テラーノベル
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一瞬とはいえ、私たちは数週間前に付き合っていた。
なのにこんな短期間で別の男と……と思われたんだろうか。
(違うよ、違う……)
胸が苦しくて、否定の言葉が喉まで出かけた。
だけど言えばきっと、私が佐藤くんを好きだとばれてしまう。
「けどさ……正直ほっとしたよ。
広瀬にいい相手が見つかりそうで、嬉しい」
目を細められて、胸の苦しさが増した。
私はぐっとお腹に力を入れて、精一杯の笑顔を向ける。
「……前にも言ったけど、杏のことよろしくね」
佐藤くんが照れたよう笑い、小さく頷いたところで、杏が戻ってきた。
「なにー、なんの話?」
「なんでもないよ、テストの話」
佐藤くんが笑いながらごまかせば、杏は「えーっ」と顔をしかめた。
その姿が微笑ましくもあり、私にとって辛くもあった。
まもなくしてレイも戻り、私たちは席を立つ。
「次どれに乗るー?」
杏に明るく尋ねられたけど、正直なところ、今はうまく笑い返せる自信がなかった。
私はぐるりとあたりを見渡す。
少しでいい。
少しでいいから、杏たちと離れて、気持ちを落ち着ける時間がほしかった。
その時、ふと観覧車が目に留まる。
あれだと思ったと同時に、私はとなりのレイを見上げた。
(……ごめん、レイ。 付き合って)
心の中で謝り、私は前を歩く杏たちに声をかけた。
「あのね、レイがあれに乗りたいって言ってるの」
そう言って観覧車を指させば、レイと杏が同時にこちらを向いた。
「あー……」
弱ったふうに眉を下げる杏は、観覧車が苦手だ。
スピードの出るジェットコースターより、高い場所をゆっくり回るほうが怖いらしい。
「ごめん、私……」
「うん、わかってるよ」
杏の言葉を遮り、私は無理に笑った。
「杏はあれ苦手だし、私だけレイに付き合ってくるね。
ふたりはなにか違うの乗ってて!」
「……わかった、ごめんねー」
私と杏の向いで、レイはじっとこちらを見つめている。
その視線が痛いけど、私は「行こう!」とレイの腕を引き、逃げるように観覧車へ急いだ。
幸い観覧車は空いていた。
「一周20分でーす、空の旅をお楽しみください!」
私たちが座ると同時に、スタッフが笑顔で声をかける。
ドアが閉まると、私はほっとしつつ窓の外を眺めた。
少しずつ見晴らしがよくなり、パンフレットを覗く杏たちが見えた。
(佐藤くん……)
佐藤くんの表情は柔らかくて、杏も楽しそうだ。
それを見て、やっぱり彼は杏が好きなんだと確認した。
私といる時は、笑っていてもどこか困ったようだったし、今思えば無理していたんだろう。
(……よかった)
そう心で呟いたと同時に、やるせない気持ちにもなった。
【広瀬、なにが食べたい?
俺はなんでもいーよ。 広瀬が食べたいもの食べよう】
【広瀬かわいい恰好してるんだし、あんなとこは論外だよ】
佐藤くんとしたデートが頭に浮かぶ。
ふたりでいる時、「広瀬」と呼ばれる度にドキドキした。
映画に行く前に、何度もLINEしたことだって、私にはすごく楽しい思い出だった。
けど……やっぱりそれは私だけだったんだと、情けなくてみじめにもなる。
(……杏と……幸せになってね)
そう思うのは本心だ。
杏は大事な親友だし、幸せになってほしい。
なのに気付けば涙がこぼれていた。
慌てて頬を拭い、ふたりから視線を外せば、レイと目があった。
(あ……)
いつからこちらを見ていたんだろう。
みんなでいた時の柔らかな笑みは消え、レイに表情はない。
気まずさが襲うけど、私はすぐにはっとした。
(そうだった……)
レイにとっては急に二手に分かれ、わけがわからないまま観覧車に付き合わされたことになる。
そりゃそんな顔をされても当然だ。
『……ごめんレイ。
ちょっと観覧車に乗りたくなって。
杏が苦手だから、レイに付き合ってもらったの』
取り繕う私に、彼はなにも答えず、短いため息をついた。
(まさか……高所恐怖症だったのかな)
確認もせず引っ張ってきた手前、そんな不安がよぎる。
とはいえ、見ているとそういうわけでもなさそうで、私はとりあえず安心した。
レイは視線を外し、頬杖をついて窓の下を眺める。
わかっていたけど、本当に杏たちの前とは別人だ。
私までため息をつきそうになるけど、堪えて私も窓の外に目を向けた。
見晴らしはさらによくなり、遊園地全体が見渡せるくらいになった頃、レイが言った。
『そんなふうに泣いたりするくせに、あいつらの仲を取り持ちたいなんて、ミオの考えが理解できない』
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