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ギルドの外。
地面に叩きつけられたユリ様が、
剣を支えにふらつきながら立ち上がった。
──そして、私とユリ様の視界に、同時に飛び込んできたものがある。
どう見ても不自然にふかふかしている、
丸く盛られた大量の土と枯れ葉。
そして、そのど真ん中に堂々と突き刺さっている一枚の看板だ。
【落とし穴 ここだよ☆(byエスト)】
看板の横では、ニコドヤ顔でピースする小娘(魔王)。
小娘を止められなかったためか、私に土下座をする辰夫。
よく分かっていないが、笑顔で私に手を振る辰美。
「…………」
「…………」
私とユリ様の時間が、止まった。
「……おい。嘘でしょ」
私は頭を抱えた。
「落とし穴の場所教えるとか……
ここはなんて優しい世界なんだよ……?
小娘ぇぇぇぇぇえええええい!!!!!」
「え? だって分かりやすい方がいいかなって!」
エスト様が首を傾げる。
「バカか!!!
バカだバカだとは思ってたけどどこまでバカなんだよこのバカは! バーカ!!!」
「バカにバカって言っちゃダメなんだよ!」
エスト様がぷんすかと逆ギレした。
「今の発言的にはバカの自覚が……」
「あはははははは」
辰夫が呟き、辰美が笑い転げる。
一方、ユリ様はしばらく黙って看板(と不自然な枯れ葉の山)を見つめていた。
「……ここに”落とし穴”……確かにそう書いてある……!」
やがて小さく頷き、
不自然な枯れ葉の山へ一歩、踏み出す。
「落ちて! 落ちてお願い! お願いだから!」
私は初めて神に祈った。
「──我が正義はそんな罠になd」
ズボォッ!!! ガラガラガラ!!!
「うわあああああああああああああッ!!?」
「なんで落ちたんだよぉおおおおおおッ!!?」
私とユリ様は同時に叫んだ。
看板をしっかり読み、
確認した上で直進して、
完璧な角度で落ちていくユリ様。
「……逆に凄いわ……えっと……ありがとう?」
私はもう言葉を失って、穴の縁まで歩きながら言った。
「ちゃんと落ちたね!」
エスト様が嬉しそうに言う。
「まさか……落ちるとは……」
辰夫が目を見開き、驚愕している。
「私! 凄いもの見た!」
辰美が嬉しそうに手を叩いた。
ヒラリ、と看板が風に舞い、穴の中に吸い込まれていく。
……ガンッ!
「ふにゃ!」
穴の奥から変な声が聞こえたが、無視した。
「……ねぇ、エスト様?」
「えへへ! お礼ならいいよー!」
「あとで話がある」
私は目が笑っていない笑顔で言った。
「ひぃ!?」
*
私は拳を腰に当てて、穴を見下ろした。
「……ねぇ、ユリ様……って深っ!?……この穴深っ!!」
「50メートルはあるよ!」
「落とし穴レベルマックス!?」
「ちょっとだけ……”竜の本気”、お見せしました」
辰夫がドヤ顔で言った。
うん、と辰美が頷く。
「ドラゴン組すげーな!
……って、待って。
そういえばさっきから外がやけに騒がしいと思ってたんだけど……」
私はようやく、周囲の異変に気がついた。
街中に非常ベル──鍋を打ち鳴らす音──が響き渡り、
避難誘導用のゴーレムたちがガシャガシャと走り回っている。
『こちらオーミヤ警備隊です。
黒と赤の巨大ドラゴンが出ました!
みなさま、てんでバラバラに避難してください!』
「子どもを連れて! あ、連れてねぇえええ!?」
「誰かそのベビーカーを止めてええええ!!」
オーミヤの平穏は、完全に消し飛んでいた。
そりゃそうだ。
街のど真ん中でドラゴンが二匹、本気で穴を掘ったのだから。
「な……なんか街がパニックになってるけど……
ま、まぁいいわ。
ユリ様を倒した……ってことにして、結果オーライよ」
私は無理やり納得し、再び穴を覗き込んだ。
「おーい! ユリ様ぁ? 聞こえてるー?」
穴に落ちた時点で、”対等”じゃないのよ。
ユリ様の沈黙を楽しみながら、私は底へ向かって言い放つ。
「まさか、”正義”の看板掲げて、
看板に書かれた”落とし穴”に落ちるとはね?
目も脳も足も全部ポンコツかよ。
騎士様ごっこもそこまでくると哀れだわ」
一拍置いて、えぐるように続ける。
「今どんな顔してんの?
くやしさ? 情けなさ?
“正義”の仮面が泥だらけになった気分は?
もうここからは”戦闘”じゃないの。”後処理”よ。
この穴と一緒に、あんたの尊厳ごと埋めてやるわ。
ばーかばーかばーか。
……ふう。ばーかばーかばーか」
「お姉ちゃんのスキル【超粘着】出た!」
エスト様が嬉しそうに言った。
「相変わらずのしつこさ……」
辰夫が遠い目をする。
「容赦無いサクラさん好きー」
辰美が笑っている。
──その言葉に、ユリ様は震えた。
落とし穴の底。
泥で顔はぐしゃぐしゃ、髪は乱れ、頬には落ち葉。
そしてなぜか、
【落とし穴 ここだよ☆】の看板をしっかりと握りしめている。
威厳も正義も見当たらない──
その姿は、もはや”騎士”ではなく、”リアクション芸人”だった。
それでも彼女は、崩れそうな声を振り絞る。
「く……ふ、ふふ……認めない……!
覚えていろ……鬼の女……!!」
「いやん! サクラって呼んで!」
私は煽った。性格最悪だと分かっている。
「ぐぅぅ!!次に会う時は、貴様を”断罪”してみせる!!
この私が!! 絶対にッ!! この恨み、正義にかけて!!」
「あ、そ」
ドガァン!!!
雷魔法で無理やり跳躍し、
ギルドの屋根を越えて──白煙とともにユリ様が退場した。
「……逃げたね」
「ユリ様面白かった!」
「敵ながら天晴れ」
「あはは」
「なんで看板も持ってったんだろ?
……まぁいいや。はい次!」
私はギルドの中に戻った。
*
数分後。
ギルド職員が、書類を抱えておずおずと近づいてきた。
「さ、サクラさん……こちら、修繕費のお見積もりを……」
「は?」
「ギルド外壁、屋根、受付カウンター、街路の陥没……
総額、3210万リフルとなります」
ギルド職員が、震える手で見積書を差し出してきた。
「………………はぁ???」
私の顔から、スッと表情が抜け落ちた。
「えっと……その……
先ほどのユリシアさんとサクラさんの戦闘でギルドが壊滅状態でして……」
職員が冷や汗をだらだら流しながら、
必死に私の殻(凶器)から目を逸らしている。
「──ユリシアは”ラウワ王の命令”で来たって言ってたわよね?」
私は地を這うような、ドスの効いた低い声で尋ねた。
「え、あ……はい?」
職員がビクッと肩を跳ねさせた。
「つまりラウワの差し金でギルドが壊されて、
私がそれを迎撃して、結果──”請求は私に”?」
ピキッ! ピキキキキキッ!!!!!
バァンッ!!!!!
私が拳を叩きつけた掲示板が、木っ端微塵に砕けた。(請求書プラス5万リフル)
「誰が……誰が払うかよ……ラウワ王だな?
因縁付けて来たのは……よろしい……」
私はブチ切れた。
「──ねぇ、エスト様? 辰夫? 辰美?」
「う?」
エスト様が、
事の重大さを1ミリも理解していない顔で、
きょとんと首を傾げる。
「は、はい……」
辰夫は最悪の事態を察してガクガク震えている。
「はーい?」
辰美は相変わらず全く空気を読まず、
のんきな声で返事をした。
「魔王軍総動員だ……ラウワ王都を……焼きに行くぞ……」
理不尽さに怒りすぎて、ポロポロと涙が出てきた。
同時に、全身からブワァァァッと底知れぬ怒りのオーラ(ドス黒い何か)が噴き出す。
その凄まじい怒りのエネルギーの膨張に耐えきれなくなったのか。
あるいは、私の背中筋肉(広背筋)が限界までパンプアップしたせいか。
──スポォンッ!!!
ずっと背中にくっついて離れなかった巨大なヤドカリの殻が、
勢いよく吹っ飛び、ギルドの壁を突き破って転がっていった。(請求書プラス50万リフル)
「あ」
「あ! お姉ちゃん! 殻取れたよ!?」
「サクラ殿! ついに!」
「やったー!」
「んなこたぁ今はどうでもいいんだよぉぉぉぉぉッ!!!」
私は涙目で空高く吠えた。
開放された背中の軽さが、
私の殺意のステップをさらに加速させる。
「「「ラウワの中の人達逃げてー!?」」」
本気で頭を抱えて絶望する辰夫。
口元に手を当てて、なぜか楽しそうに呼びかけるエスト様。
完全にイベント感覚で便乗して叫ぶ辰美。
三者三様の悲鳴(?)が、崩れかけのギルドに響き渡った。
*
──こうして、ポンコツ魔王とだるい鬼による世界征服は、
“請求書の恨み”から、次の一歩を踏み出すことになった──。
「なんだろうね……なんかもう……ムカつくから全部ぶっ壊すわ」
「……世界征服ってさ」
「案外、請求書から始まるのよ」
(つづく)
◇◇◇
──今週のムダ様語録──
『請求書は、理性を削る武器だ。』
解説:
ある月、ムダ様はカードの請求明細を開いた。
そして静かに、しかし確実に、何かが死んだ。
「俺は……こんなに使ったのか……」
明細を閉じ、また開き、また閉じた。
三回繰り返した後、この言葉が生まれた。
今ならわかる。これは戦争の引き金になる。