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🍽 みりん亭 第3話「予約席・0000番」
「おかしいな……この席、誰が予約入れたんだ……?」
みりん亭の奥。鳥の姿をしたやまひろは、小さな羽でコードログをパタパタとめくっていた。
その丸い体は光の粒で構成されており、ふわふわと空中を漂っている。
普段は無音でログを管理しているが、今日は珍しく目を細めていた。
予約ID:0000
登録時刻:3日前・午前03:11
ユーザー名:未登録
「……誰も来ないだろうな」
暖簾が揺れる音がして、くもいさんが顔を上げた。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのは、スーツにネクタイ姿のアバターだった。
グレー系のスーツに、首元に小さなピンバッジ。
髪はきっちりと撫でつけられ、黒縁眼鏡の奥には無表情な瞳があった。
口元だけがほんの少しゆるみ、優しいような、寂しいような雰囲気をまとっている。
「予約していた者です。“0000番”で」
くもいさんは一瞬だけ目を見開いたが、いつものように微笑んで頭を下げる。
「はい。ご案内いたします」
カウンターの端に座る男。
周囲を見回して、「……変わってないな」と一言。
「“昔の味”は、ありますか?」と、くもいさんに尋ねる。
「“そのまま”という料理名ですが、よろしいでしょうか?」
「それでいい。……いや、それがいい。」
くもいさんが調理に入ると、やまひろは厨房の上の棚にとまった。
光る羽毛の鳥は、男の顔を見て、ログを検索するようにまばたきする。
シェルデータ照合:不一致
類似ユーザー記録:10年前、開発テストアカウント「Y_H_0000」
状態:削除済/関連ログ:一部残存
コメント:
// あの時、”やりたかったこと”は、これだったかもな
「“そのまま”、お待たせいたしました」
料理が出された瞬間、男の眼鏡の奥がかすかに揺れる。
それは透明なスープと、少しだけ浮かぶ刻みネギだけの一皿。
何の味もしない――でも、それがいい。
「……君は、まだここにいたんだな」
誰に言ったのか、くもいさんにも、やまひろにも届かなかったその言葉。
彼は一度だけスープを口にし、何も言わず、立ち上がる。
そして、暖簾をくぐる寸前、くもいさんの方を振り返り、ひとこと。
「ありがとう。たぶん、もう来ないよ」
その日、カウンターには誰の残り香もなかった。
でもやまひろは、そっと記録ファイルを1つだけ保存した。
ファイル名:0000_reserved_last
メモ:ここから始めたこと、たぶん、間違ってなかった