テラーノベル
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──ラウワ王都・王城・警戒塔。
朝靄が王都を包む中、
警戒塔の見張り番は退屈そうに欠伸を噛み殺していた。
最後に敵襲があったのは、三年前。
平和が続きすぎて、
最近では「非常鐘の鳴らし方を忘れた」
などと冗談が飛び交う始末だった。
だが、その平穏はあまりにも唐突に、終わりを告げた。
「ん……あれは……?」
見張り番の王兵が、眉をひそめながら空を指さす。
空に走る、一閃の雷光。
まるで天から何かが撃ち落とされたような閃光とともに、
白煙を上げながら王城の城壁へ叩きつけられた人影があった。
「なんだ!? ひ、人……!?」
別の王兵が、声を裏返して叫ぶ。
その姿は──白銀の鎧を纏い、金髪をなびかせた女性。
王国最強のS級異端審問官、ユリシア・フォン・ライトハルト。
だが彼女は、見るも無惨な姿だった。
鎧は泥にまみれ、髪は乱れ、
頬にはなぜか落ち葉が貼りつき、
片手には謎の看板を固く握りしめていた。
「ユ、ユリシア様!? お怪我はッ!?」
血相を変えて駆け寄った衛兵たちに、
彼女はかすれた声で絞り出す。
「……王に……伝えて……あの鬼の女が……」
その言葉には、騎士らしからぬ、
激しい怒りと悔しさが滲んでいた。
◇◇◇
──王城・玉座の間。
その報告が王に届いたのは、それからまもなくのことだった。
「な、なにィィィィィッッッ!?」
玉座の間に怒号が轟き、
天井の彫刻から埃がパラパラと落ちた。
廷臣たちが一斉に顔を伏せる。
「──おい待て!
S級のあいつが、”敗北報告”だと……ッ!?」
怒鳴ったのはもちろん、ラウワ王・ガルザム三世。
赤毛に赤ひげ、筋骨隆々の体格と金冠を持つ、
“力こそ王道”を体現した戦士王である。
「ユリシアがッ!? ボロボロで帰ってきただとッ!?」
報告を終えた騎士団長・バルドスは、
緊張した面持ちで頷いた。
「魔族との戦闘とのこと……詳細は本人より──」
バタン、と扉が開く音。
そこに現れたのは、件のユリシア本人だった。
泥にまみれた鎧、火照った顔。
玉座の間に立ちながら、
それでも背筋だけは伸ばしている。
「命じたのは”捕縛”だ……それを、お前……」
王が玉座から身を乗り出し、
眼前の騎士を低い声で睨みつけた。
「なぜ貴様が、そんな泥まみれで戻ってきている……!?
一体どんな凄絶な魔法を受けたのだ!」
「……申し訳、ありません……」
ボロボロのユリシアが、かすれ声で答える。
「オーミヤにて……鬼族の女”サクラ”と遭遇。
敵性を確認後、即時交戦……
結果、戦闘不能に追い込まれ──」
一拍の沈黙。
「……そして……落とし穴に落ち……
敗北……しました……」
「…………は?」
王が、素で聞き返した。
玉座の間が、水を打ったように静まり返る。
「……落とし、穴……?」
「……はい、『落とし穴 ここだよ☆』と……
書かれた看板が立つ、実に巧妙な罠でした……」
ユリシアは真顔で、淡々と答えた。
『天の声:一直線バカの解釈。』
言い訳とも反論ともつかぬその返答に、
王は額に手を当て、深く目を閉じた。
廷臣の誰も、何も言えなかった。
突っ込むことすらできなかった。
「……もういいッ!
よく戻った……座っていろ。
あとで詳しく聞く」
王が気を取り直して玉座へ戻ろうとした、
そのとき──
騎士団長・バルドスが、焦燥を滲ませた声で口を開いた。
「陛下……立て続けに申し訳ありません。
もう二つ、報告がございます」
「まだあるのかッ!?
今日はやたらうるさいぞこの城は!!」
王がぎろりと振り返る。
「一つは、先ほどオーミヤから到着した早馬からの報告です。
赤と黒の巨大なドラゴンが二体現れ、オーミヤがパニック状態にあると……」
「ド、ドラゴンだとォ!?」
「はい……そしてもう一つ。
東の地平線より、大規模な砂煙が発生……
地鳴りとともに、魔物と思われる影が……」
「魔物……?」
「はい。確認された数は、ざっと数千以上……
種族はバラバラで……整列して進軍している様子が……」
「軍勢か……!」
王の目が、鋭く細まる。
だが、バルドスの顔には困惑が滲んでいた。
「ただ、旗も紋章もなく……指揮官の姿も見えません。
王国のいかなる敵とも符合せず……
まったく”正体不明”であります」
「正体不明だと……?」
王はゆっくりと玉座に腰を下ろし、唸るように呟いた。
「ユリシアは敗北。オーミヤにはドラゴン2体が出現……
そこへ、正体不明の魔物の大軍……」
重い沈黙が、玉座の間を満たした。
王は拳を握りしめ、低く、静かに言った。
「──戦が……始まるのか……?
……すぐに迎え撃つ準備を……」
◇◇◇
──数時間後、警戒塔の非常鐘が遠くで鳴り始めた。
王都が、静まり返った。
誰もが息をひそめ、祈るように空を見上げた。
「……来るぞ」
バルドスのかすれた声が、静かに響く。
そして──
ドォォォン!!
空が割れた。
分厚い雲を突き破り、
巨大な黒竜が王都の上空に姿を現したのだ。
「ど、ドラゴンだぁぁぁッ!!」
「なんて大きさだ……ッ! 街が滅ぼされるぞ!!」
絶望的な竜の威容に、
王城の兵士たちが恐怖に顔を引きつらせる。
王でさえも、その圧倒的な存在感に息を呑んだ。
だが、その竜の背には──ひとりの鬼の女が仁王立ちしていた。
「来るぞ……!
炎のブレスか、それとも破滅の魔法か……ッ!?」
バルドスが叫び、全員が死を覚悟して身構えた。
──その瞬間。
ズン……チャッ……ズンズン……チャッ……♪
王城を震わせる重低音(ビート)と共に、
空から『謎の音楽』と『歌声』が降ってきた。
*
=====
[ラブハリケーン 〜恋は突然に〜]
作詞作曲:サクラ feat. 魔王軍・少年少女合唱団
[Intro]
In da house… S・A・K・U・R・A サクラ……
Yo! Yo! Yo! I’m《Rapper》♪ I’m《サクラァ》♪
ごきげんよう《ラウワ》♪ これは《カルマ》♪
《まずは》《サクラ》が う《たうわ》(歌うわ)♪
[Verse1]
[さー!行こう]♪ [最強]の[大王]が[来場]♪
さながら[太陽]♪ [体調]は[快調]♪ 気分は[最高]♪
魔王軍[解放]♪ 今日も[快勝]♪ 請求書が[罪状]♪
あきらめろ[大将]♪ そのクビ[刈り取る]♪
これが[代償]♪ きっと今日は[大凶]♪
[Chorus] *魔王軍・少年少女合唱団
私の〝怒りが〟炎になる。
私の〝痛みが〟刃となる。
やがて私の〝慈愛が〟皆を包む。
そして私の〝光が〟希望を与える。
[Verse2]
君たち[敗走]♪ 濃厚だよ[敗色]♪
試される[裁量]♪ オススメよ[再考]♪
受け取るよ[詫び状]♪ 送るよ[哀悼]♪
これは私の[愛情]♪ 満ちてる[愛嬌]♪
でも私の恋は[滞納]♪ あれ?なんか[泣きそう]♪
[Chorus] *魔王軍・少年少女合唱団
私の〝怒りが〟炎になる。
私の〝痛みが〟刃となる。
やがて私の〝慈愛が〟皆を包む。
そして私の〝光が〟希望を与える。
Yeah! Yeah! Yo!!! Check it out!!(チェケラッチョー!)
=====
*
ざわ……ざわ……!
「……え?」
「何この歌!? なんでこんな状況でラップが聞こえてくるんだ!?」
「誰だよ歌ってんの!? ていうか後ろのコーラス誰だ!? 子供の声だぞ!?」
「しかも全部母音で踏んでるぞ!? す、凄い才能だ!?」
「耳障り気持ち良すぎてやべぇ!?」
「お前ラップ詳しいんだな!」
「へへッ! まぁな! 凄いプレッシャーで[吐きそう]♪」
「お前まで踏むな!!」
ざわ……ざわ……!
恐怖で死を覚悟していた王城の兵士たちが、
気づけばラップの解説を始めていた。
「あの竜の背でチェケラッチョポーズをしている者……
間違いありません……」
ユリシアが震える声で呟く。
落とし穴の泥を拭いもせず、彼女はその名を口にした。
「あれが──常闇のダンジョンのモンスター、
“サクラ”です……!」
「なんで歌ったの?何あのポーズ……
めちゃくちゃ韻踏んでた……こえぇ……」
王の額に、脂汗が滲む。
筋骨隆々の戦士王が、空から降ってくる謎のヒップホップに本気で怯えていた。
その直後。
空から──怒りの演説(と請求書の督促)が、始まった。
(つづく)
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