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第41話:小春の期末テスト。シロ様の知恵の光
帝都テレビの襲来という嵐が過ぎ去り、限界集落は再び圧倒的な静寂と平穏を取り戻していた。
だが、俺たちの古民家の縁側に、今日は一つだけ「普段と違う」空気が流れていた。
「うぅぅ……わ、わからない……。微分積分、古文の助動詞……頭がパンクしそうです……」
いつもなら「お兄さーん!」と元気いっぱいに自転車で乗り込んでくる隣の女子高生、小春ちゃん。
彼女が今日、縁側のちゃぶ台に突っ伏し、恨めしそうに教科書とノートを睨みつけていた。
そう。高校生にとっての絶対的な試練、『期末テスト』の季節がやってきたのだ。
「まぁ、焦るな小春ちゃん。とりあえず、ほうじ茶でも飲んで一息つけ」
「ありがとうございます、お兄さん……。でも、明日が数学と古典なんです。私、この二つが本当に苦手で……赤点を取ったら、お小遣い減らされちゃいます……」
小春ちゃんは絶望的な表情で、ちゃぶ台の上に広げられた数式の羅列を虚ろな目で見つめている。
俺も元大人の意地として、少しは勉強を教えてやろうと横から教科書を覗き込んだ。
「えーっと……インテグラル……? ゆゆしきかな……? いや、ごめん。ブラック企業でエクセルとクレーム対応のマニュアルしか見てこなかった俺の脳細胞では、全く解読できない」
「お兄さぁぁん……!」
二人して深いため息をつく。
配信のジンバルは回っているが、今日の【日常チャンネル】は、ただひたすらに「女子高生がテスト勉強に苦しむ姿」を映し出すだけの、ある意味で非常にリアルな日常となっていた。
『小春ちゃんがんばれ!』
『微積なんて社会に出たら使わないから安心しろ!(暴論)』
『古文はフィーリングだ。俺はそれで大学落ちた』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”I will hire top tutors from Harvard for Koharu!“(小春のためにハーバードからトップ家庭教師を雇おう!)』
チャット欄では250万人の視聴者たちが小春ちゃんを応援し、スイスの銀行家が相変わらずの財力で物理的な解決を図ろうとしている。
「うぅ、皆さんありがとうございます。でも、自分の力で頑張らないと……! うーん、この公式が……」
小春ちゃんがシャーペンを握り直し、ウンウンと唸り始めた。
だが、疲労と焦りからか、その表情はどんどん険しくなり、目には涙まで浮かんでいる。
その時だった。
『……ミャウ?』
俺の膝の上でキツネ兄弟と「トリプルもふもふ団子」を形成して昼寝をしていたシロが、ふと目を覚ました。
そして、苦しそうに唸る小春ちゃんの姿を見ると、トコトコとちゃぶ台の上へ歩いていった。
「あ、シロちゃん……ごめんね、今ちょっと遊んであげられないの……」
小春ちゃんが申し訳なそうに顔を上げると、シロは教科書の上にお座りをして、小春ちゃんの顔をじっと見つめた。
サファイアとアンバーの神秘的なオッドアイが、小春ちゃんの疲労困憊の脳内をスキャンするように、静かに、そして深く輝く。
『……ミャァ』
シロは短く鳴くと、スッと立ち上がり、右の前足を伸ばした。
そして、その柔らかい純白の肉球を。
小春ちゃんの額に、ポンッ、と優しく当てたのだ。
「え……シロちゃん?」
――ピシュンッ!!
その瞬間。
小春ちゃんの額に触れたシロの肉球から、真珠色の淡い光の波紋が、脳内へと直接流れ込んでいくようなエフェクトが走った。
「っ……!?」
小春ちゃんの体がビクッと跳ね、両目が限界まで見開かれた。
「こ、小春ちゃん!? どうした!?」
俺が慌てて声をかけるが、小春ちゃんは微動だにしない。
ただ、彼女の瞳の奥で、恐ろしい速度で何かが処理されているような、異常な知性の光が瞬き始めていた。
「……あ。……見える」
小春ちゃんが、ぽつりと呟いた。
「見える? 何がだ?」
「……繋がる。バラバラだった公式が、数式の意味が、全部、パズルのピースみたいに綺麗に組み合わさって……脳の奥底に、染み込んでいく……ッ!」
小春ちゃんはシャーペンを握ると、まるで何かに憑かれたように、猛烈な速度でノートに数式を書き込み始めた。
カリカリカリカリカリッ!!
そのペンの動きは、もはや人間の限界を超えていた。迷いゼロ。思考時間ゼロ。
「こ、これは……微分方程式の解法……なるほど、そういうことですか! そして古文! 単語の暗記なんて必要ない! 言葉の成り立ちと文脈の法則性が、脳内で勝手に翻訳されていきます!!」
「お、おい、小春ちゃん!?」
小春ちゃんは、分厚い教科書のページを『パラパラパラッ!』と一瞬でめくり、その視線を走らせただけで全ての内容を完全に暗記していく。
まるで、超高性能なAIがデータをダウンロードしているかのような光景。
シロの肉球から放たれた『神聖な癒やしの波動』が、小春ちゃんの疲労を回復させるだけでなく、脳内のシナプス結合を極限まで活性化させ、一時的な『超天才モード(完全記憶能力)』を強制的に引き出していたのだ。
『なになになになに!?』
『小春ちゃんのペンの動きが速すぎて見えないww』
『目つきが完全にアインシュタインのそれ』
『シロ様、ついに知能(ステータス)のバフまでかけられるようになったのかよ!!』
『肉球タッチで脳内シナプス活性化wwwチートすぎるwww』
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”GOD’S BLESSING OF WISDOM!! SHIRO IS THE GODDESS OF LEARNING!!“(神の知恵の祝福!! シロは学問の女神だ!!)』
チャット欄は、またしてもシロの起こした超常現象に完全なる狂乱状態に陥った。
ものの数分後。
「……終わりました」
小春ちゃんが、フゥーッと静かに息を吐き、シャーペンを置いた。
その顔には、先ほどまでの絶望感は微塵もない。あるのは、世界の真理を全て悟ってしまった賢者のような、圧倒的な自信と静寂だった。
「お兄さん。明日出題される範囲の数学と古典、そして明後日の英語と物理の教科書の内容まで、一言一句違わず全て暗記しました。今の私なら、東大の入試問題でも満点が取れる気がします」
「……」
俺は、数分前まで「微積わかんない」と泣いていた女子高生の異常な変貌を前に、完全に言葉を失っていた。
だが、俺は元限界社畜。
どれだけ目の前で物理・生物法則が崩壊しようとも、この【日常チャンネル】の平穏を保つための「役割」がある。
俺はカメラに向かって、静かに咳払いをした。
「……皆さま、落ち着いてください」
『無理だろwwww』
『主の限界言い訳タイムキターーー!!!』
『さぁ、今回の現実逃避はどうだ!?』
俺は、完璧なフラットボイスで、この圧倒的異常事態に対する論理的アプローチを試みた。
「猫の肉球というのは、非常に心地よい弾力と温度を持っています。それが額という急所に触れることで、小春ちゃんの副交感神経が刺激され、極度のリラックス状態……いわゆる『ゾーン(極限の集中状態)』に入ったのでしょう。ええ、プラシーボ効果と血行促進がもたらした、ただの医学的な現象です」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、賢者の顔から一瞬でいつもの顔に戻り、俺の背中をバンバンと叩いた。
「肉球の血行促進で、教科書1冊を3秒で暗記できる人間がどこにいるんですか!! どう見てもシロちゃんの魔法で脳みそがアップデートされたんでしょうが!!」
『小春ちゃんのキレキレのツッコミ最高ww』
『プラシーボ効果(IQ無限大)』
『主、ついに脳科学にまで喧嘩を売る』
『適応力バグおじさん「ただの血行促進ですね(真顔)」』
俺の苦しすぎる言い訳は、見事に視聴者たちの爆笑の渦へと飲み込まれていった。
「まぁ、これで明日のテストはバッチリだな、小春ちゃん」
「はいっ! シロちゃん、本当にありがとう!」
小春ちゃんがシロを抱きしめて頬擦りすると、シロは『ミャウ(当然ね)』と誇らしげに喉を鳴らした。
『俺もシロ様に額触られたい!!』
『明日大事なプレゼンがあるんだ! 画面越しでいいから肉球を見せてくれ!!』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×2連発)=”Please bless me before my next script reading!“(次の台本読み合わせの前に私を祝福して!)』
世界中から「シロ様の知恵の祝福」を求めるコメントとMeTubeギフトが殺到する中。
俺たちの限界集落でのスローライフは、今日も常識を軽々と飛び越えながら、賑やかに、そしてどこまでも平和に過ぎていくのだった。
コメント
1件
「シロ様、ついに知能バフもかけられるようになったんですね…!笑 小春ちゃんが泣いてたかと思ったら、肉球ポンで一瞬で東大レベルにアップデートされる展開、最高に痛快でした。しかもその後も「ただの血行促進です」って言い張るお兄さんの適応力バグっぷりに吹きました。日常×チート能力のバランスが絶妙で、今回もニヤニヤしながら読めました。シロ様、本当に万能すぎる…!」
ゆうき あきや
3,596
259
#心理描写重視