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Side 大我
「いやー良かったよ、あんまひどくなってなくて。俺こう見えてマジでめちゃくちゃ心配してたんだからな?」
学校帰りの道すがら、樹は思いっきり喋ってくる。
無事に退院できて、念のために1日休んでから登校した今日。
あんまり勉強もできていなかったから樹を図書館に勉強に誘ったら、この勢いだ。よほど寂しかったのか、本当に心配してくれていたんだろう。
「わかった。心配してくれたのはわかった。もう大丈夫だから」
樹はやっと静かになる。
「でも…そんな俺のことを思ってくれてるの、家族以外で初めて」
弾かれたように樹が俺を見た。
「なんか、いっつもずーっと同情されて。『かわいそう』とか『大変だね』とか。『大丈夫?』って訊かれても、この人は“ふつうの心臓”を持ってるって思っちゃうから素直に受け取れなかった」
「そっか」
「…樹はね、そうやって『そっか』で済ましてくれるからいいんだ。『そうだよね』とかじゃなくて。でも辛いときはほんとに心配してくれる。ちょうどぴったりなんだよ」
と言うと、樹は目を細めた。
「俺も一緒。ちょうどよく分かってくれるってことが、一番嬉しい」
俺も嬉しくなって、ふふっと口角を上げた。
図書館は静かで、落ち着いて勉強するにはうってつけだ。
「ここなら大丈夫そうだね」
俺はうなずき、隣同士が空いている席を見つけて座った。
教科書とノートを開き、ペンを握る。さあやろうかとスイッチを頑張って切り替えようとしたけど、隣のこいつのせいでまた戻された。
「あーやりたくねーなぁ。数学、俺マジで嫌い」
声こそ小さいものの、口は動く。
「きょもはよくできるよな…」
「ねえ、樹が誘ったんだからちゃんとやってよ」
ごめん、とつぶやいた。俺は苦笑する。「頑張ろ」
ふと顔を上げて傍らのスマホで時間を確認すると、勉強を始めてから1時間が経っていた。そのとき、また樹が話しかけてくる。
「体育祭っていつだっけ?」
「ああ…忘れた。たぶんもうすぐでしょ」
ハハ、と笑った。「まあ俺らに関係ないもんな」
最近クラスメイトは体育祭の練習をしてるけど、俺らはずっと2人で休んでいる。いや、裏を返せば遊んでる。
「本番、見る?」
俺が訊くと、樹は微笑した。「出れねえから見とくだけ見とこうぜ」
「そうだな」
図書館を出たときには、辺りはもう薄暗くなっていた。
「受験、嫌だよな」
樹が小さくつぶやく。
「運動よりいいじゃん」
「いや、きょもはずっと嫌いって言ってるけどさ、俺は別に嫌になったわけじゃないし。体育祭だって出たかった」
その声に、俺は隣を歩く親友を振り向く。そうだ、樹は俺と違って2回経験したんだ。
「したいけど。…しょうがない」
応援だけでも頑張ろうぜ、と言って樹は軽やかに駆け出した。
「あっおい! ダメだって、樹!」
「大丈夫だよ……無理だ、疲れた!」
息を切らしながら笑い合う2人の男子高校生の足元に、沈みかけた夕日が長い影を作っていた。
続く