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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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その夜、一花は仮住まいの洗面台の前に立っていた。
鏡に映る自分の顔を見ながら、処方された薬を指先に取る。
頬から首元にかけて残る火傷痕へ、できるだけ刺激しないよう慎重に塗り広げていった。
まだ赤みの残る部分もあり、指が触れるたび、ぴり、と小さな痛みが走る。
「……っ」
思わず眉を寄せた、その時だった。背後で扉の開く音がする。
「ただいま」
鏡越しに、俊介の姿が映った。
「おかえり」
一花は振り返りかけて、まだ薬を塗っている途中だったことに気づく。
「ごめん、今ちょっと――」
俊介の視線が、一花の頬へ向いた。
しかし傷跡を目にした途端、その目が逃げるように逸らされる。
一花の指が止まる。
「……俊介?」
「え?」
俊介は取り繕うように視線を戻したが、今度は一花の顔をまっすぐ見ることができない。
一花の胸が、ちくりと痛んだ。
「……ごめん」
「何が?」
「見たくないよね」
俊介の顔が強張る。
「違う」
「無理しなくていいよ」
「そういうんじゃない」
否定する声だけが、少し強くなる。
一花は鏡へ視線を戻した。そこには、以前とは違う自分の顔が映っている。
「でも……目、逸らしたから」
「だから違うって」
俊介はそう言ったものの、その先を続けられなかった。傷が嫌だったわけではない。
ただ、その火傷を見るたびに、あの夜の記憶が容赦なく蘇り、胸の奥へ深く突き刺さった。
「じゃあ……どうして?」
一花の声はか細く、頼りなかった。
俊介は答えられない。言えば、その先にある真実まで話さなければならなくなる。
重い沈黙が、狭い洗面所に落ちた。
やがて俊介が、耐えきれないように息を吐く。
「……ちょっと出てくる」
一花が振り返る。
「どこに?」
「少し飲んでくるだけ」
「今から?」
「ああ」
俊介は一花と目を合わせないまま、踵を返した。
「俊介」
呼び止めても、足は止まらない。
「……あんまり、遅くならないでね」
少し間があった。
「分かった」
それだけ返して、俊介は玄関へ向かう。ほどなくして、扉の閉まる音が聞こえた。
一花はその場に立ち尽くしたまま、再び鏡を見る。
頬に残る火傷痕。首元まで続く赤黒い傷。そして、それを見た俊介が目を逸らしたこと。
指先に残っていた薬を、もう一度そっと傷へ伸ばす。
その指は、少しだけ震えていた。
俊介が家を出てから、もう二時間近く経っていた。
時刻はすでに夜も深まりつつある。それでも、俊介から連絡はない。
一花はリビングのソファに座ったまま、何度目か分からないほど時計へ目をやった。
こちらから連絡しようか迷っては、結局スマートフォンを伏せる。
洗面所で逸らされた俊介の目が、何度も頭に浮かんだ。
考えないようにしようとしても、あの反応だけが、いつまでも胸に残っている。
その時、テーブルの上に置いていたスマートフォンが震えた。
一花は反射的に顔を上げる。俊介かと思ったが、画面に表示されていたのは榊の名前だった。
「……はい」
『夜分に悪い。一花さん、今大丈夫?』
いつもの軽い調子より、少しだけ声が低い。
一花は自然と背筋を伸ばした。
「はい。どうかしましたか?」
『ちょっと……見せなきゃいけないものが出てきた』
その言い方に、胸の奥がざわつく。
「見せなきゃいけないもの……?」
『今からリンク送る。開ける?』
「はい」
ほどなくしてメッセージが届いた。
一花がリンクを開くと、SNSの投稿画面が表示される。
事件や男女間のトラブル、スキャンダルなどを面白おかしく取り上げている、いわゆる暴露系のアカウントだった。
そこに並んでいた文字を目にした途端、一花の呼吸が止まる。
《○○区ストーカー放火事件の“被害者妻”、実は人妻デリヘル嬢だった》
コメント
1件
うわあ…第38話、めっちゃ重くて苦しい回だったね…😭💔 洗面所で俊介が一花の火傷痕から目を逸らしたシーン、お互い傷つけ合いたくないのにすれ違っちゃう感じがリアルすぎて辛すぎた…「見たくないよね」って言う一花の声が震えてるの伝わってきたよ… 最後の暴露記事のタイトルで終わるのもエグすぎる…次どうなるのか気になりすぎて発狂しそう!!😫🔥