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わたしは、大きく頭を振りながら立ち上がると、軽く足を開いて背筋をのばし、頭の上で腕を交差させる。
さらに腹部に意識を集中して大きく息を吸い、そして――
「コォォォォォ…………カッ!」
腹部に力を込めて息を吐きながら、交差した腕をゆっくりと腰へと下ろした。そして、わたしはそこから左掌を前に突き出し右拳を引いた。
さて、これを見てどう出る、優人……?
※※ ※※ ※※
「オイオイ! あれってまさか――?」
「息吹……ですね」
スクリーンに映るにかぐやを見て、怪訝そうに眉をしかめる絵梨奈と詩織。
息吹――空手に伝わる独得の呼吸法。腹部にある丹田に気を込める為の逆腹式呼吸。
「栗原は空手もやるんですか?」
右拳を引き左掌を突き出すという空手の構えを取るかぐやを見て、詩織は佳華に問いかけた。
「空手は、佐野が子供の頃からずっとやって来たからな。かくやは昔から佐野にベッタリだったし、見よう見まねで覚えたらしい。まあ、段位こそ取ってないが、それでも初段から二段くらいの腕前はあるはずだ」
「初段から二段ですか……」
詩織は、佳華の言葉を反芻するように呟いた。見よう見まねで、それだけの腕前なら大したものである。
しかし……
「確かに手足の長さやウエイトは、かぐやの方が上だ。そう考えると打撃戦も有りだな」
「確かに一見そう見えますけど……」
「打撃戦はかぐやの方が不利だ」
絵梨奈の言葉を否定する二人。
「なんでよ?」
「忘れたのですか? 男の娘は空手の段位が四段です」
「まして、かぐやの空手は佐野の模倣だ。打撃戦なら佐野に一日の長がある……どういうつもりだ、かぐや?」
※※ ※※ ※※
ホントどういうつもりだ?
少し遠目の間合いで空手の構えを取るかぐやを見て、オレは次の行動を決めあぐねていた。
純粋に打撃戦を誘っているとは考えにくい……いや、オレの知らない所で、打撃の練習でも積んできたのか?
それとも……
いいや、考えていても仕方ない。ここは様子見がてら、誘いに乗ってみるか。
『おーっと! 栗原の構えに応じるように、佐野も空手の構えを取った! しかし、二人とも|拳《こぶし》にサポーターを着けていないぞーっ!』
歓声に紛れて聞こえるジャストミート明菜さんの言う通り。|拳《けん》サポを着けてない以上、自ずと蹴りの打ち合いになるはずだ。
構えを取ったまま、お互い右回りにゆっくりと周りながら徐々に間合いを詰めていく。
「ハァーッ!」
先に動いたのは、リーチの長いかぐや。気合の掛け声と一緒に鋭い下段蹴りが飛んで来る。
オレがその蹴りをバックステップで躱すと、かぐやは更に間合いを詰め、左右のローキックの連打を開始する。
「ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」
「くっ……」
コーナーに追い詰められないよう、円を描くようにして下がって行くオレ。
「へぇー、昔より、キレが良くなったな」
「ふんっ! 余裕かましているヒマはないわよ! ハッ! セイッ! セイッ!」
執拗にローキックを繰り出すかぐや。
なるほど……足を殺して、スピードを奪う気か。
とはいえ、確かに蹴りのキレは以前より良くなっているけど、逆に以前より――
「ガードが甘くなってるんじゃないのかっ!?」
「がはっ!」
かぐやが放つ右のローキックをカットして、すぐさまガラ空きの左脇腹に中段蹴りを叩き込ん――って、なっ!?
拍子抜けするほどのクリーンヒットだった。ガードもスェーもなく、オレの右足は無防備なかぐやの脇腹にメリ込んだはずなのに……
『栗原ーっ! 佐野のミドルキックが脇腹へヒットすると同時に、その足を取ったぁぁーっ!』
「くっ……ふっふっふっ、掴まえた……」
苦痛に顔をしかめながらも、口元に笑みを浮かべるかぐや。
「お、お兄ちゃんの、あの重い蹴りをノーガードで受け止めた?」
「わたくし達など、ガードの上から吹き飛ばされたというのに……」
「しかも、その足をキャッチするって、オイ……」
驚嘆の声がセコンド達から漏れる。てか舞華、人前でお兄ちゃん止めろってば。
イヤ、今はそれどころではない。
「お、おい、かぐや……お前、ワザと蹴りを――」
「うおりゃぁぁぁぁーっ!!」
オレの問いをかき消すような気合いの掛け声一閃。
オレの右足を脇下でシッカリとロックしたまま、巻き込むように倒れ込みながらキリ揉み状に回転。その遠心力と梃子の原理、そして全体重を乗せてオレの膝裏を右腕でカチ上げる。
「ぐっがぁぁああっ!!」
激痛に声を上げながら、オレの身体が宙を舞う。
『でたぁぁーっ! 栗原っ! 起死回生の(*01)ドラゴンスクリュー! 間合い、角度、文句なしのジャストミートだぁぁぁぁーっ!!』
膝を抱えうずくまるオレを、かくやは不敵な笑みで見下ろした。
「さあ、ここからはわたしのターンよ」
(*01)ドラゴンスクリュー
相手の片足を両腕で取り、足首を脇腹に押し付けるようにクラッチする。
そして、その体勢から相手の膝裏をかち上げながら、内側へ錐揉み状態で倒れ込む。