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「───・・・へっ。」
相手から微かに聞こえる困惑の声。そりゃそうだろう。名前を聞いて「無い。」なんて返されたら誰でも気まずくなるに決まってる。
流れる沈黙にしにがみさんは気まずそうに下を俯いていた。ぺいんとさんはただただ俺をまっすぐに見つめるだけだ。
「…まぁでも、何とでも呼べるので好きなように。」
戸籍のない俺に、名前なんてない。そんなことは言えっこない。だから今はこの場を収めるための言葉を言おうと考え、俺から言葉を発する。
「じゃあ、好きなものとかは?」
ふと聞こえた、ぺいんとさんの声。俺はその質問に少し戸惑いながらも、頭の中に思いついた”それ”を口にした。
「・・・───”ノア”。猫を飼ってるんですけど…黒猫のノアが好きですね。あっ、他にも好きな動物はたくさんいますけど…。」
少しどもりながらも俺が答えると相手は手を顎に添えて考えるポーズをし始める。…いや、急に何なんだこの人…。質問されたと思ったら急に考え始めて。
一体何をされるんだろう、と考えているとふと、相手は「あっ!!」と声を上げた。そのせいか俺としにがみさんはひどく驚いたが、相手はお構いなしに満面の笑みでこちらを向き、人差し指を立てた。
「”クロノア”さんとかどうですか?!」
「っへ…?」
ふとされた名前の提案に、俺は驚く。でも驚いていたのはどうやら俺1人だけだったらしく・・・
「えぇ!!めちゃいいじゃないですか!?」
しにがみさんは興奮気味に目をキラキラさせてぺいんとさんの方へと目を向けていた。
そんなぺいんとさんは誇らしげに解説を始めた。
「黒猫のノアが好きだから、黒猫の”クロ”と猫ちゃんのお名前の”ノア”で”クロノア”さん!めちゃ良くないですか?!」
相手の自信満々の顔に、俺───クロノアは少し笑ってしまった。
「───いいね、それ。」
そういうと、相手は採用されたのが嬉しかったのか大喜びをして、少し駄弁ってから俺の家を出ていった。
先ほどの賑やかさが嘘のように家は静かになり、1人の空間はやっぱり寂しいなと感じてしまった。
「…あー、でも、あの人たちも普通の名前じゃないよな。」
ふと思いついた、”あの盗賊団の人たちの名前”。普通ならば、苗字と下の名前があるはずなのに、彼らは漢字も当てはまらない、苗字もない…”名前だけ”の呼び名だ。
…そういえば、彼ら全員の身元も不明だっけか。
「…まさか、だよね。」
頭の中に一つの可能性が思いつくが、その考えはすぐに消した。流石にありえない。ありえなさすぎるよ。
…でも。
「本当だったら、嬉しいなぁ。」
空になった3人分のお皿を眺めながら、俺は片付けを始めた。