テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◆ 23話 YouTube ながら時間
午後の作業スペース。
薄灰のパーカーに緑Tシャツの 三森りく(24)は、
大学の共有ラウンジの長机にノートPCを広げていた。
顔には水色寄りのMINAMO。
耳元には、髪に自然に隠れるように UMI AirWay。
ぱっと見ただけでは、
音楽を聴いているのか、何もしていないのか分からない。
それが、この時代の普通だった。
りくは喉をほとんど動かさずに指示する。
「作業用BGM、いつもの。」
AirWayから、
骨をなぞるような低音のリズムが静かに流れ出す。
周囲に漏れる気配はない。
ミナ坊が視界端に小さく表示を出す。
『YouTube 再生中
ジャンル:ながら作業用BGM
再生方式:音声のみ』
視界には映像は出ない。
音だけが、集中を邪魔しない距離で寄り添っている。
────────────────────
隣の席では、
淡緑トップスに灰スカートの 杉野いまり(20)が
背もたれに軽く寄りかかっていた。
淡い緑フレームのMINAMO。
彼女はタブレットを机に置いているが、
視線は画面ではなく、MINAMO越しに宙を見ている。
YouTubeの解析系・知識講座が再生中だ。
MINAMOが、
映像全体を見せるのではなく、
要点だけを視界の端に抜き出している。
図解は半透明。
字幕は短く整理され、
話の流れは頭の中で自然につながる。
「この人の説明、ほんと分かりやすい。」
いまりが小さく言う。
「動画っていうより、
授業の補助みたいな感じ。」
りくはキーボードを打ちながら頷く。
「今のYouTube、
“見る”より“使う”だよな。」
────────────────────
ラウンジの奥では、
別の学生たちが静かに集まっている。
誰も声は出していない。
だが、同じライブ配信を共有している。
『ライブ配信中:研究室Q&A』
講師役の人物は、
実験台を視界共有で映している。
質問は無声入力。
返答は字幕と、必要な人だけAirWay音声。
ライブ配信は、
もう騒ぐものではない。
静かに、
必要な人の時間に入り込むものになっていた。
「ライブなのに静かだね。」
いまりが言う。
「テレビ電話と同じ流れだよ。」
りくは作業の手を止めずに答える。
「リアルタイムだけど、
邪魔にならない。」
────────────────────
夕方。
りくは作業を終え、
AirWayのBGMを流したまま立ち上がる。
音楽は続いている。
それでも、
周囲の音はきちんと聞こえる。
椅子を引く音。
遠くの話し声。
空調の低い音。
全部が自然に混ざっている。
ミナ坊が控えめに文字を出す。
『YouTubeの利用傾向:
音声中心視聴 62%
要点抽出表示 利用率 増加中』
りくは苦笑する。
「昔みたいに、
画面に張り付く感じじゃないな。」
いまりもMINAMOを外しかけ、
少し考えてから戻した。
「でも消えなかったのがリアルだよね。
ちゃんと生活に残ってる。」
YouTubeは消えなかった。
目を奪う存在から、
時間を支える存在へ。
MINAMO社会では、
動画さえも
“静かに寄り添う道具”になっていた。
AirWay越しに流れる音が、
今日も誰かの集中を支えている。