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某家守近のこと

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某家守近のこと

23 - 某家守近、わからんちんの髭モジャ男を雇うのこと4

2024年06月11日

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「なるほど。女房殿も、災難だったのお。少将様のお屋敷も、大変じゃなぁ」


「いえ、いえ、髭モジャ様とて。お役目を解かれていたとは……」


橘《たちばな》に声をかけたのは、まさかの、わからんちんの髭モジャ男だった。


あれから、髭モジャ男は、市中を騒がせたと、検非違使《けびいし》職を首になっていた。


すでに、例の落書きによって、面が割れているため、手拭いで頬かむりなどして身元を隠くしていたのだが、あの日、現れた斉時《なりとき》に、見かねた髭モジャ男は、手拭いを渡した。


しかし、因縁ある少将の屋敷前であったため、つい、検非違使のふりをしてしまったのだ。


「まったく、面目ない話よ」


言って、髭モジャ男は、大笑いした。橘も、つられて笑った。


「うん、だいぶん落ち着かれたな。そうじゃ!腹は、減っておらぬか?蒸し芋があるぞ」


結局、行くあてのない橘は、髭モジャ男の住みかに身を寄せていた。とはいえ、落ちぶれた男の身。そこは、河原の土手に穴を掘り筵《むしろ》をかけただけの、住まいとも言えないものだった。


「まるで、物乞いの住みかであろう?だが、慣れると気楽なものでなぁ。ああ、ちと、芋は冷えておるが、味は確かじゃ」


農家の手伝いをして、貰ったのだという蒸し芋を、髭モジャ男は、橘へ差し出した。


橘は受けとるが、微動だにしない。


「やはり、女房殿の口には、あわぬか……。ん!ど、どうされた!?」


橘は、はらはらと涙を流していた。


「……このように、お気遣い頂いて。これは、あなた様の、明日の食となる物ではないのですか?それを、どうして、私《わたくし》が、頂けましょう」


「いや、構わぬ!それくらい!女房殿が、喜んでくれれば、ワシは、それで、腹一杯じゃ!」


「え?」


驚く橘を前に、髭モジャ男は、ボリボリと頭をかきながら、


「あーその、なんだ。つまり、ワシは、惚れたのじゃ。女房殿に、一目惚れしたのじゃぁぁぁーーーー!!」


と、いきなり叫んだ。


「あ、あ、あの」


「すまん、女房殿が、いかような目にあったのか、聞いておきながら、ワシは、ワシは、己の事しか考えておらぬ。しかも、蒸芋ごときで、気を引こうとして、姑息な男だ。ああ、存分に笑ってくれ。ワシは、それほどの価値しかない男なのじゃ」


「それでは、私《わたくし》も、それほどの価値しかないのですか!あなた様に、惚れられたと言うことは、そういう事になりますでしょう!!」


「あー!違うぞ!そなたは、違う!この世で、最高の女《おなご》じゃ!ワシには、もったいない女《おなご》じゃ!」


「ああ、もう!わからんちんだこと!どちらなのです!私《わたくし》が、欲しいのですか!それとも、欲しくないのですか!」


「欲しいに決まっとるわっっ!!!」


怒鳴り合うように、互いの気持ちを吐き出し、はっと、我に戻った二人……。


垂れる筵《むしろ》の隙間から差し込んでくる月明かりが、二人の姿を照らしている。


そのほのかな明かりでも分かるほど、互いの顔は、赤く染まっていた。


そして、翌朝。


「な、なんと、申した?!」


「守近様、落ち着かれませ。めでたい話では、ござりませんか?」


「い、いや、徳子《なりこ》姫。何故、その様に落ち着いておられるのです?」


「……さあ、何故でしょう?橘《たちばな》が戻ったからかしら?」


守近と徳子の前には、橘と、髭モジャ男が控えていた。


二人の事を報告する為、そして、髭モジャ男を、守近の屋敷で、下男として雇ってもらえないかと、懇願する為に──。


事のあらましを聞かされた守近は、驚きを隠せなかった。しかし、橘がいなくなり、探しても見つからないと聞いた、昨日の徳子の乱れ様を思えば、髭モジャ男の一人や二人、雇うなど容易い話だった。


「まあ、こちらにも何某の責はある訳だし……。しかし、仮にも、元は官吏。本当に下男で構わぬのか?」


はい、と、髭モジャ男と橘が揃って答えた。


「橘?」


徳子が、首を傾げる。


「お方様、申し訳ございません。今日をもって、この橘、お側仕えから、身を引きとうございます」


「橘や、それは……」


徳子の言葉を打ち消すように、


「守近様ーーー!!!」


紗奈《さな》が、叫びながら駆け込んできた。


「牛が、動いてくれませんっ!牛車《くるま》の用意が出来ないようです!お出かけに遅れますぅ」


「よし、任せろ!」


「え?髭モジャ?!なんで??」


「女童子《めどうじ》、案内いたせ」


事情を知らない紗奈は、うーん、と唸りながら、髭モジャ男と駆けていった。


その姿を見送りながら、橘は、徳子に言う。


「お方様。残念ながら、お役目はもう果たせぬのです。何故なら、今日から私は、お方様の女房ではなく、あの方の、女房になるのですから」


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