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24話 AirWayの弱点
午後のキャンパス。
薄灰パーカーに緑Tシャツの三森りく(24)は、
ベンチに腰掛けながら、
耳にかけていたAirWayをそっと外した。
AirWayはもともと、
MINAMOと一体で使うことを前提に設計された
“耳掛け型”の骨伝導デバイスだ。
MINAMOの柄から自然につながり、
耳に沿わせるように折り曲げて装着する。
見た目はすっきりしていて、
使っていることを意識しなくていい。
その代わり――
構造には無理があった。
耳に触れる部分が、
わずかに歪んでいる。
指でなぞると、
ほんの少し、反応が遅れた。
『……接触が不安定です』
ミナ坊の字幕が控えめに出る。
「やっぱここか……」
AirWayは、
耳に自然に沿う“曲がる構造”の内部に、
多数のセンサーと細い配線を詰め込んでいる。
音を骨に伝えるための振動素子、
姿勢検知、
装着ズレ補正。
そのすべてが、
折り曲げを前提とした一点に集中していた。
便利さと引き換えに、
もっとも負荷がかかり、
断線しやすい場所でもあった。
少し離れたところで、
淡緑トップスに灰スカートの杉野いまり(20)が
自分のAirWayを指で押さえて言う。
「これさ、
落としたわけでもないのに
急に片側だけ聞こえにくくなる時あるよね」
「ある。
たぶん中の配線、
少しずつやられてるんだと思う」
周囲を見渡すと、
同じようにAirWayを外して確認している学生が何人もいた。
誰も大騒ぎはしない。
壊れやすい。
それはもう、
“共有されている前提”だった。
MINAMOのストア画面では、
最近こんな投稿が増えている。
・「AirWay、5〜6か月で片側アウト」
・「音は普通だけど耐久だけ惜しい」
・「耳掛け前提だから仕方ないよね」
それでも使われ続けるのは、
電話も、
テレビ電話も、
音楽も、
“音を出さずに完結する”便利さが
生活に深く染み込んでしまったからだ。
りくの視界端に、
小さなニュース見出しが流れた。
《UMI関係者談
MINAMO次世代モデル、
音声機構の統合を検討中》
いまりが目を細める。
「……これってさ」
「うん。
AirWay、
MINAMOに組み込まれるって噂」
耳にかけるものではなく、
顔にかけるものへ。
折り曲げる前提をなくし、
断線の原因そのものを消す。
“別体だったものが、
ひとつになる”という発想。
ミナ坊が、
あくまで事実だけを表示する。
『現時点で
MINAMO2の正式仕様は未発表です
ただし
音声出力・骨伝導機構の
内部統合案は複数確認されています』
いまりは小さく笑った。
「AirWay、
役目終わっちゃうのかな」
りくは、
歪んだAirWayを見つめながら答える。
「たぶんね。
でもさ、
これがあったから
今の生活が普通になったんだと思う」
周囲では、
MINAMOだけをかけて歩く人、
AirWayを併用する人、
片側だけ外している人。
過渡期特有の、
少しだけ不揃いな光景。
壊れやすいからこそ、
次が生まれる。
AirWayは完成形ではない。
でも確実に、
MINAMO社会を“ここまで”連れてきた存在だった。
りくはそっとケースにしまい、
MINAMOだけをかけ直した。
「……次は、
最初から一体型かもな」
ミナ坊は否定も肯定もせず、
静かに文字を返した。
『変化は
すでに始まっています』
それが、
MINAMO社会の自然な進み方だった。