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#グロ表現あり
1,167
#バトル
#死に戻り
三人が向かい合っていた。
部屋の空気は重く、言葉を選ぶ余地すらない。
リチャードが低く問う。
「どうしてもか」
「どうしてもだ」
バッキンガム公は迷いなく言い切った。
「あれは兄の子だぞ」
リチャードの声には、わずかな苛立ちが混じる。
「いや、ウッドヴィル家の子だ」
バッキンガムは首を振った。
「あの一族は、貴族の恨みを買いすぎた。
あの王では、王国はまとまらん」
沈黙が落ちる。
そこへ、スタンリーが一枚の紙を差し出した。
「これを」
リチャードが受け取り、目を落とす。
「……本当か?」
「はい。婚姻は、正しく直されていなかったようです」
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがてリチャードは、紙を机に置き、低く言った。
「わかった」
短い言葉だった。
だがその一言で、すべてが決まった。
「……だが、幽閉までだ」
二人が顔を上げる。
「ことが済んだら、理由をつけて出してやれ」
それが、リチャードなりの一線だった。
誰も、それ以上は何も言わなかった。
「失礼します」
カルドは、少しだけ間の悪い顔で扉を押した。
ここでよかったのか――そんな迷いが、まだ残っている。
「おう、来たな」
リチャードが軽く手を振る。
振り返ると、バッキンガムとスタンリーが無言で退出していくところだった。
部屋には、二人だけが残る。
「呼んだのはこれだ」
リチャードは紙を一枚、無造作に放った。
「今日からお前さんは、男爵様だ」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出る。
「王都で仕事するには、あったほうがいい。
まあ、領地はないけどな」
「俺が……男爵?」
「そうだ」
あまりに軽い調子だった。
だが、その一言で、身分が変わる。
リチャードはさらに紙を引き寄せ、
ペンを走らせた。
乱雑に、だが迷いなく。
「領地の代わりに、これをやる」
差し出された紙には、数字が並んでいた。
「俺の港の商会の取り分だ。
儲かった分の2割は、お前のものにしろ」
カルドの目が、わずかに細くなる。
「……ほんとに、くれるのか?」
「なんだ、男爵よりやっぱそっちか」
リチャードが笑う。
「ああ、やるよ。人はタダでは働かない」
少しだけ身を乗り出す。
「俺をもうけさせてくれ。
張り合いが出るだろ」
カルドも、わずかに口元を上げた。
「ああ、いいな。そういうのは嫌いじゃない」
そのあと、カルドは帳簿を広げた。
港での取引、価格の動き、船の出入り、
どの商会がどこに投資しているか。
覚えていることを、片っ端から話す。
「たまごは一つの籠に盛るな、ってね」
「いっぱしのこと言いやがる」
リチャードは面白そうに聞いていた。
王ではなく、商人の話を。
金の流れを。
人の欲を。
すべてが、王国を動かすものだと知っている顔だった。
話がひと段落したとき、リチャードがふと思い出したように言った。
「そうだ」
軽い調子だった。
だが、その目は笑っていない。
「塔のエドワード達に、今の話を聞かせに行ってくれ」
一瞬、間が空く。
カルドは何も言わない。
ただ、紙を畳み、帳簿を閉じた。
「……わかりました」
静かに答える。
リチャードは満足そうにうなずいた。
「頼んだぞ」
カルドは一礼し、扉へ向かう。
手をかけたところで――
「男爵様」
背中に、声がかかる。
振り返らない。
ただ、ほんのわずかに笑った。
「……はい」
そして、扉の向こうへ消えた。
「ご即位おめでとうございます」
「ありがとう」
エドワードは、まっすぐに笑った。
「即位式はまだだけどね」
その言葉に、どこか軽い影が混じる。
「こちらは?」
「僕、リチャード。よろしく」
「カルドと申します」
(兄弟で美形だな)
思わず、そんなことを考える。
「即位式まで、何事もないといいけど」
エドワードがぽつりと言う。
その声音は明るい。
だが、どこか遠くを見ていた。
「議会も貴族ももめていると聞いております。
ですが、グロスター公は陛下の忠実な家臣です。
きっとうまくまとめてくださると思います」
「そうだな」
エドワードはうなずいた。
「父上も、頼りになる弟だと言っていた」
僕は港の話をした。
船のこと。
金のこと。
どの商人がどんな顔をしているか。
二人とも、楽しそうに聞いていた。
(笑っても美形だな)
どうでもいいことを、また考える。
調子に乗って、
“金持ちの客を見分ける講座”なんてものまで披露した。
大うけだった。
やった。
帰り際。
エドワードは、少しだけ寂しそうに笑った。
「また来てくれるか?」
「ええ」
カルドはうなずく。
「今度は、お土産を持ってきますよ」
「楽しみにしてる」
弟のリチャードも、無邪気に笑った。
扉を出たとき、
カルドはほんの一瞬だけ、足を止めた。
何かが、引っかかる。
だが、それが何なのかは、わからない。
(まあ、いいか)
そう思って、歩き出した。
カルドは、後年こう語っている。
「俺は、運命も神様も信じねえんだがな」
酒をあおりながら、ぽつりと言った。
「きれいなものは、神様がそばに置いておきたくて、
連れていくって話だけは――」
少しだけ、言葉を探す。
「……あれは、正しい気がするんだ」
グラスの中を見つめる。
「だからな、この世の美しいものを見るときは、
神様がのぞいていないか、探すようにしてる」
短く笑う。
「――このときは、見つけ損ねたがな」
このとき、グロスター公リチャードは
劇場の第二幕を開けた。
ざわめきの中、ゆっくりと立ち上がる。
視線は議会ではなく、
その先にいる“すべての観客”へ向けられていた。
「国王とエリザベス・ウッドヴィルの婚姻は無効である」
静まり返る。
「婚約者エレノア・バトラーは、過去においても現在においても健在である」
誰も動かない。
「ゆえに――」
一拍。
「その子、エドワード、リチャードともに庶子である」
空気が割れた。
「その王位継承は、無効である!」
リチャードの投げ入れた爆弾は、確かに炸裂した。
議会は騒然となり、
法律の専門家と教会関係者が呼び出される。
書類の山がひっくり返され、
過去が現在に引きずり出される。
貴族たちは動き出した。
それぞれの思惑を胸に。
そして、誰もが見ていた。
この“劇”を。
だが、まだ誰にもわからなかった。
これが――
悲劇になるのか。
それとも、喜劇として終わるのか。
あるいは。
誰にとっての悲劇で、
誰にとっての喜劇なのか。
カルドには、何が起こっているのか分からなかった。
「会いに行かなくちゃ」
口に出していた。
「会って、聞かなくちゃ」
だが――
足がすくんで、動けなかった。
知らせが、次々と届く。
リヴァーズ伯――処刑。
ドーセット侯弟リチャード――処刑。
ドーセット侯――グラツィアへ逃亡。
ヘイスティングス男爵――処刑。
エリザベス王太后――ウェスター寺院へ逃亡。
まるで、帳簿に数字を書き込むように。
人の生き死にが、淡々と並べられていく。
「リチャードは言ってた……」
カルドは、ぽつりとつぶやく。
「国王は自慢の兄貴だって。
ほれぼれするぐらい、かっこいい男だったって」
その言葉が、頭の中で何度も反響する。
「王家を守るために、俺はいるって……」
理解できなかった。
自分の知っているリチャードと、
目の前で起きていることが、つながらない。
その頃――
役者は、舞台の中心に立っていた。
そして高らかに宣言する。
議会はそれを受け入れた。
反論は、もうどこにもない。
万雷の拍手。
歓声。
そして――
リチャードは王となった。
カルドがどうしても気になったのは、
ただ一つだった。
あの塔にいる――
二人の兄弟のことだった。
頭の中が、恐ろしい速度で回転する。
「会うべきか」
「会わないべきか」
「聞くべきか」
「聞かないべきか」
「何を話す」
「何を話さない」
「どう話しかける」
——どれだけ考えても、答えは出なかった。
はじめは、王都での噂だった。
いまは、国中がそれでもちきりだ。
「塔にいる二人の王子は、リチャードに殺されたらしい」
「即位以来、見かけた者はいない」
「悪党が王とは、この国も終わりだ」
そんな中、王都に来いと命が来た。
カルドは短剣を忍ばせる。
覚悟を決めた。
「殺される前に……」
少年の心は、押し潰されそうな絶望に、
かろうじて耐えていた。
——後年、カルドは語っている。
この時ばかりは、自分の死ぬ姿を、
いくつも思い描いたと。
政治は恐ろしい。
権力とは、コインのようなものだ。
表には、顔がある。
——裏には、死者に花が添えられている。
「よう、来たか」
いつもと変わらない声だった。
「ちょっと落ち着いてきたしな。
お前と食事でもしようと思って」
——なんで、いつもと一緒なんだよ。
言わないと決めていたのに、
口が勝手に動いた。
「……したのか」
「ん? なに?」
「殺したのか?
あの兄弟を、エドワードたちを。
俺も殺すのか?
食事? 毒殺か!」
「おいおい、なんだそれ」
短剣を抜く。
だが、腰が引けている。足が震える。
エドワードは、
哀れな獣でも見るような目でこちらを見た。
「お前なあ、知らないだろうが——
俺はエドワードと、この国の戦争を終わらせた英雄だぞ。
そんなへっぴり腰の子供にやられたら、
バッキンガムが大笑いして
貴族中に触れて回るぞ」
「なにもせんから、そこに座れ」
逆らえず、腰を下ろした。
「剣の稽古は続けてるのか?」
「いや……最近は忙しくて」
部屋で震えていたことは、言わなかった。
「俺がエドワード兄弟を殺したって?」
「違うのかよ。みんな言ってるぞ」
「誰がそう言ったんだよ」
「みんなだよ」
リチャードは小さく息を吐いた。
「お前には失望したぞ」
胸が締め付けられる。
「どっから話せばいいんだ……」
彼は椅子にもたれ、少しだけ空を見た。
「あのな。
俺はヨーク朝の正式な王位継承者だ。
議会の承認も得て、国王になってる。
……なんでわざわざ、
妾の庶子を殺す必要があるんだよ」
「……え?」
頭が追いつかない。
「みんな言ってるから有罪だったら、
この世に法律いらんだろ」
その言葉で、
膝から力が抜けた。
「……じゃあ、やってないんだよな」
「ああ」
へなへなと崩れ落ちる。
安心と同時に、涙がこぼれた。
「飯食いながら話そうか」
別室に通された。
白いバラと、白い猪の旗が飾られている。
「いま捜査中だ。
エスカリオ棟は王家の持ち物だからな。
誰も深入りしたがらん」
「ましてや、万が一
国王が関わっている場合はな」
軽く笑う。
「逆に命が危ない」
「……」
「まあ、こっちにとって都合がいい面もある。
痛しかゆしだな」
「でも、失踪したのは事実だ。
誘拐か、脱走か……どっちもあり得る」
「わかる頃には、噂も消えてるだろう」
「最近、連絡なかったのはそれか」
「ふむ」
リチャードがこちらを見る。
カルドは、泣きながら食事をしていた。
「しっかし……もうちょっとなんとかならんのか」
「え?」
「剣だよ。腕というより実戦経験だな」
「傭兵でもやってみるか?」
「もう少しマシになったら、
俺の旗の猪の甲冑を作ってやる。
戦場に連れてってやるぞ」
「……イノシシ君って、なんかかわいいな」
「なんで俺がイノシシ君なんだよ!」
「どうせなら、もうちょっとかっこいいのくれよ!」
「ヴァンガルドには
狼の鎧をまとう“狼将軍”がいるらしいぞ」
「イノシシ君でいいじゃないか。
バッキンガムなんて笑い転げて馬から落ちるぞ」
涙を拭いながら、カルドは笑った。
——よかった。
心の底から、そう思った。
ちなみに猪の鎧をもらう約束は果たされなかった。
カルドは国王即位後、自分で作ったらしい
カルドは後年、
何度もこの日のことを思い返す。
あれほど頭のいいリチャードが、
このとき、たった一つの見落としをしていたことを。
——いや、見落としではない。
本当に、彼はそういう王でありたいと願っていたのだ
その願いが、
彼の目を曇らせていた。
カルドは港へ戻ってから、
剣の稽古に明け暮れ、傭兵ギルドの門を叩いた。
郊外の盗賊のアジトの制圧、海賊の討伐。
金になる仕事は、片っ端から引き受けた。
――リチャードに笑われた。
それが、思ったより堪えていたのかもしれない。
最初は足手まといだった。
だが何度か死線をくぐるうちに、動きが変わった。
勘が働くようになり、引き際がわかるようになった。
気がつけば、小さな集団の先頭に立っていた。
周りは皆、若かった。
戦で土地を失った農民、家を焼かれた者、
行き場のない連中ばかりだ。
だが、小金はあった。
奪い、守り、また奪う。
その繰り返しで、飢えることだけはなかった。
この親分子分の関係は、妙に居心地がよかった。
「傭兵ってのも、悪くねえな」
――いや、違う。
戦が続いたせいで、
農民は二つに分かれただけだ。
盗賊になるか、傭兵になるか。
どちらを選んでも、行き着く先は同じだ。
どこかで斬られて、終わる。
「……やるせねえな」
カルドは、初めてリチャードに手紙を書いた。
剣が上達したこと。
傭兵隊で盗賊退治をしていること。
そして――
貧しい農民たちの現状を、事細かに書き連ねた。
数日後、返事が届いた。
手紙ではなかった。
ぶ厚い本だった。
法律書だった。
最初は一行も読めなかった。
文字は追えるのに、意味が頭に入らない。
それでもカルドは、
読み書きのできる仲間や、街の書記に頭を下げ、金を払い
何日もかけて、どうにか読み解いた。
――そして、こう理解した。
「貧乏人と金持ちが裁判したら、
そりゃ金持ちが勝つよな。……おかしくねえか?」
「貧乏人なんて、理由つけりゃいつでも捕まえられる。
……それもおかしくねえか?」
「もし、そんなふざけた裁判や逮捕があったら――
王に訴えろ」
「俺が出ていってやる」
延々と、それが書いてあった。
カルドは、しばらく本を閉じたまま動かなかった。
――王も戦っているんだなあ。
カルドは金が好きだ。
それは間違いない。
だが――
貧しい者から巻き上げるやり方というか風潮は、嫌いだった。
金がないことが、どれだけ弱いか。
それを、嫌というほど知っていたからだ。
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