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「……こっちに来て」
何なのだろう。
ものすごく甘い声――
こんなにもイケメンの本宮さんから発せられるあまりにも魅力的な声……
こんな声で呼ばれたら、腰から砕けそうになる。
かろうじてその場に立っている私を見かねて、
「だから何も気にするなって言ってるだろ」
そう言って立ち上がり、本宮さんは私の方に自分から向かってきた。
待って、来ないで――
数秒後、その思いはもろくも崩れさり、私のあごは指で優しく押し上げられた。
このシチュエーションは……
もしかして、可愛い女の子がかっこいい男子にされるもの――
漫画やドラマで見たことがある。
でも、だったら私なんかじゃダメだ。
恥ずかしくて泣きそうになる。
仕方なく本宮さんに向き合うことになり、私はそのあまりの美しさに言葉を失った。
この世の中にここまで綺麗な顔の人がいるだろうか?
胸の高鳴りが激しくなり、思わずスーッと瞳の奥に吸い込まれそうになる。
「恭香、可愛い……よ」
「……えっ」
本宮さんの言葉に心を捕まれる。
まるで映画の中のセリフのようで……
イケメン過ぎる顔が、ゆっくりと至近距離まで近づく。
わけがわからなくなり、このままキスしてもいいかなんて、一瞬、本気で思ってしまった。
その時、なぜか、一弥先輩の笑顔が浮かんだ。
ハッとして、私は本宮さんから離れた。
こんなにも自分が自分でいられなくなったことは今までなかった。
離れてもまだ大きく揺れ動く気持ちに動揺が隠せない。
「わ、私、か、可愛くなんてないですから! からかわないでください!」
後ずさりしながら、私はまた下を向いた。
「自分に自信が無いっていう気持ちはわかる。俺も、まだまだ全然自信が無いから。でも、恭香には、もっと自信を持ってほしい。目の前でお前の素顔を見てる俺が言うんだ。だから間違いない。恭香は……」
数秒の沈黙――
その静寂の中で聞こえたのは、本宮さんが息を飲む音だけだった。
「嘘じゃない、本当に可愛いよ」
「……本宮さん……どうして? そんなこと言われたら……勘違いしてしまいます」
「……」
「……」
2人とも言葉が出てこなくなった。
私達は、どこか2人だけの世界に迷い込んでしまったのか?
「の、喉乾いてるだろ。恭香も何か飲んだらいい」
本宮さんは、完全に話を逸らし、場の雰囲気を変えた。
そして、元の場所にさっさと座り、顔を合わそうとせず、ビールの缶を口に当てた。
いったい何だったのか?
さっきまでの夢のような時間は、一切何も無かったかのようにパッと消えてしまった。
確かにあのまま迷宮にいたら、私はどうなっていたかわからない。
本宮さんの思いを聞くのも怖い。
だから、これで良かったんだ……と、思った。
本宮さんは、そこにいるだけでかっこ良い。
強引で怖いだけの人だと思っていたけれど……
本当は優しい一面も持ち合わせている人なのかも知れない。
もちろん、私を可愛いなんて本気で思ってはいないだろうけれど、なるべく傷つけないように言葉を選んでくれていた。
この人の全てを理解するには、まだまだ時間がかかるだろう。いや、本当に理解できる時が来るのだろうか?
今日はかなり疲れたし、もう休もう……
「すみません、先に休みます。おやすみなさい」
「……ああ、おやすみ。俺はもう少しここにいる」
「はい。ゆっくりしててください」
私は、リビングを出て、自分の部屋に戻った。
ようやく1人になれたというのに、なぜか落ち着かない。
とにかく布団にもぐって目を閉じた。
すると、今度は一弥先輩ではなく、本宮さんの顔が浮かんだ。
状況が状況なのだから仕方がない。
今は、こんな近くに……
本宮さんがいるのだから。
だけれど、私が好きなのは一弥先輩。
さっきも一弥先輩が浮かび、本宮さんとのキスが回避された。
もし思い浮かばなかったら、もしかして私は……
正直、今となってはわからない。
とにかく、何もなかったのだから良かったんだ。
良かったはず……
なのに、このキュッと胸が締め付けられるような感覚はいったい何なんだろう?
モヤモヤ、ムズムズ、気持ちがぐちゃぐちゃで、わからないことがあまりに多過ぎて、自分が情けなくなる。
考えても考えても、答えが見つからないまま、私はいつの間にか深い眠りについていた。