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18年前。
エコーリア王国の王太子が恋に落ちた。
王太子は栗色の髪と茶色の瞳の、気品ある美男子。
文武に優れた23歳で、教養が高く慈悲深い。
結婚を熱望する貴族の姫や、他国の王女も多数いる。
その王太子が、観覧したオペラの主役女性歌手に心を射抜かれた。
彼女の名前はローザ。
王太子は、ローザの美しい容姿と澄んだ歌声の虜になった。
身分を隠して舞台に通い、楽屋にバラの花束を贈った。
相手が王太子と知らないローザも、恋に落ちた。
そのころ、王太子の 【御成婚話】 が進み始めた。
多くの候補者から父王が選んだのは、サーシャ王女だった。
サーシャは隣国の第1王女で20歳。
髪は金色で、瞳は青い。清楚で美しい高貴な淑女だ。
王太子は、サーシャとの結婚を断った。
ローザと別れる、など考えられない。
勇気をもって「愛する人がいます」と父王に伝えた。
父王は激怒するだろう。
「第2王子の弟に王位を継がせる」と言うかもしれない。
だが意外にも、父王は優しく微笑んだ。
「そうか、それなら仕方がない」
「あ、ありがとうございます」
王太子は父王に感謝して、ローザのもとに馬で駆けた。
ローザは 「彼は王太子では?」 と思い始めていた。
王宮を守護する『近衛兵』と聞いたが、不自然なことが多い。
だが、それ以上に気になること がある。
「私・・・・・・、妊娠してる・・・・・・」
ローザの部屋に、王太子が駆け込んだ。
「結婚しよう!!」
二人は秘密を語り合った。
実は、王太子であること。
実は、妊娠していること。
父王に話して、結婚が認められたこと。
歓喜する二人の前に、男が5人現れた。
部屋のドアを開けた音すらしなかった。
5人の男たちは、まるで煙のように部屋に忍び込んだ。
全員が背中に剣を背負っている。
「密偵か?」
王太子の問いに、リーダーが答えた。
「いかにも」
5人は王宮から王太子を追って来た。
王太子は悔やんだが、5人の気配はまったく無かった。
「出て行け!」
「御存知でしょう。我々は国王直属。国王の命のみに従う」
リーダーが合図を送ると、部下が[吹矢]を吹いた。
矢は、王太子とローザの首に刺さった。
意識が薄れるなか王太子は懸命に戦ったが、男たちに取り押さえられた。
「助けて・・・・・・」
ローザは命乞いをしたが、自分の命でなかった。
「お腹に…・・・、赤ちゃんが・・・・・・」
倒れるローザの身体を受け止めた男は、部屋に入ったときから様子が変だった。
ローザを見た瞬間から、目を見開き、身体を硬直させていた。
男は、腕の中で意識を失ったローザの顔を見つめた。
(プリマドンナ・ローザ)
ローザの熱心なファンだった。
リーダーが男に命令した。
「ベイルは、女を始末しろ」
「は、はい」
王太子を担いで、密偵の男たちが部屋を出た。
ベイルは震える腕でローザを抱きしめた。
18年後。
川を下る小さな屋形船の上で、ジーナがジェイクの話を聞いている。
「じゃあ、お父さんが、お母さんを助けてくれたのね」
「はい。密かに母上様の身柄を隠し、自分の目を傷付けて」
「えっ!? 目を!」
ベイルは右目が見えない。
「子供のころにケガをした」 とジーナは聞いていた。
だが・・・・・・、
右目に包帯を巻いたベイルは、リーダーに告げた。
「落馬しました。国王陛下の御役に立てません。引退します」
包帯を取ったベイルは、リーダーに傷口を見せた。
片方の視力を無くして、国王直属の密偵は務まらない。
除隊は即座に認めらた。
ベイルは、王都から遠いグリーンハリス村に移住して 〈パン職人〉 になった。
一緒に移住した 『妻』 は、7ヶ月後に女の子を出産した。
だが産後の体調が悪く、出産から十日で亡くなった。
王太子は、隣国第1王女のサーシャと結婚した。
7年後に父王が崩御し、国王に即位した。
話を聞き終わったジーナは、無性に腹が立っていた。
平凡に暮らしていたのに……。
幸せだったのに……。
父を殺され、家を焼かれて、命を狙われ、
本当の父親は国王で、私は王女?
「今さら何なの! 関係ないでしょ!!」
ジェイクが、またジーナの前に美しく跪いた。
「ジーナ王女殿下」
「やめて! そんなことしないで」
「普通に接してよろしいのでしょうか?」
「はい! 敬語もやめて。ジーナでいい」
「助かった。こういうのは苦手だ」
ジェイクは膝を叩いて立ち上がった。
「じゃあ、ジーナ。今からを亡命するぞ」
「はぁ!? 亡命? 外国に逃げるってこと?」
「そうだ。エコーリア王国に安全な場所はない」
「意味が解らない!」
「今夜、何回襲われた?」
家でナイフ。馬上で弓矢。船で銃。ワニも入れたら4回だ
「国王が私を襲うの? 邪魔な娘だから」
「違う。狙っているのは、ネリー王女だ」
「え!?」
ジーナは、高校の講堂に飾られた肖像画を思い出した。
あの美しい王女が、私を狙っている???
「ネリー王女は第1王位継承者だった。が、姉がいた」
「は? 私? 王位継承いらない」
「あなたは、」
「ジェイクでいい」
「ジェイクは外国の人よね」
「生まれ育ちはエコーリアだが、両親は東の国だ」
「じゃあ、東へ逃げるつもり?」
「このまま川を下って海に出る。仲間が商船を手配して……」
ジェイクは言葉を止めた。
モヒカンとスキンヘッドが、5倍の金を目当てに裏切った。
次に会う仲間も、裏切る可能性がある。
考え込むジェイクに、ジーナが訊ねた。
「ジェイクは誰に頼まれて、私を守ってるの?」
「もちろん国王陛下だ。陛下は3日前に、長女の在命を知られた」
「3日前? 18年間知らなかったのに?」
「陛下にお伝えしたのは、ベイルだ」
「お父さんが!? どうして……?」
ベイルが黙っていたら、ジーナの存在は隠されたままだ。
父娘で平凡に暮らせただろう。
「援助が欲しかったらしい」
「援助? お金? そんなの嘘よ!」
「俺が聞いた話では、娘を大学に行かせたい、とか」
「え!?」
ジーナは、王都の音楽大学に進学したかった。
が、あくまでも 『夢』 だった。
グリーンハリス村から 「大学に進学する者」 などいない。
しかも王都の音楽大学は、驚くほど学費が高い。
パン職人の娘 が通える場所ではない。
ベイルは悩んだ。
(ジーナの血筋なら大学に行くのは当然)
(何より、あれほど歌が上手いのだから、才能があるのだから)
(このまま田舎村で終わらせたくない)
ローザと王太子の結婚を反対した前王は、崩御した。
現在の国王は、ジーナの父。
(いまなら、ジーナが歓迎されるのでは?)
(歓迎されなくても、王都での住居と学費は援助されるのでは?)
ベイルは、旧知の仲間を通じて、国王にジーナの存在を伝えた。
「ローザとの子供が生きている」 と知った国王は、神に感謝した。
心から喜び 「王宮に迎えたい」 と言った。
だがベイルに計算違いが 『二つ』 あった。
一つ目は、
それを聞いたネリー王女が激怒したこと。
二つ目は、
国王の余命が、残り少ないことだ。
「え? 国王は、病気なの?」
ジェイクは沈痛な面持ちで目を伏せた。
「国家機密だが……、数ヶ月の命らしい」
ジーナの感情は複雑だ。
「父が殺された」と思ったら実父ではなく、実父は、余命数ヶ月の重病。
まだ頭の中が整理できない。
「だから……、王位継承問題が起きてるし、」
悔しそうに言葉を続けた。
「陛下直属の密偵隊から、裏切り者が増えた。だが……」
ジェイクは顔を上げて微笑んだ。
無理に作った表情だが、ジェイクの笑顔は初めてだ。
ジーナはドキッとした。
こんなときなのに……、すごくカッコイイと思う。
「今夜、この船だけは安心だ。船底に簡易ベッドがあるから休んでくれ」
「お、起きたら……、亡命するの?」
「その予定だ」
翌朝。
目を覚ましたジーナは 「昨夜のことが夢ならいいのに」 と思った。
だが起きた場所は、船底の簡易ベット。
昨日まで寝ていた家は、燃えて灰になっている。
船上に出ると、朝日が昇っていた。
風は気持ちいいが、まったく知らない風景だ。
グリーンハリス村から遠い場所まで来たらしい。
だが、もっと遠い所へ行くことになる。
(嫌だな。外国なんて……)
でもエコーリア王国にいたら、また襲われる。
逃げるしかない。
でも! 何か違う!
(なんだろう? ずっと引っ掛かってるのは?)
(なにか? 納得できない気持ちがある)
ジーナは、どうしても腑に落ちない。
ジェイクが椅子に座って手紙を読んでいた。
テーブルの上に、白い鳩がいる。
「おはよう。伝書鳩?」
「コイツ賢くてな。この船を探して手紙を運ぶんだ」
「へぇー、エライね。鳩さん」
ジェイクが、手紙を破って川に捨てた。
「予定を変更したい」
「え?」
「国王陛下から御招喚があった」
「国王が呼んでる、ってこと?」
「決定権はジーナにある。だが陛下は、娘に会いたい、との御意向だ」
「勝手なこと、」
と言いかけて、ジーナは口を押えた。
(そうよ! 私がどうしても納得できなかったのは!)
(国王に会って、言いたいことがあるんだ!)
(このまま外国に逃げて、一生会わないなんて!)
(向こうは、追い出したら終わり、でしょうけど!)
(そうはさせない! 必ず!必ず!)
(お父さんとお母さんに謝らせる!)
ジーナは、凛とした目でジェイクを見た。
「わかった。国王に会いましょう」
「王都に行く。王宮に入る。亡命より危険だが?」
「かまわない。逃げるよりマシよ」
ジェイクは、ニヤリと笑ってジーナを見た。
「さすがは王女だ。肝が据わってる」
船は下流に進んだ。
川の流れが、二方向に分かれている。
「左に行けば安全に亡命できる。右は危険な王都だ」
ジーナは迷わず答えた。
「右に向かって。目指すのは王都」
ジェイクは右に舵を切った。
船は王都に向かって進んだ。
ジーナの一番の『遠出』は、隣町だ。
合唱部の仲間と買物に行った。
石造りの建物や、噴水を初めて見た。
だが王都の規模は、はるかに桁違いだった。
ジーナは、建物大きさ、店の多さ、人の多さに驚いた。
石畳の舗装道は、馬車が次々と走っている。
グリーンハリス村で馬車に乗るのは、村長ぐらいだ。
だが、気後れはしなかった。
この程度で委縮しては 『ここ』 に入れない。
ジーナは、王都で一番豪華で壮麗な建物の前に立った。
この王宮の中で、国王が待っている。
そして、
ジーナを狙うネリー王女と、最も恐ろしい最大の敵も、この中にいる。
(第2話 おわり)