見上げた。
*
その時、エスト様がファンタジーでは当たり前の事を聞いた。
「辰夫は人型になれないの?」
「む。竜人族の姿になれますぞ」
辰夫が答える。
「へぇ。それは凄い」
私は感心した。
「それなら早く言いなさいよー」
エスト様が笑いながら言った。
「許可なく発言すると……
その……怒られる事があるので………」
辰夫が申し訳なさそうに言った。
「とりあえず人型になってみなよ?」
目をキラキラさせるエスト様。
「ふむ……久しぶりだな」
そう言うと、辰夫は竜人族の姿に変身した。
年齢は30歳くらいの無精髭にロン毛の男性の姿だ。
「おー! かっこいー!」
エスト様が手をパチパチ。
「へぇ。なかなかイケメンだね」
私も認めた。
「そうか。そうか」
辰夫が笑った。
このパーティーに入ってから初めての笑顔だった。
*
「あ、でも今日中に髭は剃って髪は短髪にしてこいよ?
ロン毛にして良いのは木村さんだけだからな?
そこんとこ勘違いしてる奴が多すぎるんだわ」
『天の声:あくまでもサクラ個人の意見です』
すかさず天の声がフォローを入れた。
「……村長」
辰夫が、ゆっくりと空を見上げた。
「村に床屋はあるかな…?」
絶望を噛みしめるように言った。
「あります……」
村長が答える。
「そうか……案内してくれ……
我のロン毛、今日で卒業だ……」
辰夫が立ち上がった。
「は、はい……こちらです……」
村長が辰夫を案内する。
「髪は切っても我が誇りまでは切らん……」
辰夫が震え出した。その足取りも、おぼつかない。
「お姉ちゃん?辰夫に厳しくない?」
エスト様が言った。
「愛だよ?」
私は首を傾げた。
「え……」
エスト様が固まった。
*
村長に村を案内してもらうことにした。
村人たちの視線が、私たちに集中している。
さっきのドラゴン騒ぎもあったし、無理もない。
そして私のこの美貌である。
……な?
「……うーん……早い方がいいかな」
その様子を見たエスト様が呟いた。
そして、村長に尋ねる。
「村長さん、広場はありますか?」
「え? あ、はい。こちらです」
村長が案内を始めた。
「ん? エスト様?」
私は首を傾げた。
「ふむ…?」
辰夫も不思議そうに見ている。
*
村長に案内された広場には、
すでに村人たちが集まっていた。
遠くから、こちらの様子を伺っている。
ざわざわ……ざわざわ……
そのざわめきを遮るように、
エスト様が演説を始めた。
「村のみなさーん!」
エスト様の声が、広場に響く。
「この竜人はドラゴンのリンドヴルムです!」
村人たちが、どよめいた。
「そして私たちはそのリンドヴルムの友達です」
エスト様は、笑顔で続ける。
「危害は加えません! たぶん!」
ざわっ!?
村人たちが速攻でざわついた。
「あっ、いまのは忘れて! “加えません”です!」
ざわざわ……ざわざわ……
村人たちは不安そうだ。
エスト様は、話を続けた。
「そして、これは私たちからのお近づきの気持ちです」
エスト様が、宣言する。
「………スキル! パンドラの筺!」
──ズドン!!
エスト様の目の前に、筺が出現した。
筺に手を入れ──味付け海苔を取り出して私に渡してきた。
「お姉ちゃんはこれで静かにし──」
「お任せください」
私は食い気味に海苔を受け取り、深く一礼。
エスト様はそんな私を見て言った。
「……今が一番機嫌いい時だから、刺激しないで」
「……」
私は無心で味付け海苔を舐め回す。
ざわざわ……ざわざわ……
村人たちは、声を殺して後ずさった。
泣き出した子供が一人いる。
母親は咄嗟にその目を覆った。
震える手に、必要以上の力がこもる。
父親は何も言わず、
子供と母親をまとめて抱き寄せた。
そして、エスト様は筺から次々とモンスターの死骸を取り出し始める。
その光景を見た瞬間、村人の空気が凍った。
「あっ! びっくりしないでください!」
エスト様が慌てて言った。
「全部ちゃんと”ぶち殺して”ます!」
満面の笑顔で。
ざわ……ざわ……
「ひい……」
「満面の笑顔で凄いこと言ったぞ…」
ざわ……ざわ……
エスト様の天然のフォローが、逆に不安を煽った。
*
そして。
山盛りのモンスターの死体を広場に積み上げ終えて、
エスト様が言った。
「これらのモンスターは、私たちが採集したものです」
エスト様が、村人たちに向き直る。
「これらをこの村に寄付したいと思います!」
「食料にしたり、素材を取ったりと、どうぞご活用ください!」
村人たちは、とても喜んだ!
わーわー! わーわー!
「おおおー! グレートボア!」
「あ、あれはヘル・グリズリーじゃないか? 凄い!」
「おお? こっちにはコカトリスの羽が!?」
「凄い! まだまだあるぞー!?」
わーわー! わーわー!
エスト様は、完全に村人の心を掴んでいた。
「ふふふ……良かった」
エスト様が、安堵の笑みを浮かべる。
*
そして。
私は、子供の頃から憧れていたあの言葉を叫んだ。
「……野郎どもーーーーーッ! 宴だーーーッ!!」
ドンッ!!
私は拳を天に突き上げた。
*
村人たちは、とても喜んだ!
わーわー! わーわー!
その瞬間、私の脳内にムダ様の名言がフルボイスで再生された。
『宴会ってのは、”この世の物理を殺す儀式”だ。
俺は、気がつくといつも素っ裸で警察の留置場にいる。
──いいか? 靴下だけは脱ぐな。風邪を引くからな』
……うん。わかる。
宴って、そういうもんだよね。
私はムダ様を尊敬している。
いや、信仰している。たぶん。
*
宴が始まった。
「え? え? え?」
エスト様が困惑している。
「わっはっは! サクラ殿に全部持っていかれましたな!」
辰夫が笑った。
*
──宴は、朝まで続いた。
*
「あれ……?
もしかしたらこの村……侵略されたんじゃないの……?」
村長が呟いた。
「いや、違うよね……うん……きっと違う……」
村長は、頭を抱えた。
◇◇◇
──床屋にて。
辰夫は、ゆっくりと瞳を閉じた。
「我が誇り高きロン毛よ……さらば……」
辰夫は、ただ無言で涙を流した。
*
その後。
切られたロン毛のひと房を、辰夫はそっと手に取った。
(さらば、我が誇り……)
辰夫の目から、また涙が流れた。
(つづく)
◇◇◇
──【今週のムダ様語録】──
『宴会ってのは、”この世の物理を殺す儀式”だ。
俺は、気がつくといつも素っ裸で警察の留置場にいる。
──いいか? 靴下だけは脱ぐな。風邪を引くからな』
解説:
一見ただの狂人の供述だが、これは”秩序の崩壊”と”本能の解放”についての哲学的な示唆である。
宴会とは、理性を脱ぎ捨てて魂を解き放つ儀式──だが、靴下だけは残すべきだ。
それが「人としての誇り」なのだ。