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家に帰りたくなくて、俺は「あー、結婚式帰りなんだろうな」って思われるであろうスーツのまま自宅と反対方向の電車に乗った。吊り革に捕まって立っていると少し離れたところにいた女性達がちらちらとこちらを見てきた。おそらく、目が腫れているんだろう。そりゃそうだろ、失恋したんだから。俺は新宿三丁目駅で降りて自販機でペットボトルの水を買った。するとポケットに入れていたスマホが震える。飲料を購入するごとにスタンプが溜まるアプリが勝手に起動していたのかと思い画面を確認するとそこには深澤からの不在着信が大量に溜まっていた。それにメッセージも。『照、大丈夫?』『なんか買っていこうか?』『照寝ちゃってる?』『無事だよって連絡ほしい』と。先程まで収まっていたはずの感情の水位が再び上がっていくのを感じて、俺はなん返信もせず、それどころか既読もつけないままにポケットにしまいこんだ。 駅の改札を出ると心地よい夜風が俺の荒れた心を包みこんだ。いつもの、慣れ親しんだ方向へと足は進んでいく。やがて同士ばかりになってきて、そこでやっと呼吸がうまくできたような気がした。
いつもの店に足を踏み入れると「あらやだ」と声がして、それを合図にしたように常連たちが一斉に騒ぎ始めた。まぁ想定内だ。こんな格好で目を腫らして慣れ親しんだゲイバーなんかに行けば、誰だってこうなるだろう。とにかく聞いてほしかった。永遠に隠していた俺の想いと、約十五年間の痛みを。
◇
視界がぼやけている。いや、なんか歪んでるような気もするな。いくら傾けてもグラスからは一滴も酒が落ちてこない。あれ? さっき注文したばっかじゃね? まぁいいや。
岩「ママ、緑茶ハイおかわり」
そう言う俺の声は掠れていて、誰がどう見ても見苦しい姿なんだろうなーと思った。俺の注文を聞かず、ママはグラスを取り上げて透明な液体を差し出してきた。口に含むと驚くほど何の味もしない。水じゃんこれ。
スマホを入れている反対側のポケットから煙草を取り出す。あれ、なんか潰れてる。あぁ、しゃがんだときか。咥えたままぼんやりとしているとママが火をつけてくれた。次第に視界が滲んでいく。やがて口内が苦みで満たされて、悲しみが少しだけ麻痺したような気がした。
カウンターに伏せておいていたスマホが再び連続で震えだす。画面を見なくてもわかる。ふっかだろ。おそらく二次会が終わって、まだ俺から既読すらつかないもんだから優しいアイツは俺なんかの心配をしているわけだ。右隣に座っていた常連が頬杖をつきながら「でなくていいの?」と言う。俺は何が正しいのか、いや、俺がどうしたいのかもわからなくなって、何も言わずに煙だけを吐き出した。
カランとドアにくくりつけられたベルが軽快な音を鳴らす。そして俺の身体を影で優しく包み込む。やっと来たね。少し顔を左に向けて目をつむると唇に柔らかな感触がした。そうして髪を撫でられながらゆっくりと目を開ける。そこには、俺を迎えに来てくれた王子みたいな奴がいる。
「おまたせ」
岩「待たせんなよ……」
向かい合って抱き寄せた男の服からは、なんだか高そうな、甘くて重たい香りがした。
二日酔いと事後のおかげで気だるい身体をゆっくりと起こしてから周囲を見回すものの、彼は既にいなくなっていた。ベッドサイドのテーブルには「料金は支払ってあるから、テルはゆっくりしてね。チェックアウトは10:30だよ」と綺麗な字でメモに書かれていた。昨夜脱ぎ散らかした俺の服はソファの上にしっかりと畳まれていて、荷物もひとまとめにしてくれている。いつも安いラブホでいいのに、彼はなぜか俺にとっては高級なホテルの眺めの良い部屋ばかりを取る。そんな頻繁に身体を重ねてるわけではないとしても、こんなどうでもいい俺なんかとのセックスにどうしていつも金をかけるのか。
裸のままシャワールームまで歩いていき、熱い水を被ると未だ残っていた酒が排水とともに流されていくような気分がした。
適当に身体を拭いて髪にタオルをかけながらベッドへ戻る。充電なんてしてなかったであろうスマホの電池残量は百パーセントになっていて、なぜこんなに彼が俺に尽くしてくれているのか。いつものことだというのに、途端にわからなくなった。
俺はようやく深澤とのトークルームを開き、既読をつけた。きていたメッセージの件数は二十一件で、最後のメッセージが夜中の一時。『心配だよ』と残されていた。さて、なんと返信しようか。まぁ体調が悪かったのは事実だし、嘘を付く必要もないんだけど。とりあえずせっかくの結婚式なのに抜け出してしまったことを謝るべきだろうか。それとも『無事だよ』と伝えるのが先か? あー、頭痛くなってきた。一度画面を伏せて俺は深呼吸をした。昔からの、落ち着きたいときにする癖。
最後まで息を吐ききって、そして頭に浮かんだ言葉はあまりにもバカげていて、子どものように空気を読まないものだった。でも、それでいいか。俺はトークルームに文字を打ち込む。そして、何のためらいもなく送信した。結婚式の後なんて奥さんといるのが普通だろうけど。
『ちょっと海行こうよ』
適当にボトムスに足を通して白シャツを羽織って、俺はバルコニーへ出た。世界を照らす朝日が肌を温める。清々しいくらい晴れ渡った空は、誰の心模様だろうか。
◇
一度家に帰る途中で花屋さんに寄った。店先に並んでいた向日葵が、俺を見ていたような気がしたから。まぁそんなの勘違いだろうけど。スーツから適当な私服に着替えて、再び家を出る。なんとなく黒い服でまとめたのは、ウェディングドレスへの嫉妬かな、なんて笑。
ハンドルを握って深澤と約束した海まで向かっていく。俺が深澤の家まで迎えに行ってもよかったけど、それは奥さんが嫌かなって。表面上は男でも、旦那のこと好きなやつと二人きりでドライブなんて行ってほしくないと思うし。てか、俺だったら許せないし。
車内に流れるビージーエムは最近流行りの九人組のアイドルグループの曲だとか。男だし若くないし、俺なんかは彼女もいないから全然わからないけど。この間国立競技場でライブしたとかニュースでやってたな。
そんなことをぼんやりと思っていると、ナビが目的地に到着したことを告げた。空いていた駐車場に車を止めて、助手席に座らせていた花束を手に俺は約束の海へと向かった。まぁ、いるのかわからないけど。
あのメッセージを送って数時間後に既読は着いたものの、返信は今もなお来ていない。流石に結婚式の翌日は疲れているし家でゆっくりしたいだろう。もしかしたら新婚旅行に行ってるかもしれないし。そしたら一人で観光して帰るつもりだ。
地下通路を通って浜辺へと歩いていく。途中で路上シンガーが歌っているラブソングが耳に入り込んできて俺は向日葵に苦く微笑んだ。俺も普通がよかったな。普通に恋して、普通に交際して、普通に結婚して。
潮風に当てられながら砂浜を歩く。砂に足を取られ、靴が脱げそうになって、靴の中に侵入されながらも歩いていく。どんなことが起きたって俺は足を止めない。だって、だってそこに、
岩「……ふっか」
俺のものじゃないのに、それでもそこに、いつもあなたがいるから。
コメント
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読了と共に、 『黄色』、聴いてきました✨️ 💜の悪気なく結果的に💛を傷つけてしまっている感じ…。 めちゃくちゃぴったりでした! 個人的なfkiwの見解として、同性愛者💛とストレートの💜で全く一緒で、! これはリピ確定です! 素敵な作品ありがとうございます!