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「……なに、これ」
投稿には、一枚の画像が添えられていた。
風俗店の在籍ページを模した画像で、そこには一花の顔写真が使われている。
口元には薄くモザイクがかけられていたが、目元も輪郭も隠されていない。
一花本人だと分かるには、それで十分だった。
源氏名らしき名前や年齢、身長、勤務時間まで、もっともらしい情報が並んでいた。
けれど、一花には一つとして身に覚えがない。
「私……こんなところで働いたことなんてありません」
『分かってる』
榊は間髪入れずに答えた。
『画像もかなり怪しい。どこかから顔写真だけ持ってきて合成したか、AIか何かを使って作った可能性もある』
「でも……どうして、こんな……」
『まだ分からない。ただ、この手の暴露系アカウントって、タレコミをもとに投稿してることも多いんだよ』
一花の指先が冷たくなる。
「じゃあ……誰かが、わざと?」
『その可能性はある』
榊の声が低くなる。
『とりあえず、投稿はこっちで全部保存してる。URLも画像も、拡散状況も残す。あとで消されても追えるように』
「……はい」
榊はそこで、迷うように言葉を切った。
『だから……これ以上は、無理して見なくていいから』
「……分かり、ました」
通話を終える。
けれど、一花の指は画面から離れなかった。
見ない方がいい。
そう言われた意味は分かっている。それでも、自分の知らないところで何を言われているのか分からない方が、もっと怖かった。
震える指で、投稿をもう一度開く。
数分前よりも反応の数が増えていた。
引用投稿もコメントも、画面を更新するたび、新しいものが次々と流れてくる。
《放火犯と前から知り合いだったってマジ? 客だった説ある?》
《この子たぶん知ってる。前に接客ついたことあるけど普通に当たりだった》
《旦那の借金返すために風俗やってたって見たけどほんとなん》
《風俗嬢だったんか…なんか一気に同情薄れた》
「……嘘」
思わず声が漏れた。
733
きなこもち
183
#サレ妻
都築七美
1,141
どれも知らない人間だった。
会ったこともないはずなのに、「知っている」「見たことがある」「接客された」と、まるで事実であるかのように書き込んでいる。
一つの嘘に、別の誰かが新しい嘘を重ねる。
どこで働いていたのか。なぜ働いていたのか。水野とはどんな関係だったのか。
画面を更新するたびに、一花の知らない『桜井一花』の過去が、もっともらしく塗り替えられていった。
事件に巻き込まれたことも、夫婦のことも。
何も知らない人たちに好き勝手に切り取られ、値踏みされ、そこへさらに嘘まで重ねられていく。
胸の奥が、じわじわと冷えていった。
もう見たくない。
そう思うのに、指が動かない。
画面の中では今も、一花の知らない一花について、誰かが楽しそうに語り続けていた。
同じ頃――。
牡丹は自宅のソファに腰掛け、スマートフォンの画面を追っていた。
一花についての投稿は、すでにいくつものアカウントへ転載され、憶測や決めつけを巻き込みながら広がっている。
《旦那いるのに風俗って普通にエグくて草》
《これ放火もただの逆恨みじゃなくて男女トラブルだったりして》
《いや風俗で働いてたからって放火されていいわけじゃないだろ》
《↑それはそう。でも最初に思ってた“普通の主婦が突然被害に遭った”感じとは違うよな》
牡丹の指が画面を滑るたび、一花を取り巻く空気が少しずつ変わっていく。
同情は疑いに、疑いは嫌悪に変わり、やがて事件そのものまで「何か事情があったのでは」と語られ始めていた。
誰も真実など知らない。
それでも、一度きっかけを与えてしまえば、人は勝手に理由を探し、足りない部分を都合よく埋めてくれる。
牡丹はスマートフォンを閉じ、テーブルへ置いた。
「今度こそ――」
牡丹の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
「ちゃんと終わらせましょうね、一花さん」
甘い香りが満ちる部屋に、その声だけが、冷たい余韻を残して溶けていった。
コメント
1件
毎回ハラハラしながら読んでいます。特に今回、一花さんが“自分の知らない自分の過去”をネットの嘘で塗り替えられていく感覚と、ラストの牡丹さんの「今度こそ」のセリフ──あの冷たい口調と甘い香りのコントラストが、ぞっとするほど美しかったです。続きが本当に気になります。