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第27話:詩の炎
午前6時43分。
管理区域第7区、地下通路の壁にスプレーで描かれた短い詩が発見された。
> 「あなたが感じたこと、
> たったひとつだけでも、
> それは“世界”と呼んでいいと思う。」
通報されたときには、すでに消されていた。
だが、SNSにもネットにもないその言葉は、
なぜか別の街、別の壁にも現れていた。
昼下がり、第2管理学区の中等校では、
生徒のノートに残された“落書き”が教師に提出された。
> 「生きてるって言葉は、
> まだ“意味”になる前の揺れだった」
提出した生徒は、誰が書いたかを知らなかった。
ただ、「誰かがこれを落とした」と言った。
駅のベンチで、一人の高齢者が手帳に詩を書いていた。
AIによる注意勧告を受けても、彼はこう答えた。
「いや、ただのメモだよ。
でもな、この文字、昔は“手紙”だったんだ」
その言葉に返す者はいなかった。
けれど、周囲の乗客の一人が、その後、
“誰でも詩を書ける壁”を自宅に作ったという記録が残っている。
ナナとミナトは、その日の夜、図書室の奥で“ひとつのノート”を見つけた。
中には、バラバラな筆跡で書かれた詩が十数篇。
どれにも名前はなかった。
けれど、それらすべてに共通していたのは――
“ミナトがかつて投稿した詩の言葉の断片”が、織り込まれていたこと。
> 「誰が始めたかなんて、
> もうどうでもいい。
> 火は、誰かの手から手へと、
> ただ、渡っていくだけ。」
《SOLAS》の緊急報告ログには、こう記されている。
「思想火種拡散:デジタル外経路を経由し、予測不能状態」
「共鳴指数:測定不能」
「対象範囲:第1〜第9管理区 全域に波及」
けれど、ミナトたちには、そんな数値の意味はどうでもよかった。
ナナは言う。
「ねえ、“誰の詩か”なんてもう関係ないよね」
ミナトは静かにうなずいた。
「みんなが少しずつ、自分の“灯”をつけたんだ。
それは、“炎”じゃなくて、“ぬくもり”だと思う」
夜の街。
風にゆれるポスター、手書きの貼り紙、耳元で囁かれるひとこと。
それぞれは小さい。けれど、そこに宿る“熱”だけは、もう誰にも消せなかった。
詩は燃えていなかった。灯っていた。