Side 樹
窓から見渡す校庭には、続々と生徒たちが集まり始めている。準備に走る体育委員もいる。
そして、室内のベッドで横たわる俺。いや、体調が悪くて寝ているわけじゃない。ただ無意味に転がっているだけだ。
「勉強したら? 田中くん、受験生だよ。忘れてると思うけど」
養護教諭の先生が言ってくる。まるで親みたいだ。
「忘れてないよ。だってみんなが体育祭するのに俺だけ勉強なんて嫌だし」
今日は3年目の体育祭の――はずだった――日だ。今年、俺は観戦に徹する。
先生は、呆れたのか苦笑して手元のパソコンに視線を落とした。
きょもはまだ来ていない。一緒に見ようと言ったけど、調子が良くないんだろうか。
しょうがない、勉強でもしておこう。
俺は起き上がって、机に問題集を広げた。
すると、保健室のドアが開いて顔を見せたのはきょもだった。
「あっ、やっと来た。来ないかと思って」
「ちょっと電車の中で苦しくなってさ、一回駅に下りたんだよ」
大丈夫なの、と先生が聞くときょもはうなずいた。
「もう大丈夫です」
俺の隣の椅子に腰掛けた。
「今準備中? 頑張ってるね」
同じく他人事のように言う彼に、くすりと笑える。それと同時に安心もした。
「ねえ樹ってば、見ないの?」
ふと目を開ければ、きょもが机に肘をついてこっちを見ている。
いつの間にか突っ伏して寝ていたようだ。
「え?」
「もう始まってるよ」
そう言ったとき、外から号砲が聞こえてきた。視線を向けると、選手がグラウンドにつくられたコースを走っている。どうやらリレーのようだ。
「……そうだ」
俺は思いついて声を上げる。「特等席行こうぜ」
特等席、と訊き返される。俺は天井を指さした。
「たぶんここはほかの人も来るからさ、俺らだけの場所で見よう」
きょもはにやりと笑った。
「先生、ちょっと行ってくる」
「気をつけてね。辛くなったらすぐ帰ってくること」
はーいと返事をして、2人で階段を上った。
屋上はがらんとしていて、頭上には秋晴れの空がどこまでも続いている。そして、校庭もよく見渡せる。
「おおっ、確かにめっちゃ見えるね。ちっちゃいけど」
だろ、と笑う。
フェンスに腕をかけて、自分たちのクラスを探す。確か、ハチマキの色は緑だと言っていた。
「俺目悪くて見えねーわ」
隣できょもがぼやいている。
「確かにな……おっ、見てあそこ、かわいい子いる! ポニーテールが揺れてる」
腕を伸ばして指さすと、「お前…」と苦笑する低い声が聞こえた。
しばらくリレーやら綱引きを観戦していたけど、いつの間にかきょもの興味は空へ飛んでいる。
「絵の具で塗ったみたいな空だよね。俺さ、一応美術部なんだよ。知ってる? まあ幽霊同然だけど」
「知らねー。俺バスケ部だったし」
なんて他愛もない会話になる。こいつといれば、なぜか2人だけの世界に入れるんだ。
「…そろそろ戻らない? ちょっと痛いかも」
顧みると、きょもは軽く胸に手を当てていた。
「ん。わかった、行こ」
こうして、俺らの最後の体育祭は終わった。
でも、独りだったら絶対に寂しかった。悔しかった。やるせなかった。
だけど横には相棒がいる。俺らはきっと、これでいいんだ。
「保健室帰ったら勉強な」
「嫌だ」
「受験落ちるぞ」
「嫌だって」
「…ふふっ」
「っは!」
続く
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