テラーノベル
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餃子を思う存分堪能した瑠璃は、シャワーを浴びようと脱衣所でスカートのボタンを外してチャックを下ろした。
なんと言う事だろう、スカートが下腹で止まっている。
これまではチャックを下ろせばストンと床に落ちていたものが、びくともしない。
「え、マジ?」
建の浮気で思い悩んでいた頃は食事が進まなかった。
寿からも「あんた、ちょっとやつれてない?」と心配されたものだが、最近は自分でも肌の調子が良く、何を食べても美味しかった。
ここ一ヶ月は週末はもちろん、平日でも三日に一度は黒木に誘われドライブに出掛け、外食が続いていた。
「え、っと。これ、は。」
体脂肪計を恐る恐る取り出し、そろそろと右足を乗せる。
黒い表示部分に赤いデジタルの数字がチカチカと点滅した。
左足を乗せて瑠璃は天井を仰いだ。
「め、めっちゃ太ってる」
そういえば太腿からウエストあたりの段差が乏しい。その代わりに胸がふっくらとし、なんなら顎の下に肉付きを感じる。
「これが……幸せ太り」
鏡の前で機能停止をしていると、LINEの着信音。黒木からだった。
こんばんは
既読
今夜も楽しかったね
既読
美味しかった?
既読
明日の夜なんだけど
既読
瑠璃は返信する指が止まった。色々な意味で凍りついてしまった。
お泊まりどうかな
既読
(……お!? お!? 可愛らしく(お)が付いてますけど、《《泊まり》》、ですか!?)
黒木もその場で言い出せずLINEメッセージを寄越したのだろう。
しかも気恥ずかしさから「泊まり」ではなく《《お》》泊まりと可愛らしく《《お》》を付けてメッセージを打ち込んだ。
黒木の喉仏は上下し、ゴクリと唾を飲み込んだ事だろう。
瑠璃にその姿は容易に想像がついた。
(ついに、その日が来たか。このタイミングで)
鏡に向き直って正面、腰あたりを両指で摘んでフニフニと動かしてみると弾力感が否めなかった。
下腹を叩いてみると、何やらぽこんと太鼓のような音がしないでもない。
瑠璃は大急ぎでシャワーを浴びると、タオルでガシガシと髪を拭きながら部屋へ駆け込んだ。
黒木のLINEトーク画面には、瑠璃からの返信がない事に気まずくなったのか
(ごめんなさい)と謝罪する熊のスタンプが届いていた。
(いやいやいやいや、嫌では無いんですけど、このお腹がーーーー!)
慌てて寿に連絡し、返ってきたアドバイスは何の役にも立たなかった。
「あんた何勿体ぶってんのよ」
「そんなつもりじゃ」
「25歳よ、このタイミング逃したら結婚のハードル上がるわよ!」
「結婚とか、まだ、そんな」
「ハードルどころか棒高跳びよ、どんどん上がってあんなハイスペックな物件、もう二度と見つからないわよ!」
「物件、て」
「黒木、眼鏡外したらなーーーーんも見えないわよ」
「見えなくても触れば分かるじゃん」
「脇と腹掴まれそうになったら乳を押し付けろ!」
「乳て」
「ああん、とか言いながら! 言ってご覧、はい!」
「ああん」
「なんじゃそら!取り敢えず、一回寝ときなさい」
「はぁ」
けれどこの部分だけは確かに的を得ていた。
「黒木、焦ってるんじゃないの?」
「なにが?」
「明後日よ、明後日、奈良が出て来るじゃない」
「あ」
「その前に自分のものにしておきたいのよ、男心、汲んでやりな」
「そ、そういう事か」
寿は大きく息を吸い込むと怒涛の如く捲し立てた。
「黒木の事、好きなんでしょ!?」
「うん」
「付き合ってくんでしょ!?」
「うん」
「キスも気持ち良いんでしょ!?」
「う、うん」
「やりな!」
「う、うん」
そしていきなり黒い下着は黒木も引くだろうからベージュかピンクの無難な下着で出勤して来なさいと鼻息も荒く、明日の夜は寿のマンションに《《お泊まり》》するのだと両親に告げろとアリバイまで立ててくれた。
瑠璃が黒木のLINEトーク画面を見ると(ごめんなさい)と謝罪する熊がもう一匹増えていた。
はい、よろしくお願いします
既読
瑠璃がメッセージを送信すると脊髄反射で熊が(大好き)と真っ赤なハートマークを撒き散らすスタンプが返って来た。
緊張した黒木が携帯電話の前で正座している姿が目に浮かんだ。
明日、瑠璃は黒木と《《お泊まり》》をする。
そして明後日、ついに奈良が三共保険金沢支店に出勤して瑠璃の向かいのスチールデスクに座る。
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