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 その日も、裏方の前でひゅうがとゆうたが楽しそうにやり取りしている光景があった。
 
 ひゅうがが少し照れくさそうに笑って、ゆうたがその言葉に応えて笑顔を見せると、周囲のメンバーたちは自然にその二人を温かく見守っていた。
 
 
 だが、その場にいた中で、唯一ムスッとした表情を浮かべている人物がいた。やまとだ。
やまとは、何も言わずに黙ってその様子を見ているだけだった。
 
 彼はその場の空気を察していたのだろう、決して誰かに対して不機嫌な態度を取るようなことはしない。
 ただ、時折、ゆうたとひゅうがのやり取りに目を細めて、そして少しだけ不機嫌そうな表情を浮かべる。
 
 その顔は、誰の目にも明らかに浮かない雰囲気を醸し出していた。
 やまとには彼女がいる。
 確かに、彼女とは順調に付き合っているし、周囲もその関係を理解している。
 しかし、ゆうたに対するやまとの思いは、どうも他の人たちとは少し違っていた。
 やまとの心の中で、ゆうたに対する感情は単なる友達以上のものがあった。
 彼自身もその感情に気づきながらも、どう扱っていいのか分からずにいた。
 ゆうたが他の誰かに、特にひゅうがに甘えている姿を見ると、やまとの心はどこかで痛む。
 自分が大切にしている人が、他の人と楽しそうにしているのを見るのは、思っている以上に辛いことだった。
 
 だけど、その感情をどうしていいのか分からずに、やまとの心は日々複雑になっていった。
 
 「どうしたの、やまちゃん?」
 
 ふと、横にいたゆうまが気づいて声をかけると、やまとは一瞬だけ視線を外した。
 
 「何でもない。」
 
 その声には、どこかイライラが滲んでいるようだった。ゆうまはその不自然な反応を見て、少しだけ眉をひそめた。
 
 「なんか、いつもより機嫌悪くない?」
 
 「…気にすんな。」
 
 やまとはまた、少し冷たい声で答えたが、心の中で何かがモヤモヤと渦巻いていた。
 その日の夜、やまとは一人で考えていた。
 
 自分が何をどうしたいのか、どんな気持ちを抱えているのか。
 彼の中で、ゆうたへの思いは明らかに友達としてのものではなくなっていた。
 でも、どうしてその感情をうまく表現できないのか、どう向き合えばいいのかが分からない。
 「ゆうた…」
 
 呟くようにその名前を口に出すと、胸の奥が少し痛んだ。
 やまとは思い切って自分の気持ちを正面から見つめるべきなのか、それとも、このまま今の関係を続けるべきなのか悩んでいた。
 しかし、ひゅうがのように、あそこまで自分の気持ちをストレートに表現できるタイプではない。
 
 むしろ、今の自分の立場を守ることの方が優先されているように感じることが、またもややまとの気持ちを混乱させていた。
 その夜、やまとの心は静かな嵐の中にいるような気分だった。
 
 
 
 しばらくして、やまとはゆうたに電話をかけることを決めた。
 
 
 特に話すことを決めていたわけではなく、ただなんとなく電話をかけたという感覚だった。
 しかし、その瞬間、心の中で何かが引っかかるような気がした。
 何に対して焦っているのか、何が自分を駆り立てているのか、やまと自身にもわからなかった。
 ただ、「今、行動しないと負ける」という不安な感覚が心の奥に強く湧き上がった。
 
 電話をかける手は少し震え、コール音が響くたびに、胸が高鳴った。
 
 しばらくして、やまとの心の中で「出るかな?」と緊張が募る。
 
 その時、ようやくゆうたの声が響いた。
 「はぁい、もしもしー?」
 
 その声は眠たそうで、少しぼんやりしていた。
 やまとの胸が少しだけ温かくなる。
 普段、ゆうたはいつも元気そうに感じるけれど、この声には少し柔らかさが含まれていた。
 どうやら、ゆうたはリラックスした時間を過ごしていたらしい。
 「お、おう、やまとだけど…」
 
 やまとの声が少し震えた。
 自分でも驚くほど、電話をかけるだけで緊張している自分がいた。
 「え?やまとか、どうしたの、こんな時間に?」
 
 ゆうたは眠そうに言ったが、少しだけ声を明るくしてくれた。
 そんな優しさに、やまとの胸がさらに締め付けられるような感覚に襲われた。
 やまとはしばらく黙っていたが、結局、少しだけ息を吐き出しながら言った。
 
 「いや、なんか…ちょっと気になったから。話してみたくなって。」
 
 その言葉を自分でも不思議だと思ったので、すぐに言葉を続けた。
 
 「別に、特に何か話したいことがあるわけじゃないけど…なんか、ただお前の声が聞きたかった。」
 
 自分でも予想していなかった言葉が出てきたことに、やまとの顔が少し赤くなった気がした。
 ゆうたは少し驚いたような静かな沈黙の後、眠そうな声で言った。
 
 「そっか…でも、今ちょっと眠くて…ごめん。」
 
 その一言に、やまとの心は少しだけ痛んだ。
 こんな風にゆうたに迷惑をかけていることに、自己嫌悪が湧いてきた。
 
 しかし、その後に続けられた言葉には、どこか優しさと安心感が含まれていた。
 
 「でも、気にかけてくれてありがとう。」
 
 その言葉で、やまとの胸の中に小さな温かいものが広がった。
 「うん…じゃあ、また今度、ゆっくり話そうな。」
 
 やまとの声は少しだけ落ち着きを取り戻していた。
 少し恥ずかしそうに言葉を続けたが、やまとの心の中では確かにゆうたとの関係を少しでも深めたいという思いが強くなっていた。
 
 「うん、そうだね。」
 
 ゆうたは少し笑ったような声を聞かせ、電話を切る前にもう一度、優しく言った。
 
 「おやすみ、やまと。」
 
 その言葉を最後に、電話は切れた。
 やまとの心はまだ少し不安定だったが、その言葉に背中を押されたような気がした。
 どうしても、自分の気持ちを整理しきれないまま、ひゅうがとゆうたの関係を見守るのが辛い。
 しかし、この電話で、少しだけ自分の気持ちをゆうたに伝えられた気がして、やまとの胸の中に少しだけ安心が広がった。
 
 
 その夜、やまとは静かな部屋の中で、ゆうたとの会話を思い返しながら、眠れぬ夜を過ごした。
 自分の気持ちがどこに向かっているのか、まだ分からない。
 しかし、この電話をきっかけに、少しずつ自分の気持ちと向き合っていかなければならないという思いが、やまとの心の中に強く刻まれていった。
 
 
 電話を切った瞬間、やまとは手元で少し迷いながらも、無意識に彼女のLINEを開いた。
 画面に映る彼女の名前を見つめ、深く息をつく。そのとき、心の中で何かが決まったような気がした。
 
 
 「別れよう。」
 
 
 その一言を打ち込むと、やまとは何も考えずに送信ボタンを押した。
 
 送られたメッセージが画面に表示されると、まるで全てが音を立てて崩れ落ちるような感覚があった。
 
 心の中で何度も迷った言葉だったが、今はそれが正しい選択だと感じていた。
 自分が感じていること、心の中で湧き上がっている思いが、もう彼女と一緒にいることで満たされることはないと、やまとは確信していた。
 
 
 メッセージを送信した瞬間、やまとは少しだけ安堵の息を吐いたが、すぐに心の中に冷たい空気が流れ込んだ。
 彼女との関係を終わらせることで、確かに何かを手に入れられる気がした。
 しかし同時に、それを選ぶことで失うものも多いことを、やまとはよく理解していた。
 彼女との付き合いは、間違いなく楽しい時間もあったし、どこかで自分を支えてくれる存在でもあった。
 しかし、ゆうたに対する自分の気持ちをどうしても抑えきれなくなった。
 ゆうたとひゅうがが近づいていくのを見るたびに、心が痛む。
 それが愛情の形なのか、ただの独占欲なのか、やまとは分からなかった。
 
 でも、今の自分にとっては、この感情に素直になることが一番重要だと思った。
 やまとは、L彼女のLINEを消す前に、もう一度そのメッセージを見つめた。
 送りたい言葉はそれだけだった。
 
 これ以上の説明も言い訳も、今の自分にはいらない。
 無駄に感じた。
 
 彼女との関係に終止符を打つためには、言葉はシンプルでなければならなかった。
 そして、彼女からの返信が届かないうちに、やまとはその子のLINEを消してしまった。
 その瞬間、何か重荷を下ろしたような気がしたと同時に、心のどこかで新たな不安も生まれていた。
 自分の選択が本当に正しかったのか、それを確かめる方法はない。だが、やまとの決意は固まっていた。
 
 「これからどうするんだろう。」
 
 やまとの心の中で、次に進むための道が少しずつ見えてきた。
 
 ゆうたとの関係がどうなるかは分からない。
 ひゅうがと競い合うことになるのか、それとも自分の気持ちがどう整理されるのかも見通せない。
 
 でも、今はただ、ゆうたとの距離を縮めることに全力を尽くすべきだと思った。
 
 
 やまとはもう一度、心を落ち着けて深呼吸した。
 もう一度、電話をかけようかという気持ちも一瞬よぎったが、それは今は必要ないと感じた。
 
 少なくとも、今は自分自身を整理してから、ゆうたに向き合いたかった。自分の気持ちがどうであれ、これから先の自分をどうしていくかが大事だと考えた。
 
 
 その夜、やまとの心は静かな決意で満たされていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 …… ᴛᴏ ʙᴇ ᴄᴏɴᴛɪɴᴜᴇᴅ