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「へぇ……君も色々と大変だったんだ。でも聖教国に行きたかったのなら最初にそう言ってくれたらよかったのに」
「いやぁ、流石に事情を話したところで信じられないかと思ってさ」
「まあ、信じられなかっただろうね。ははっ」
助けた冒険者たちを連れてテサマラの街へと戻る道すがら、私はアルマにこれまでの経緯を話した。
もちろん私が別の世界から来たことは伏せているが、コウカたちスライムが実は精霊だったということもちゃんと話している。
救世主が精霊を連れているということは既にミンネ聖教団によって人々へと周知されている事実なので、話したところで何の問題もない。
「こうして話していても、君自身は変わらないみたいで安心したよ。スライムたちだって中身はまるで普通の女の子だ」
そう言ってアルマが目を向けた先には、会話に花を咲かせるヒバナたちの姿があった。
たしかに何も知らなければ、あの子たちは普通の女の子と変わらなく見えるだろう。
――そんな話をしているうちにいつの間にか街へ辿り着いてしまっていたらしい。
街の入り口に目を向けるとどこか見覚えのある黒髪の青年が立っている。
「アルマ、遅いぞ」
「ごめん、ヴァル。ユウヒとの話が面白くてつい、さ」
「ユウヒ……?」
ヴァレリアンだ。彼は不愛想な顔を私に向けた。
その表情からは多少の驚きが見られる。
「久しぶりだね、ヴァレリアン」
「……ああ。まさか、こんなところで会うとはな」
あまり口数が多くないのは相変わらずみたいだ。
そんな彼にアルマが近寄る。
「ヴァル、彼らは?」
「既にギルドまで送った。後はそいつらだけだ」
「そっか。じゃあ彼らも早く連れていって手当を受けさせてあげないとね」
そこまで口にして彼女は振り返ると、今度は私たちに向けて問い掛けてきた。
「僕らはギルドまで行くよ。君たちはどうする?」
「私は……教会まで報告に戻るよ」
「了解。まあ同じ街にいるんだ、また会えるよ。しばらくはこの街に滞在するんだろ?」
私は首肯する。異変を解決するまではこの街に滞在することになるだろう。
1年前と比べるとアルマたちと私たちの立場は変わってしまった。アルマたちは変わらず冒険者で帰属する先はギルド。だが私たちの場合は教団なのだ。
それは悪いことではないけれど、少し寂しさも覚える。
決して冒険者でなくなったわけではなく、冒険者カードも有効だがどちらとしての立場が強いかは言うまでもないのだ。
「それじゃあね。行くよ、カリーノ」
「えー……はーい、またねダンゴちゃん! コウカさんも!」
アルマは、コウカたちに別れを告げたカリーノと冒険者たちを連れてギルドに向かって歩いて行った。
――さて、私たちも教会に向かうとしよう。
だが、そうして向かった教会で私たちは思わず耳を疑うような話を聞くことになる。
なんでも、少し前に私が1人で教会を訪ねてきたというのだ。
「見間違い、ではないんですよね?」
「救世主様の御尊顔を見間違うはずがありません! 今、こうしてさらに確信したほどです!」
訳が分からず、私たちとしても首を捻るばかりだ。
取り敢えずその私と同じ顔をした人物について詳しく聞いてみようと思う。
「その人は教会に何をしに来たんですか?」
「霊堂の位置をお忘れになったとおっしゃるので……」
「それでまさか……教えたんですか!?」
私は振り返り、シズクを見る。彼女も同じ考えのようで、私の顔を見て頷いた。
そいつの正体は恐らく邪神の手の者だ。
彼らの目的は霊堂を破壊して封印を解くことなのだから、位置が分からないのなら、魔法なりなんなりでこういう手段を取ってきたとしてもおかしくはない。
「風の霊堂へ向かおう。手遅れになる前に!」
「はい!」
全員が頷くのを確認して、私たちは元来た道を引き返した。
◇
連合軍が築いた防衛線をいくつか通過する。話を聞く限り、その私と同じ姿をした人物は悠々とこの道を通っていったらしい。
はやる気持ちに突き動かされるように歩いていくと、やがて風の霊堂が見えてくる。
「よかったぁ。霊堂は無事だよ!」
「間に合ったのかな? とりあえず中にいる人たちに確認を取ろう」
見たところ、ここで戦闘があった形跡もなく、淀んだ魔素が放つ嫌な気配も感じられない。
杞憂だったかと判断するのはまだ早いので、まずはここを守ってくれている人たちに話を聞くべきだろう。考えている時間ももったいない。
善は急げと私たちが慌てて霊堂の入り口に向かって駆けていくと、代わりにその入り口からご機嫌そうな1人の少女が鼻歌交じりに出てきて、お互いに顔を合わせることになる。
「みっんなに連絡、みっんなに連絡~。あたしってばホント天才。『私』も最初からあたしに任せてくれれば……」
その私そっくりな少女は私たちの姿を見た瞬間、スキップをしていた足を止めて固まる。
「…………」
「…………」
無言で見つめ合う私たちと私そっくりな少女。
先に反応を示したのは相手の方だった。彼女は私を指さすと私とは似ても似つかない声で叫ぶ。
「あ、あーっ! あなたはあたしの生き別れの妹! こんなところで逢えるなんて!」
――静寂が相対する私たちを包み込む。
そしてダンゴ、アンヤと共に私の前に出ていたコウカがこちらへと振り返った。
「マスター」
「うん」
その一言だけで意思疎通を済ませるとコウカはすかさず霊器“ライングランツ”を私モドキへと向けた。
途端に彼女は目に見えて慌てだす。
「ちょちょちょ、待って待って待って! いきなり剣を向けるのはヤバくない!? 本当にお姉ちゃんかもしれないでしょ!?」
騒ぎ出す少女の声が耳障りだったようで、隣にいたシズクとヒバナもそれぞれの杖を無言で構えはじめた。
「いや、だからって杖も構えなくていいから! 待って待って待って!」
相手は私の出自を知らないのだろう。だから私の姉などとあり得るはずのない嘘を口にすることができるのだ。
それに先程から微かに漂ってくる気配が彼女の正体を何よりも如実に証明していた。
だから私は追及する。
「あなた、邪族だよね。私たちが分からないはずがないよね」
「つくならもっとマシな嘘をつきなさいよ」
ヒバナの呆れたような視線が彼女へと突き刺さる。
コウカ以外、たぶん初めての邪族との邂逅となるのに、それがこんな相手でよかったのだろうか。
忙しなく目を泳がせていたその少女はやがて、ある行動に出た。
「えっと……逃げる!」
踵を返して、走り出そうとする少女の足に実体化した影が絡みつく。
急に足を取られたことで顔から勢いよく地面に転んだ彼女は間抜けな声を上げた。
「ぶへッ! …………逃げられるわけがなかったかぁ……ちくしょお……煮るなり焼くなり好きにしろぉぉ」
「マスター、どうします?」
「え、ちょっと本当に煮るなり焼くなりしちゃう感じ?」
――なんだか気の抜ける相手だ。
「アンヤ。一応、腕も縛っておいて」
「……了解」
ヒバナの言葉でアンヤは更にその少女の腕にも影を纏わりつかせる。
そうだ、相手は邪族。何をしてくるのか分からない相手なのだ。
だが色々と話を聞ける絶好の機会でもある。これでは駄目だと気合を入れ直して、私は彼女への質問を始める。
「煮るなり焼くなりされたくなかったら質問に答えてもらうよ。まずは……あなたは何者? 邪族って言うのは分かるけどさ。とりあえず本当の姿を見せて」
だが、相手は渋るばかりで本当の姿を見せようとはしない。
私が頭を抱えていると突然、杖を構えていたはずのシズクが無防備を晒す少女へと近付いていった。
そして両腕を縛られた状態で倒れこむ彼女の体へ手を伸ばしたかと思うと、あろうことかシズクは彼女の胸を触り始めた。
「えっ、何この子」
これには私の偽物も困惑している様子だ。ペタペタと胸の形を確認するかのように触っているシズクの表情は真剣そのものだった。
私の隣にいるヒバナが頬を引き攣らせて苦言を呈する。
「ねえシズ。いくら相手が同じ姿をしているからってそういうことをするのは正直どうかと思うわ……」
「いや、違うからね! これはただの確認だからっ!」
そう言って相手の体を弄るシズク。
私は、邪族とはいえ触られている相手に対して居たたまれなくなってきた。
「あの、シズク。できれば説明してもらえると助かります」
とうとうこの微妙な空気に耐えきれなくなったのか、コウカがおずおずと手を挙げる。
その行為を続けるのはいいとして、せめて説明が欲しいと思っているのは皆同様だろう。
シズクはそのコウカの言葉で初めて何かに気付いたような表情を浮かべた。
「あ、そうだよね。えっと……どうやって擬態しているのかを確かめているんだ」
私たちへ説明するために口を動かしている間も弄る手は決して止めていない。
そして「やっぱりそうだ……」と独り言を零すと、一旦彼女の体から手を離して、今度は虚空に手を伸ばした。
シズクはそのまま何もないところで何度か手の平を泳がせるようにして動かしていたが、不意に拳を握りしめると、勢いよく腕を動かした。
――刹那、偽物が騒ぎ始めた。
「痛っ!? 痛い痛い痛いッ! 髪は女の命だぞぉ!? もうちょっと優しく――痛いって!」
「多分、光魔法を使った擬態だね。補助に闇魔法も使っているのかな? どちらにせよ、実際に姿を変えてるわけじゃなくて、魔法を使って体の周りに別の姿を映し出しているだけだね。だから声も違うし、匂いだって別物」
なるほど。実際に姿を変えているわけじゃなくて別の映像に差し替えているのなら、触れた感触と見た目には絶対に差異が生じる。シズクは触れることでそれを確かめていたというわけだ。
たぶん偽物の私は今、シズクによって彼女本来の髪の毛でも引っ張られているのだろう。
――最初からそれを説明してくれれば、私たちも変な空気にならなかったのに。
「へぇ! そんなこと、すぐに分かるんだ! すごい、すごい!」
「でも確かめたところでどうするつもり?」
シズクに尊敬の眼差しを向けるダンゴと何とも言えない表情をずっと浮かべているヒバナ。
虚空にある何かを引っ張り上げているシズクは、偽物を乱雑に投げ捨てると上から杖を突き付けた。
「要はその魔法に干渉するなりで邪魔してあげればこの擬態は簡単に解けるよ。例えば水魔法を体と魔法の間に差し込むとか。【コールド・シャワー】」
右手に持った激流の魔導書を開いた彼女が魔法の名前を唱えると、地面にうつ伏せに倒れている偽物の上から大量の水が降り注いだ。
途端に偽物の姿が所々崩れ、黒髪に血のような赤い目をした少女が見え隠れする。
シズクの考えは的中していたということだ。
「冷っ、冷たっ!? どうして君たちのご主人サマと同じ顔をした相手にこんな仕打ちができるわけ!? 少しは躊躇するよね!?」
「冷水が嫌なら熱湯に変えてあげるよ? 【ボイリング――」
「それは本当にやばっ……な、なんだか熱くなってきてない!?」
「熱くしてるからね。自分で擬態を解いたら止めてあげる」
淡々と水責めをするシズクの姿が少女の目には悪魔のように映っているのだろう。今度は温度の操作だけではなく、顔を水で覆っている。
そうこうしているうちに相手も耐えきれなくなったのか、遂に叫び声を上げた。
「ぶ……んぶぅ……!? ぶはぁ! はっ……わ、分かったから! もう堪忍してぇ!」
この騒ぎに気付き、様子を見に来た霊堂の防衛隊に軽く事情を説明しつつ、私はシズクの行いを見守る。
防衛隊の人たちもどうやらこの場は私たちに任せてくれるらしい。先ほど会話したという“私”の正体がこの邪族であるということには非常に驚いていたが。
それはさておき、改めて騒ぎの中心に目を向けるとシズクの他に服をびしょ濡れにしている少女がおり、その少女は手足を縛られたまま地面に倒れこんで必死に呼吸している。
見た目は本当にただの少女だ。
邪魔と同じような髪と瞳の色、そしてこの独特の嫌な気配がなければ絶対に邪族だとは分からないだろう。
そんな少女はシズクから発せられた背筋が凍るような視線に晒され続けている。
「二度目はないよ。また一瞬でもユウヒちゃんやあたしたちを騙るようなことがあったら、問答無用で潰してあげる」
「もんどーむよー、ですか……?」
「話も聞いてあげないってこと。あなたがまた同じようなことをしたら……」
「お、同じようなことをしたら……?」
少女はやや怯えを見え隠れさせた目でゴクリ、と唾を飲む。
そんな彼女にシズクは淡々と告げる。
「丁度いい実験台が手に入ったって嬉しくなっちゃうかも。その時は普通の人には試せないような魔法で、自分が生まれてきたことを後悔するくらいの体験をさせてあげる。あたしの言っていること、ちゃんと理解できたかな?」
「は、はい……」
言い聞かせているというよりかは完全に脅迫であるが、そこまで怒ってくれているシズクに少し嬉しく思ってしまったのは内緒だ。
だがこのままでは折角のチャンスを不意にしてしまいそうだったので、早々に切り替えることにする。
まずはシズクに伺いを立てるべきか。
「あの、シズク? その人には色々と聞きたいことがあるからその辺りで……」
「あ、そうだよね。後は任せるね……ユウヒちゃん」
割とあっさりとこの場を譲ってくれたシズク。
そんな彼女と交代するように、私は件の少女と面と向かって話すために近付いていく。もちろん、みんなに守ってもらいながらだが。
「じゃあ改めて聞くね、あなたは何者?」
その私の問いに少しの間、呻いていた少女だが先程の水責めがこたえたのか、口を開いた。
「えっと……プリスマ・カーオス。お察しの通り、れっきとした邪族でーす」
軽い態度で打ち明けられたその名前を聞いた途端、私はガツンと頭を殴られたような衝撃を覚えた。
もちろん錯覚だ。錯覚だが、それはこんなところで聞くような名前ではないはずだ。
「プリスマ・カーオス!?」
「邪神の側近……でもその邪族って男って話じゃ……」
かつてミネティーナ様が語ってくれた邪神の側近、プリスマ・カーオス。それがどうしてこんなところに……。
いや、それが真実だとは分からない。それにシズクの言ったように彼女がどう見ても女の時点でミネティーナ様の話と食い違っている。
嘘をついているということだろうか。残念ながら、表情からは嘘か真実かを読み取ることはできない。こうなってしまっては彼女との会話の中で判断するしかないか。
だが私が質問する前にヒバナが顔を顰めながら、ある疑問を口にした。
「もしかして、こいつ男なの?」
「どうしてそっちを先に疑っちゃうかなぁ!? 偽物なのかとか、普通はまだ変装してるのかとか疑うよねぇ!?」
その言葉を聞いたシズクが間を置かずして、極大の水魔法を彼女の頭上に生み出した。
「いや、やめてやめて。うそじゃないんですぅ……」
顔を青ざめさせる少女に、私は努めて険しい目を向けながら問い掛ける。
「プリスマ・カーオスは男だって聞いてる。あなたが嘘を言っていないっていうのなら、その辺りもちゃんと説明して。じゃないと……」
「じゃないと……?」
私が何も言わずとも、周りのみんながそれぞれの霊器を構える。
これでは脅迫だが、こうでもしないとちゃんと話してくれないだろう。
そしてこれはちゃんと効果があったようで、彼女は青い顔をさらに青くした。……この少女が視線を向けているのは主にシズクに思えたが。
「ひぃぃ!? 話す、話します!」
思わず、ため息をつく。邪族という存在が想像していたものと違って何ともやりづらいのだ。
私は彼女が語り出す直前にさり気なく、ノドカへ目配せをした。彼女が軽く頷いたのを確認した後、視線を自称プリスマ・カーオスへと戻す。
「えっと……君たちは邪族と呼ばれる存在がどうやって生まれるのか知ってるかな?」
問い掛けた相手からの問いではあるが、話を聞くうえで重要な可能性がある。
この場を任されているのは私なので、私が対応する。
「魔物が邪魔化して、それがさらに進化したもの……違う?」
「おぉ、すごーい! でも、それじゃあ100点満点中70点くらいかなぁ……ってちゃんと話すって! 早まらないで!」
惚けたような口調の少女に対して、コウカが早く話せといわんばかりに剣を突き出したことで彼女は少し表情を引き締めながら語る。
「邪族ってね、人間でもなれるんだ」
みんなから息を呑む音が聞こえる。多分、私も同じ音を鳴らしていたはずだ。
彼女は目を伏せ、悲痛な表情で語りはじめる。
「昔はあたしもちゃんとした人間だったんだよ。これでも女神ミネティーナ様に仕える神官見習いだったんだから。それなのにあの大戦時に邪神メフィストフェレスの気まぐれで邪族にされちゃったの。それからはもう無理矢理服従させられて、働かされ続けてきた」
そして伏せていた視線を上げると、目尻から一筋の涙を流す。
「今までプリスマ・カーオスとしてやってきたこともあたしの本意じゃなかったの……お願い……信じて……」
思わず信じて、同情してしまいそうな話だがその前に私は確認を取る。
――目の前の少女ではなく、ノドカへ。
「ノドカ、どう思う?」
「うーん、嘘半分ってところでしょうか~」
やっぱりか。
ノドカの機微を読み取る力はかなり優れており、私も結構当てにしている。それが半分嘘だと断じたのならそういうことだ。
私はこの嘘つきに対して、厳しい目を向ける。
「だ、そうだけど?」
「うっ、鋭いなあ。えっとね、無理矢理じゃなくて……でも理由があって! 本当は邪神を倒すために暗躍していたの! 一緒に封印されていたのもまた復活しちゃった時のためで……ほら、あたしって見習いでもミネティーナ様第一だったからさ……自分を顧みない清い心の持ち主で、邪族に変えられてもその心だけは変わらなかったというか……」
無言でノドカに視線を送る。
「嘘まみれです~」
「ぎゃあ!? その子なんなのぉ!?」
恐らく、彼女には本当のことを話すつもりなんてないのだろう。
これ以上聞いても無駄だろうが、かといって無理矢理聞き出すようなことはしたくないし、みんなにもしてほしくない。
冷たい視線が彼女へと降り注ぐ中、コウカが一歩前へと進む。
「もういいです。昔はどうであれ、あなたは自分の意志で邪神に仕えている。それが分かってしまえば――」
「待って! 人間の味方なのは本当っ!」
自分の眉間に皺が寄るのが分かる。どう見ても必死に誤魔化している表情にしか見えないし、どう聞いても苦し紛れの言い訳にしか聞こえない。
本当に時間の無駄でしかない。
「まだ言うの? ……そうだ。プリスマ・カーオスが男だって言われている理由をまだ教えてもらってなかったね。さっさと教えてもらえる?」
「うぅ……」
まあ無駄だろうが、という諦めの気持ちで私からの最後の問いを投げ掛ける。
完全に委縮してしまった彼女は、本当かはさておき一応答えてはくれるつもりみたいだ。
「それはね……あたしたちが、プリスマ・カーオスだからだよ?」
「たち……?」
だが正しくその瞬間――少女が口角を吊り上げたのだ。
疑問を感じると同時に強烈な悪寒が走り、脳内で警鐘が鳴り響く。
――そして、地面の感覚が消えた。
「わっ!?」
「お姉さま~!?」
下を見ると私の足元に真っ黒の穴が開いている。
それに気付いたみんなが手を伸ばしてくれるが、穴の中から飛び出してきた手に足が勢いよく引きずり込まれてしまい、伸ばした手は宙を切る。
「楽しいおしゃべりに付き合ってくれてありがとぉ」
全てが闇に覆われるかと思った瞬間、視界の端から光が飛び込んできた。
「マスター!」
強烈な衝撃が走り、凄まじい風を全身で浴びる。
――やがてそれが治まった時、目の前にはコウカの顔があった。
「すみません、こんな強引な手段で」
「ううん……ありがとう」
彼女の高速移動で穴に落ちそうになる私を救い上げてくれたらしい。その影響で勢いづいたままそれなりの距離を移動してしまっているようだ。
何にせよ、コウカのおかげで危機は脱した。
今思えば、私の足元に生まれた穴は影魔法によるものだろう。影の中に私を引きずり込もうとしたのだ。
あのまま引きずり込まれれば、1人で戦う力がない私はどうしようもなかった。
そうなってしまった場合、外から影を照らしてもらうのを待つしかなかったが、それまで影の中の存在が私を生かしておいてくれるはずがなかっただろうし。本当にゾッとする話だ。
少し離れた場所では謎の黒い集団との戦闘を開始したみんなの姿が見える。
そこからはヤツらが放つ濃厚な気配も感じられた。恐らく、その全てが邪族なのだろう。
「マスター、ハーモニクスを。すぐにみんなのところへと戻りましょう」
「うん。【ハーモニック――ッ!?」
調和の魔力を使おうとした瞬間、コウカが私を抱えたまま飛び退いた。
先程まで私たちが立っていた場所には、腕を振り抜いた状態の粗野な印象の男が立っている。
気配から分かる、あれも邪族だ。
そして気配は彼だけではなかった。地面に開いた2つの黒い穴から新たに1人ずつ、同様の気配を放つ者が現れたのだ。
そのうちの1人は先ほどの少女だった。そしてもう1人の少年に目を向けた時、私は思わず目を疑った。
「あなたは……!」
「はははっ。久しぶりだね、お姉さん」
かつてキスヴァス共和国で見た、まだ小さなスライムだった頃のコウカを剣で切り裂いた少年が胡散臭い笑みを浮かべてそこに立っていた。