テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ゆうき あきや
3,596
259
#心理描写重視
第42話:金髪美女、限界集落に迷い込む
小春ちゃんの期末テストが「シロ様の肉球タッチ(強制天才モード)」というチート技によって無事に満点で終わってから、数日が経過した。
北海道十勝の秋は短く、風にはすでに冬の冷たい匂いが混ざり始めている。
しかし、俺たちの古民家の縁側は、シロが常時展開している『適温25度の神聖結界』のおかげで、今日も極上の春の陽だまりに包まれていた。
「ふぅ……平和だ」
俺は半袖のTシャツ姿で縁側に座り、温かいほうじ茶を啜った。
足元では、純白の猫(シロ)と黄金色のキタキツネ兄弟(コン吉とコン次郎)が、見事な『トリプルもふもふ団子』を形成してスヤスヤと眠っている。
ジンバルに固定されたスマートフォンの画面では、今日も250万人の視聴者が、この圧倒的に変化のない日常を眺めては「尊い」「癒やされる」とコメントを垂れ流していた。
東京のブラック企業で、睡眠時間を削ってエクセルとクレーム対応に追われていた日々が、まるで前世の記憶のように遠く感じる。
限界集落でのスローライフは、今日も何事もなく過ぎていく――はずだった。
「お兄さん! 配信回しながら来ましたよー!」
今日も元気いっぱいに自転車でやってきた小春ちゃんが、庭先に自転車を停めた。
「ああ、いらっしゃい。テストも終わったし、今日はのんびり――ん?」
俺の言葉が途切れた。
小春ちゃんの背後、村の一本道(舗装もされていない砂利道)を、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる『人影』があったからだ。
「……誰だ? 佐藤のおじいちゃんじゃないな」
その人物は、明らかにこの限界集落には不釣り合いな出で立ちをしていた。
つばの広い女優帽を深く被り、顔の半分を覆うほどの巨大な黒いサングラス。
口元は分厚いマスクで隠され、高級そうなトレンチコートの襟を立てている。
手には、砂利道に車輪をガタガタと取られながら、巨大なルイ・ヴィトンのキャリーケースを引っ張っていた。
「お兄さん……あんな人、村にいましたっけ?」
小春ちゃんが怪訝そうな顔で首を傾げる。
その不審な人物は、フラフラとした足取りで俺たちの古民家の前まで来ると、ピタリと足を止めた。
そして、庭の隅にある『純金の物置(元・石油王からのキツネ小屋)』を見て、ビクッと肩を震わせた。
帽子とサングラスの隙間から、一筋の金色の髪が風に揺れて覗く。
「……シロ……オー、マイ、シロ……」
乾いた、しかし信じられないほどよく通る美しい声でそう呟くと。
その女性は、キャリーケースを手放し、庭の芝生の上にバタリと倒れ込んでしまったのだ。
「えっ!? ちょっと、大丈夫ですか!?」
小春ちゃんが慌てて駆け寄る。俺も急いで縁側から降りた。
「おい、しっかりしろ! 熱中症か? いや、外は気温10度下回ってるぞ」
俺が女性の肩を揺さぶると、彼女は苦しそうに息を吐きながら、うわ言のように繰り返した。
「ウォーター……プリーズ……」
「水だな! 小春ちゃん、水筒か何か!」
「はいっ!」
呼吸を楽にするため、俺は倒れた女性の帽子を取り、大きなサングラスとマスクを慎重に外した。
その瞬間。
俺と小春ちゃんは、完全に動きを止めた。
帽子とマスクの下から現れたのは、息を呑むほどに美しい、完璧な造形の顔立ちだった。
透き通るような白い肌、長く艶やかなブロンドの髪、そして少し苦しそうに歪められた、宝石のような碧い瞳。
どこかで見たことがある、どころの話ではない。
世界中の誰もが知っている、現代の銀幕の象徴。
ハリウッドのトップに君臨する、超絶美貌の大女優――シャーロット・ヘイズバーグ、その人だったのだ。
「……は?」
俺の口から、間抜けな音が漏れた。
「えっ……お、お兄さん……この人……うそ、えええええええっ!?」
小春ちゃんが、持っていた水筒を取り落としそうになりながら絶叫した。
俺たちがフリーズしている間にも、小春ちゃんの持っているスマートフォン(配信中)のカメラは、倒れている金髪美女の顔をバッチリと世界中に配信してしまっていた。
チャット欄が、数秒の静寂の後、爆発を起こしたかのように弾け飛んだ。
『!?!?!?!?!?』
『嘘だろおい』
『シャーロット!? 本物のシャーロットじゃねえか!!』
『なんでハリウッドのトップスターが北海道のド田舎に倒れてんだよwww』
『ドッキリか!? CGか!?』
『いや、この美しさは本物だ……信じられない……!』
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”WHAT THE HELL!? CHARLOTTE IS THERE!? SHE BEAT ME TO IT!!“(なんてこった!? シャーロットがそこにいるのか!? 私より先に行きやがって!!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”A Hollywood star has strayed into the sanctuary! Protect her!“(ハリウッドスターが聖域に迷い込んだぞ! 彼女を保護しろ!)』
「お、お兄さん!! チャット欄がヤバいです! 石油王さんがキレてます!! そしてこの人、本物のシャーロットさんです!!」
小春ちゃんがパニックになりながら俺の袖を引く。
俺は、大きく一つ深呼吸をした。
――落ち着け。
相手が誰であろうと、ここは俺の家であり、俺の日常だ。
コールセンター時代、相手が会社の社長だろうがヤクザだろうが、クレーマーはクレーマーとしてフラットに処理してきた。
俺は、完璧な「接客モード」へと精神を切り替えた。
「……皆さま、落ち着いてください」
俺はカメラに向かって、感情を完全に殺したフラットボイスで語りかけた。
『落ち着けるかああああああ!!!』
『ハリウッド女優が庭に落ちてて落ち着ける人間がいるかww』
『主の平常心が今日も異常すぎる』
「おそらく、そっくりさんでしょう。北海道には時折、ハリウッドスターに似た外国人観光客が道に迷うことがあります。ええ、田舎ではよくあるインバウンドのトラブルです」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、俺の背中をバンバン叩いて全力でツッコミを入れた。
「こんな完璧なそっくりさんがいるわけないでしょ! さっき『オーマイシロ』って言ってましたよ! 絶対に配信見てるシャーロットさん本人ですよ!!」
『小春ちゃんのツッコミが世界を救うww』
『主、ついにハリウッドスターの存在すら現実逃避し始める』
『インバウンドのトラブル(トップスターの行き倒れ)』
『限界集落おじさん、ハリウッド女優にも塩対応』
俺の苦し紛れの言い訳は、250万人の視聴者によって秒で粉砕された。
『……ミャウ?』
騒ぎを聞きつけて、縁側からシロがトコトコと歩いてきた。その後ろをキツネ兄弟がちょこちょことついてくる。
シロが倒れているシャーロットの顔を覗き込むと、彼女は薄く目を開け、シロの姿を捉えた。
「あぁ……シロ……私の、天使……」
シャーロットは震える手を伸ばし、シロの純白の毛並みにそっと触れた。
その瞬間。
シロの体から放たれているマイナスイオンと神聖な癒やしのオーラが、長時間のフライトと長旅で疲労困憊だったハリウッド女優の体を、優しく包み込んだ。
「……はぁっ……」
シャーロットの顔から疲労の色がスゥッと消え去り、恍惚とした表情が浮かぶ。
「……あぁ、なんて……なんて素晴らしいの。画面越しで見ていた何千倍も、温かくて、魂が浄化されていく……」
ハリウッドのトップスターが、北海道の限界集落の土の上に寝転がったまま、一匹の猫を撫でて幸せそうに涙を流している。
カオス。
圧倒的カオスである。
俺は額に手を当て、深いため息をついた。
「……とりあえず、水だ。小春ちゃん、水筒貸してくれ。それから、家の中に運ぼう」
「は、はいっ!」
俺はシャーロットの背中を支え、ゆっくりと上半身を起こさせた。
「……サンキュー。……あなたは、主さんね。いつも配信、見てるわ」
シャーロットは水を一口飲むと、俺に向かって、世界中の男を虜にしてきた極上の笑顔(ただしすっぴんで土まみれ)を向けた。
「……ええ。いつも高額MeTubeギフト、ありがとうございます。ですが、アポなしでのご訪問はお断りしていると申し上げたはずですが」
俺の、一切容赦のない『コールセンター式塩対応』。
それに、シャーロットは目を丸くして驚いた後。
「あははははっ! 最高! あなた、本当に配信のままのブレない人なのね!」
ハリウッド女優らしからぬ、大口を開けた豪快な笑い声を上げた。
『主、ハリウッドスターに説教してて草』
『ブレなさすぎだろwww』
『シャーロット様が嬉しそうww』
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”DAMN IT! MASTER IS TREATING HER NORMALLY! I’M JEALOUS!“(くそっ! 主が彼女を普通に扱っている! 嫉妬するぞ!)』
こうして。
俺たちの静かなスローライフに、世界で最も有名で、最も美しい『お忍びの厄介な客人』が転がり込んでくることになったのだ。
果たして、限界集落の古民家にハリウッドスターを匿うという前代未聞のミッションを、俺の適応力(現実逃避)は乗り切ることができるのだろうか。
コメント
1件
うわー、今回も最高でした…!ハリウッド女優がまさかの限界集落に迷い込むって展開、笑ったけど妙に納得しちゃった(笑)シロのオーラに吸い寄せられるように倒れるシャーロット、もう完全にシロ教の信者じゃん…。主人公の塩対応がブレなくて、コールセンター魂かっこよすぎて好き。世界一有名な女優が土の上で猫に癒されて泣いてる光景、カオスだけどなぜか温かくて、続きが気になりすぎます🥀