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「えっ……」
突然の告白に、今泉さんは一瞬で表情を曇らせた。
私は今泉さんの表情を見つめたあと、小さく笑って言葉を続ける。
「過労死だったんです。真面目な人で、遊びも知らない。毎日の晩酌だけを楽しみにしていた人でした。
……だから、私が最後に言葉を交わした父も、こたつに入ってお酒を飲んでいる姿。
母の作ったおつまみを箸でつつきながら、お酒を飲む父の背中なんです」
私は風に揺れる蛍の光を眺め、目を細める。
「……」
今泉さんは私の横顔を見守りながら、静かに頷いた。
「ずっと思ってた……私の記憶の中の父は、どうしていつも後ろ姿なんだろうって。……でも、今泉さんのおかげで大切なものを思い出しました」
「……大切なもの?」
「そう、辛い記憶の中に閉じ込めていた大切なもの」
私の言葉を待つ今泉さんへ視線を移し、柔らかな笑みを浮かべる。
「幼い頃、こうして父に手を引かれて蛍を見に行きました。真っ暗な草むらを抜けると、目の前では輝く光が一斉に夜空を舞う。はしゃぐ私を、父はいつも優しい目で見つめてた……」
「……」
「いつも……こうして私の手を握ってくれてた。私を包んでくれる、温かい父の手……」
今泉さんの手の甲を見つめ、そっと自分の手を重ねる。
「私を守ってくれる手の温もり。父が私に残してくれたものは、何も言わない背中なんかじゃない。
私……父を突然失った悲しみから逃げるために、自分の中へ封印してた。忘れちゃいけない大切な記憶なのに……」
伏せた目が熱くなる。
重なり合った二人の手が、涙で霞む。
今泉さんは手のひらを返し、ぎゅっと私の手を握った。
「亜紀さんにとって、お父さんの背中は淋しく孤独に映っていたのかも知れない。だから後ろ姿だけが残ってるんだ。
でも、そのお父さんの背中も手と同じ。愛しい家族を守る、強くて優しい温もりなんだよ」
「……今泉さん」
私は涙で滲んだ目を細め、小さく震える唇をきゅっと閉じる。
「ほら、お父さんの愛情に包まれて育った亜紀さんの手も、こんなに温かい……」
今泉さんは夜風で冷えきった私の手を両手で包み込み、微笑みながらゆっくりと頷いた。
今泉さん……
「……」
溢れ出す思いに言葉も出ず、温かい涙が頬を伝い落ちた。
そうか……
なぜ私が、この人にこんなにも惹かれるのか分かった。
柔らかな微笑みだけじゃない……
穏やかな雰囲気だけじゃない……
この人の中にある、
偽りのない、醸し出される温かさ。
言葉なんて要らない。
私はずっと、この温もりを求めていたんだ……。
「今泉さん……ありがとう。私……」
今泉さんを見つめたまま、止めどなく涙が溢れる。
喉まで込み上げた言葉は途切れ、息ができないほど胸が熱くなる。
「……うん」
今泉さんは瞳で静かに頷き、そっと私の頬へ触れた。
涙をなぞるように、彼の長い指が頬を撫でる。
枝葉が風に揺れ、さらさらと優しい音を奏でる。
無数の光を映す水面は、ゆらゆらと静かに囁く。
――私を真っ直ぐに見つめる澄んだ瞳。
彼の顔が近づいてきた瞬間、私はゆっくりと瞼を閉じた。
コメント
1件
わあ…もう、泣きそうになりました(涙)。お父さんの後ろ姿だけが印象に残ってた亜紀さんが、今泉さんの優しさで「手の温もり」を思い出すシーン、すごく切なくて温かかったです。「守る背中も温かい」って今泉さんの言葉、心に染みました。最後のキス直前の描写、息が止まるようでドキドキしました。さくらさんの描く繊細な感情の動き、本当に素敵です…!