朝になり、お互いそれぞれの部屋の目覚ましで起きた。
本宮さん、寝起きはいいらしい。
洗面所やトイレは被らないように順番に使った。
食事は、食パンと紅茶とヨーグルト。
本宮さんは、パンを焼いたりして手伝ってくれた。
とても手際が良くて、その姿に密かにキュンとなった。
「これから食事は一緒に作ろう」
「え? 作れるんですか?」
「簡単なものなら」
「すごいですね。じゃあ、今夜はどうしますか?」
「帰りにマンション近くのスーパーに寄って、買い物しながら決めればいい」
仕事終わりに買い物して、一緒に料理して……やってることは本当の夫婦みたいだ。
実際は全く違うけれど。
「……そうですね。その時に食べたいものを選ぶの、すごくいいですね。簡単に作れるものを一緒に作れたら嬉しいです。恥ずかしいですけど、料理はまだまだ勉強中なので、本宮さんに教えてもらいたいです」
「一緒に作ればすぐに覚えられる。それから……」
「えっ?」
「いい加減二人の時は朋也って呼んでくれない? わざと苗字で呼んでないか?」
食事をテーブルに並べながら、本宮さんが言った。
「……あっ、いえ……わざとっていうわけじゃなくて……」
「何度言えばいい? 恭香は俺の言ってることがわからない?」
石川さんなら、この100倍はネチネチお説教されるに違いない。
「……わ、わかりました。すみません、と、朋也さん」
良かった……
意外と違和感なく朋也さんと呼べた自分に驚いた。
もう諦めがついた気がする。
「やっとだな。これからは必ずそう呼ぶこと」
「はい、そうします」
私は苦笑いしながら返事をした。
そこまで呼び捨てにこだわる必要はないと思うけれど、この人は意外とフレンドリーなのかも知れない。
本当に、強引なんだから……
一緒に朝ごはんを食べ、片付けをして、出かける用意をする。これから毎日こんな感じなんだと思うとすごく不思議だ。
まだまだ私達の関係性はハッキリしないけれど、でも、何だかとても新鮮で……
生まれて初めての体験に、ほんの少し心が踊っている。まさかここまでの気持ちになれるとは思ってもみなかった。
最初に同居を頼まれた時からすれば、かなりの進歩。私の心境もずいぶん変わった。
「さあ行くぞ、恭香。もう出れる?」
「はい、朋也さん。行きましょう」
自然な流れで名前を呼べている。
一緒に部屋を出て、エレベーターで下に降りた。
いつものスーパーの横を通り、駅に着いた。
電車の中は当たり前のように混雑している。
「毎日こんな感じですよ。朝からめちゃくちゃ混んでますし、通勤大丈夫ですか?」
「電車は大丈夫だって言っただろ。平気だから俺のことは心配しなくていい。自分のことだけ心配してればいいんだ」
「……はい。ありがとうございます」
私は、また……朋也さんに守られながら、しばらく電車に揺られた。
いつもなら、知らない人とくっついて、それが当たり前になっていて、特に何とも思っていなかった。
だけれど、こうしていると、これからも毎日朋也さんがいてくれたら安心だな……と、バカことを考えてしまった。
会社のある駅に到着し、はぐれないように朋也さんが背中に手を当て支えてくれた。
改札を出て、そこからは、お互い離れて歩く。
まだ一緒に住んでいることは誰にも内緒――
特に、一弥先輩には知られたくなかった。
なせだかは……わからないけれど。
ミーティングルームに入ってすぐに、石川さんが私に言った。
「森咲さん。今日、今の企画の企業さんと会食だから付き合って。時間は夜7時、いいね。忘れないようにしてくれ」
「えっ、今日ですか? 突然……なんですね」
「何か予定でもあるのか? 仕事より大切な予定なんてないだろ。今日はこちらを優先してくれ」
かなり強引なことを言われ、石川さんにはムッとしてしまう。
たまにある接待には、なぜか結構な確率で私が呼ばれる。
急なこともあって、戸惑うことも多い。
私なんかより、菜々子先輩や夏希、梨花ちゃんの方が絶対に良いと思うのに……
「僕も同席しましょうか?」
私の後ろから声がした。
「も、本宮君!」
石川さんが、驚いたような顔をした。
「相手企業の方、俺もよく知ってるんです。一緒に話を聞かせてもらえたら勉強になるのでありがたいです」
「あ、そうなんだね。そっか……。ただね~、今日は女性の方が来られるから、こちらも森咲さんでお願いしたいんだ。あまり人数が多いと向こうも恐縮してしまうだろうし」
明らかにイヤな顔をしているのがわかる。
朋也さんを避けているのだろうか?
「石川さん、私、行きます。大丈夫です、本宮さん。私が行きますから」
あまりごねると、石川さんの機嫌をそこねる。
愚痴を聞かされるより接待に行くほうがマシだ。
「そうしてくれたら助かるよ。じゃあ、6時に会社を出よう」
「……はい。わかりました」
今夜の買い物……
行けなくなってしまった。