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◇◇◇
時はダンゴがユウヒとノドカを突き飛ばし、邪龍のブレス攻撃に飲み込まれた直後まで遡る。
30メートルという巨体から放たれたブレスは人一人の全身を飲み込むには十分すぎるほど大きかった。
まず、ユウヒたちを押し退けるために伸ばされていた右腕が消失する。
それでもダンゴは左手だけで大盾を維持するが、激しい衝撃の中で軽い体は吹き飛ばされていき、段々と身体の感覚が消失していく。
(死んじゃう……でも、最後に主様と姉様たちをちゃんと守れた……よね……)
何時しか、ダンゴの目の前は真っ暗になっていた。
頭の中では走馬灯のようにユウヒや姉妹たちと過ごしてきた日々の記憶が浮かんでは消えていく。
嬉しかった記憶や楽しかった記憶、中には辛かった記憶もあったが、どれもが彼女にとって大切な記憶だった。
なぜなら、それは大切な人たちとのたくさんの想いに満ち溢れた思い出だったのだから。
そうして温かくなる心と共に1つの願いが溢れ出してくる。
(嫌だな……ボク、まだ死にたくなんかない。まだまだ、いっぱいみんなとやりたいことがあるし、ちゃんと“家族”にだってなりたいよ)
願いは1つでは収まりきらずにどんどん心の奥底から溢れ出してきた。
――そんな時のことだ。どこからか大好きな声が聞こえてくる。
『ダンゴとの繋がりはまだあるの! 探して! ダンゴ、どこ!』
『あーもう! さっさと探すわよ! どこ行っちゃったのよ、ダンゴ!』
『ちょっと魔力を使うだけで良いの! ダンゴちゃん!』
『ダンゴちゃん~……お願い~帰ってきて~!』
必死に自分を呼び掛けてくる声にダンゴの意識がはっきりとしてくる。
(……そうだ、ボクはまだ死ねない。一度守れたくらいで、なに満足してるんだよ。ボクはこれからもずっとみんなのことを守っていくんだ……!)
ダンゴは冷静に自分の状況を分析した。
恐らく身体の大部分は消失して、感覚も曖昧になってしまっている。
だから、失った体を補うように自らの主から力を借りる必要がある。
「――ッ!? ダンゴ!」
身体の感覚が戻り、ダンゴはゆっくりと目を開ける。
すると視界に光が飛び込んでくるよりも早く、体に衝撃が走った。
心地よい温かさと大好きな匂い、それが主からの抱擁であると告げる。
「……ただいま、主様」
「……おかえりぃ、ダンゴ……っ!」
主の胸に顔を埋めているとそこに新たな3つの温もりが加わる。
「バカ……命を投げ出そうとするなんて本当にバカよ」
「よかった、ダンゴちゃんが帰って来てくれて……本当によかった……」
「もう~……絶対にいなくならないでね~?」
そんな彼女たちに包まれながら、ダンゴはある事実に気付く。
――主に感覚の違いによって。
飛び退くような勢いでユウヒの胸から顔を離したダンゴは自分の体を見下ろし、大きな声を上げた。
「ボク、背が伸びてる!」
「そうじゃないでしょ! 進化してるのよ、進化!」
ヒバナの鋭い指摘を受けるとダンゴは改めて自分の姿をよく見て、自分の中にある力も確認する。
その時、ノドカがおずおずと手を上げて発言した。
「あの~……コウカお姉さまと~アンヤちゃんが~まずそうです~」
「えっ……あ、ど、どうしよう!?」
全員が視線を向けた先では、今まさにアンヤがコウカを抱えて邪龍の上から空中へと逃れようとしているところだった。
「はぁ……呑気にしてる場合じゃないの」
「シリス! 大丈夫なの!?」
「あんまり大丈夫じゃないの。でも、乗せて飛ぶくらいはしてやるの」
ボロボロの身体を引きずるように現れたシリスニェークが呆れた表情を浮かべたと思うと龍の姿へと変化する。
迷っている暇はなかった。
天井付近では今まさにコウカが邪龍の尻尾による攻撃を受け、壁へと叩き付けられているところだったのだから。
「シリスニェーク、飛んで!」
「ダンゴ!」
「主様、ボクが姉様を助ける! ボクの新しい力を見てて!」
ダンゴがシリスニェークの背中に飛び乗った直後、飛翔した銀龍がまずは落下するアンヤの近くを通過し、すれ違いざまにダンゴがアンヤを抱きかかえるようにして回収する。
「っ……上に……!」
「分かってるよ、アンヤ。コウカ姉様はボクが絶対に助けるから」
ダンゴは邪龍のブレス攻撃により消失した己の得物であるイノサンスを再構築する。
そして彼女はイノサンスの変化に気付き、笑った。
左手には自らの身長以上の大盾が現れるとともに、右手にはこれまた大盾以上の長さを持つ戦斧が握られていた。
だが、これが変化の本質ではない。
「イノサンテスペランス、ボクの望む姿に!」
大盾と戦斧の構造が組み変わり、合わさりながらその形を変えていく。そうして新たに現れたのは巨大な鉄槌だった。
霊器“イノサンテスペランス”――かつてイノサンスという大盾だった得物は、主が願うがまま自在に形状を変化させる性質を持つものへと生まれ変わったのだ。
その間にもシリスニェークはぐんぐんと上昇していく。
そしてその背中から飛び出したダンゴが、今まさにコウカを食らおうとする邪龍へと鉄槌を振り上げた。
(眷属スキル――《グランディオーソ》!)
ダンゴが得た新たな力。
眷属スキル《グランディオーソ》は自らの魔力と周囲から取り込んだ魔素に硬度と質量を与え、それを操作するスキルだった。
そしてその対象には持ち主である精霊とほとんど同じ性質を持っている霊器も含まれている。
よって現在、鉄槌の形状をしているイノサンテスペランスはその大きさからは想像がつかないほどに硬く、さらには重くもなっていた。
「コウカ姉様から――離れろぉぉっ!」
慣性に任せるがままに振り下ろされた鉄槌によって重い一撃が邪龍へと叩き付けられた。
◇
「主様!」
シリスの上から飛び降りたダンゴが私へと飛び付いてくるのを全身で受け止める。
大きくなった――それでもコウカより小さいのだが――ダンゴを受け止めるのが以前よりも大変になっているので、彼女も成長したんだと実感する。
「すごかった! すごかったよ、ダンゴ! 一体どういうカラクリなの!?」
「ふふん、それはね――」
先程の龍を叩き落とした一撃を放つ瞬間、眷属スキルを使ったのは分かっていた。
どんなスキルなのかを教えてくれようとしたダンゴだったが、それは中断せざるを得なかった。……地面に伏していた龍が叫びながら起き上がったのだ。
あれだけ強く叩き付けられたというのに少しよろけているくらいでまだピンピンとしている。いったいどんな耐久力をしているんだ。
「主様、ぶっつけ本番だよ!」
「――ッ! うん、分かった!」
教わる時間がなくても、理解する方法が1つだけある。それは自分自身で使うことだ。
さっきの光景から、ダンゴの力が龍を倒すために一番適していることなど一目瞭然だ。
彼女も相当自信があるらしく、強気な笑みを浮かべながら私と手を重ねた。
「【ハーモニック・アンサンブル】――デュオ・ハーモニクス!」
視界が晴れると、視界に栗色の髪の毛がチラチラと映るようになる。
身体の中から力が漲り、無事に成功したことを悟る。
『へぇ、こんな感じなんだ!』
私の中にいるダンゴも非常に興奮しているのが伝わってくる。
かく言う私もすごく嬉しくて気分が高揚しているんだけど。
「ダンゴと私、おんなじ気持ちみたいだね」
『えへへっ、それって何だか温かいね』
「あはは、そうだね……よし、行こう!」
私はマントを靡かせ、シリスの背中にお邪魔する。
どうしてマントがあるのかと疑問に思っていると、中にいるダンゴから『かっこいいでしょ!』と伝わってきた。……たしかに、かっこいいかもしれない。
「シリス、決着をつけるよ。私をあの龍の所までお願い!」
「ユウヒ、あなたたちだけで大丈夫なの!?」
シリスが頷き、飛び立とうとした時にヒバナが下から声を掛けてくる。
私は顔だけを下にいるヒバナたちに向けて、言葉を返した。
「うん。多分荒っぽいことになるから、みんなは安全に気を付けながら見守ってて!」
今から私とダンゴがやろうとしている戦い方はこの閉鎖された空間でやるには少々荒っぽすぎる。
そのせいで光の霊堂にも影響があったらいけないから、短期決戦で一気にカタを付けるつもりだ。
シリスが風を切る音を聞きながら左手に大盾を持ち、右手で戦斧を握る。
『来た!』
「行くよ!」
目前まで迫っていた黒い龍の持つ鋭い爪による攻撃を《グランディオーソ》で硬度と質量を強化した大盾で受け止める。
そしてお返しに右手に持った戦斧を相手の首目掛けて振り下ろした。
元々ダンゴが力持ちだったおかげで今の私の腕力は凄まじいことになっていると思う。力のままに戦斧を振り切り、相手を地面へと叩き付けた。
その衝撃で巻き上がった粉塵に視界が覆われるが、私は質量を可能なだけ増加させながら戦斧と大盾を1本の大剣に変化させ、真下に突き刺そうとする。
だが降下中、相手の尻尾が粉塵の中で振るわれたため、私の身体は弾かれて壁に激突してしまった。
「ぐっ……この程度!」
強化していたおかげで受けたダメージは少ない。
すぐさま体勢を整えて攻撃を再開しようとした時、煙の先から漏れ出してくる光が見えた。
『主様!』
「うん、防ぎきってみせる!」
私は大剣を盾へと戻し、重心を低くした状態で構えた。
膨れ上がった光が粉塵を突き破りながらまっすぐ向かってくるのを確認した直後、全身を衝撃が襲う。
だが光の暴流の中でも、質量を増加させた私の身体は揺るがない。
「【ガイア・スパイク】!」
盾の表面に魔法術式を構築し、5メートルほどの尖った岩を勢いよく正面へと飛ばす。
その直後私たちの身体を襲っていた衝撃は止み、代わりに苦しむような龍の声が聞こえてきた。
光線に飲み込まれていた中、何もせずに堪えていたわけではない。
絶対に防御を突き破られない自信が私たちにはあったので、防御には大して意識を割かずに魔法を構築していたのだ。
私は体を仰け反らせている龍に向かって跳躍し、イノサンテスペランスをハンマーに変化させた状態で、横なぎに振るう。
すると敵が壁に叩き付けられ、その衝撃で空洞内が揺れた。
さらに近くまで飛んできたシリスの力を借りて、私は再接近を試みる。
黒い龍は最早なりふり構わずに暴れ始めたため、こちらの攻撃が本体に届かない。ハンマーではどうしても手数で負けてしまうのだ。
だったら、もっと適した形に変えてやればいい。
『手数で勝負ってどんなのがいいんだろう?』
「決まってるよ。一番はやっぱり拳だ」
一度シリスの上に戻り、イノサンテスペランスを変化させる。
ハンマーだったものが2つに別れ、腕に纏わりつくように変化を始める。
そうして新たに現れたのは私の両腕を遙かに超える大きさのガントレットだ。
私はシリスの背を蹴り、再度接近を試みる。
相手が暴れている中、勢いよく振るわれた尻尾を逆にガントレットで打ち返す。空中にいる私目掛けて振るわれる前足も逆の腕に装着されているガントレットで受け止めた。
そうしてすぐさま懐に飛び込んだ私は相手の胴体目掛けて拳を突き出す。さらには壁に打ち付けられた敵を両腕の拳の連撃で攻め立てていく。
眷属スキル《グランディオーソ》のおかげでもはや相手の巨体はアドバンテージでもなんでもない。
全身を使って抵抗する龍を力で抑えつける。
攻撃を加えるごとに敵の抵抗は弱まり、緩慢な動きへと変化していく。鋭い爪や牙も砕け、もはや脅威ともなり得ない。
私はイノサンテスペランスを一度ハンマーへと戻し、胴体に向かって全力で振り被ると龍の巨体を壁へと打ち付けた。
龍の口から血が噴き出し、地面に崩れ落ちるがまだ息をしており、尻尾や足を使って必死に抵抗しようとしている。
私はハンマーを大剣に変化させ、陥没した胴体部分へと切っ先を向けた。
多分、これで終わる。
事前にシリスから聞いていた龍種の力の源――龍玉はあの奥にある。
龍の魂が宿ると言われている部位を破壊すれば、龍の命は永遠に失われるのだ。
『主様……』
「覚悟していたことだよ」
自分の心に引っ掛かるものを敢えて無視し、私が1体の龍の命に終止符を打とうとした――その時だった。
「さよなら、おかーさん……」
シリスの寂しそうな呟きが僅かに鼓膜を揺らした。
すると頭の中が急速に冷え、切っ先が震えはじめる。
結局、私の覚悟なんてこの程度なのか。すぐに揺らいでしまう程度のものなのか。
――違う。
私がやろうとしていることは世界中の人の為になるものだ。
救えないものよりももっと多くの救えるものの為に今ここでやるんだ。
そうだ。
邪魔になった存在は倒さないといけなくて、多くの人の為にもこの龍は生かしておけなくて、だから――。
「だからぁッ! うわぁぁ!」
突き刺さった剣の先で何かが砕ける確かな感触が伝わってきた直後、巨大な龍は完全に活動を停止した。
――そう、私がこの手で殺したのだ。
◇
かつて聖龍と呼ばれていたことが嘘かのように、凄惨な死に様だった。
「せめて、燃やしてあげましょう」
邪魔となった龍の死体を前にして、そう言い出しのはヒバナだ。
「うん……ノドカちゃん、換気しておいてね」
「は~い、まかせて~」
空間に大きな風の流れが生まれる。
その光景をボーっと見ているとヒバナに呼び掛けられる。
「ちょっとユウヒ、あなたも手伝ってよ」
「手伝うって……何かすることある?」
「もう、あるでしょ。これだけ大きい龍を燃やすのよ? 浄化しながらのほうが絶対にいいわ」
――そっか、穢れちゃってるから……綺麗にしてあげないといけないんだ。
私はヒバナの炎に女神の力に含まれる浄化の力を効率よく調和させるために【ハーモニック・アンサンブル】を発動しようとして――やめた。
今は彼女と1つになろうとは思えなかったのだ。
「……使わないの?」
「うん。普通に調和の魔力を使うだけでも十分だよ」
伸ばしていた手を途中で引っ込めたものだから、私がハーモニクスを使うと思ったのであろうヒバナが首を傾げたが、すぐに理解してくれた。
ヒバナが時間を掛けてすごく大きな魔法陣を展開する。
そこから現れた炎に私は女神の力を調和させる。女神の力の影響か、心なしか炎が鮮やかに見えた。
龍の身体が浄化の炎に包まれていく。
その光景を茫然と眺めていると私たちと同じようにして佇んでいたシリスが口を開いた。
「……ちゃんとお別れを言えなかったの……また会えるって……思っていたから……」
シリスの声も、肩も震え出し、私の頭は真っ白になる。
「……もっと……ずっと一緒に、いたかったの……。会いたいの……おかーさん……っ」
「あ……あぁ……」
涙を流しながら膝から崩れ落ちるシリスに私は何も言えなかった。
「主様、違うよ! 主様は――」
母親を失った悲しみに苛まれる彼女を前にして、声を掛ける権利なんて私にはないから。
――そんな時のことだ。突如、眩い光によって洞窟内が照らされる。
この場にいる全員がその光の発生源へ目を向けた。
それは龍の胴体部分にぽっかりと空いた穴の奥から漏れだした光だった。
その直後、洞窟内は光と風に包まれる。
『あなたたちは救ってくれたのよ……だから胸を張って……小さな旅人さん』
それはたった数秒の出来事だった。光はすぐに収まり、元の薄暗い空間が戻ってくる。
私たちは自然と顔を見合わせていた。
「……声」
「うん、あたしも聞こえた……ありがとうって……」
全員があの瞬間に何かしらの声を聞いていたらしい。
そして、それはシリスも例外ではない。彼女はしゃくりあげるような声を上げる。
「ひぐっ……おかーさんと、最後に……お話……お別れも……ちゃんと、言えたのぉ……」
あの優しい声、あれはシリスのお母さん――聖龍ミティエーリヤ様のものだろうか。
胸を張れ、それはきっと気に病むなということ。
どうしてそんなに優しい言葉を掛けられるんだ。本当に私は間違っていなかったとでもいうのだろうか。
「おかーさんは……綺麗な魂で、天国に行ったの……魂だけでも救われたの……だから、ありがとう……きゅーせーしゅ……精霊……っ」
「――ッ!」
ああ、私は救えたんだ。
でも、一番救われたのはきっと――。
『嫌だよ、死んじゃやだよ、優日っ!』
そういえば私は誰ともお別れを言えなかったな。
◇
魔素鎮めまで終わらせて、洞窟から外へ出ると待ち構えていた魔物の大群がシリスへと飛び掛かった。
もちろん、それはただのじゃれ合いのようなもので周囲にはシリスの泣き笑いの声が響き渡っていた。
彼女は母親を失ったが、まだこんなにも多くの者たちに囲まれている。
「霊堂、壊れてないといいの」
「あれだけ暴れちゃったからね……壊れてたら、ミネティーナ様になんて言えばいいか……」
狼に乗りながら前を歩くシリスに言葉を返す。
本当に壊れていたらどうしようか。申し訳ない程度じゃ済まないんだけど。
絶対に謝って許してくれるような失敗じゃないし。
「まあ、多分大丈夫なの」
「……その根拠は?」
「そんなものないの。強いて言うなら勘なの。でも龍の勘はなめない方が良いの。よく当たるの」
一気に信憑性が薄れた瞬間だったが、結論から言うと光の霊堂は無事だった。
多少外壁が崩れていたりしていたものの、その根幹部分は何ともなかったので邪神を封印する結界には影響がないだろう。
「……そうだ、シリス。渡す物があるんだ」
ふと上納品として受け取っていた木箱の存在を思い出した。
聖龍ミティエーリヤ様がいなくなった今、新たにこの島を率いていくことになるシリスへ渡すのが最も自然な形だろう。
私から木箱を受け取ったシリスはその中身を確認して、微妙な表情を浮かべた。
「またこれなの。正直、使いどころに困るっておかーさんがいつも言ってたの」
そうして私も中身を見させてもらったのだが、事前に聞いていた通り宝石だった。
……まあ、龍に何を渡せば喜んで貰えるのか分からないから宝石になったのだろうが、シリス達にとってはあまり嬉しいものでもないらしい。
彼女は受け取った木箱を隣に付いてきていたミノタウロスに渡すと、「いつもの場所に放り込んでおいてほしいの」と言った。
ミノタウロスは頷くとどこかへ歩いていってしまう。……やっぱり、この光景は見慣れないなぁ。
「……ん? なんだか甘いにおいがするの」
突然、鼻を鳴らし始めたシリスがその匂いとやらに釣られるように歩いていくと、1人の少女の前に行き着いた。
その少女とはチョコレートを食べているアンヤである。
シリスはチョコレートに興味を持ったのか、物欲しそうな顔でアンヤの手元を眺めている。
「……だめ」
「少しだけで良いの」
「……いや」
アンヤはチョコレートをシリスの視界から隠すようにして絶対に渡そうとはしない。
それを私たちは微笑ましいような呆れたような目で見守っていたのだが、このやり取りに終わりが見えなかったので、少し介入することにした。
「まあまあ、アンヤもシリスに助けてもらったでしょ? そのお礼としてさ、1つくらいいいんじゃない?」
「……別に必要なかった」
「あはは……でもさ、そういうのを素直に受け取ることって仲良くなるために大事なことだよ。アンヤはシリスと仲良くしたくはない?」
そう言うと、アンヤは少し思い悩むような仕草を見せる。
そのまま10秒くらい経った後、《ストレージ》の中から新たなチョコレートを取り出した。
「……わからない……でも、仲良く……なりたくないわけじゃない」
「ありがとうなの! 精霊!」
アンヤが差し出したチョコレートにシリスが飛び付く。彼女は「甘いの! 美味しいの!」とご満悦の様子だ。
それを見ていたアンヤが目を細める。
私はそんな彼女の頭に手を伸ばした。
「いい子だね、アンヤ」
「んっ……」
為すがままに撫でられているアンヤが声を漏らす。
今度は離れた場所からダンゴが羨望の目を向けて来るのだが、進化して大きくなっても甘えたがりな性格は全く変わらないらしい。
でもアンヤにお姉さんぶりたいのか、飛び込んでくることはなかった。
仕方ないので、後で存分に撫でてあげることにする。
「美味しかったの……もっと欲しいの!」
「……だめ」
「お願いなの!」
「……いや」
――結局、根負けしたアンヤは2つ目、3つ目のチョコレートを渡すのであった。