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アウトレットに向かうためのバスに乗ろうと停留所に向かって歩いていると、七香の目にとんでもない人物が飛び込んできた。
この人、Tシャツとデニムしか持っていないのかしらーーそんなことを思いながら怪訝な表情を浮かべながら、急に重くなった足をなんとか動かして停留所に辿り着く。
この辺りはペンションが多いため、バスの停留所もそれなりに点在している。夜は木々に囲まれて真っ暗だが、昼間は両脇を木に囲まれた道路を、遠くまで見渡すことが出来る壮観な景色が魅力だった。
昴はスマホを見たまま、七香がいることには気付いていないようだった。その方が好都合な七香は、彼から少し離れた場所に黙って立つ。
早くバスが来ないかなーー到着時刻まであと五分。一人ならスマホをいじっていればあっという間に過ぎる時間だが、わけもわからず昴の存在が気になってしまい、普段よりも時間の経過が長く感じた。
そわそわしながら、バスがやってくる後方に目をやった時だった。
「なんで無視するの?」
昴の声がし、バレてしまったことに落胆を隠せずためいきをついた。
「別に、声かける必要もないので」
七香が言うと、しばらく沈黙の時間が流れる。それすらも気まずく感じるが、昨日のことを思い出して、必要以上に関わることはやめた方がいいと感じる。そうよ、どうでもいいことに巻き込まれるのはごめんだわーー触らぬ神に祟りなし、まさにその状況であると頭の中で警鐘が鳴っていた。
しかしそう決意したのも束の間、再び昴に声をかけられてしまう。
「どこ行くの?」
「別にどこでもいいじゃないですか」
無視することが出来ない七香は、つい返事をしてしまい、思わず顔を歪めた。
「どうせアウトレットだろ?」
「な、何故それを……!」
「だってこっち方面はそれしかないじゃないか」
「駅から電車に乗るかもしれませんよ」
「じゃあそこまでは一緒だな」
なんだか会話の手綱を握られてる? 七香が眉間に皺を寄せて頬をぷくっと膨らませると、昴は突然吹き出した。
「……なんですか。また子どもだって言うつもり?」
すると昴は不敵な笑みを浮かべたかと思うと、我慢できないとばかりにまた吹き出した
「あぁ、それを気にしてたんだ」
「まぁ昨日、あんな大人な部屋に入っちゃいましたからね。でもいいです、子どもで。急いで大人になる必要はありませんから」
その時二人の前にバスが到着し、昴は七香に先に入るよう手で合図する。バスにはお客が3人ほどしか乗っておらず、七香は渋々と乗り込むと、一段上がった場所にあるニ人掛けの椅子に座った。そして昴は七香の後ろの席に腰を下ろすと、背もたれにどさっと倒れ込む。
「悪かったよ……そんな気にしてるとは思わなかった。あんなこと言うなんて、俺も十分子どもだよな」
ぞくっと体に震えが走り、
「……なんか素直なのも怖い」
とぼそっと呟いたが、その瞬間頭にチョップがお見舞いされる。
「痛っ!」
「人が素直に謝ったのに」
「だって昨日と全然違うから」
「七香だって、今日はおしゃれなんかしちゃって。ナンパでもされに行くつもり?」
おしゃれの面で言えば図星だった。ピンクのオフショルダーのブラウスに、デニムのスカート。せっかくの買い物だし、仕事とは違う気分になりたいのは女子なら皆考えることだろう。
「買い物です。あなたじゃあるまいし、やめてください」
「まるで節操なしみたいな言い方。俺は早紀さんにしか発情しないから安心しなよ」
早紀さんっていうのかーー七香の頭に昨日の彼女の笑いが蘇り、不愉快な気分になった。あの見下すような目つきを思い出すたびに、悔しさが込み上げてくる。
それに少し怖かったーーそれが七香の本音。だから言い返すことも、無理矢理にでも笑顔を作ることも出来なかったのだ。
「あれっ、そういえばあの人は一緒じゃないの?」
昴の方を振り返りながら尋ねるが、彼は七香と目を合わさないよう窓の外に視線を移動させた。
「お客が来るんだって。だから夕方まで外にいろって」
「また追い出されちゃったの? っていうか、あなたは部屋にいちゃいけないの?」
「……俺がいたら困るような客なんだよ」
こんな旅行先にまで来るような客とは、どんな人なのか気になった。付き合っていないにしろ、せっかく一緒に来ている男性を放ってまで会うのだから、きっとそれなりの理由があるのだろう。
でも私だったら嫌だな。二人の時間を邪魔されたくないと思ってしまうのは、やはり子どもなのだろうか。
「あっ、あと昨日名前を教えただろ? あなたじゃなくて、ちゃんと名前で呼べよ」
「……でも一応お客様だし」
「今は休憩中なんだから、客じゃない」
「でも駅までなんでしょ?」
すると再び七香の頭にチョップが降ってくる。
「ちょっと、二度目なんだけど⁈」
「アウトレットなんだろ? それなら俺も一緒に行く」
「えーっ……」
「そんな嫌そうな顔するなよ。傷つくだろ」
そうだろうかーー七香はどことなく昴の表情が浮かないことに気付いた。彼女と一緒にいたかったのに、急な来訪があって悲しんでいるのだろうか。そう考えると、なんとなく彼を放っておけなくなる。
「まぁ仕方ないから、一緒に行ってあげる」
その途端、嬉しそうに目を見開いた顔が可愛いくて、首からかけていたカメラで無意識にシャッターを切ってしまう。
「あっ、またやっちゃった」
「何それ。無意識ってこと?」
すると昴はクスッと笑って、七香の背もたれに腕を乗せて身を乗り出すと、
「仕方ないから、好きなだけ撮っていいぞ」
と耳元で囁いた。
「なにしろ顔だけはいいみたいだから」
屈託なく笑った顔を、今度は意図的にカメラに納めた。
「じゃあ遠慮なく撮らせてもらう」
この時初めて昴に笑顔を向けたような気がする。一人で楽しむはずの買い物の予定が狂ってしまったが、そこまで嫌な気持ちはしなかった。
白山小梅
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