「どうも。岩本といいます。しょう……お母さんとは、昔親しくしていて…」
目の前の少し怖い顔をした、長身の男が、ぺこりと頭を下げた。緊張した面持ちは、きっと自分も同じだろう。そう、亮平は思った。
渡辺親子と岩本は、街の外れにあるファミリーレストランに来ている。夕飯時とあって、店は7割ほどが埋まっていた。そこまで高い店ではないが、亮平も翔太も滅多にここへは来ない。特別な時にだけ訪れる、思い入れのある場所だ。ここで食べるハンバーグは、亮平と翔太にとって大切なご馳走だった。
「まあ、座れよ、照。亮平も」
対面で固くなっているのは、岩本と亮平だけで、翔太は寛いだ様子でメニューを見ていた。岩本は亮平が座るのを見届けると、水を一口飲んで、唇を舐めた。
「亮平、ドリンクバー頼む?照は?酒にする?」
「いや、酒は」
「だよな」
にっこりと笑い、亮平にいつものでいいか?と聞く。亮平は言われるままに頷いた。
「すいませーん、ハンバーグセット3つ」
「え?俺も?」
「いいじゃん。うまいもん、ここのハンバーグ。あと、チョコパフェ?照、食う?」
「………食べる」
「ふはっ。変わんねぇな。食後にチョコパフェも3つ。お願いしまーす」
翔太はてきぱきと注文を済ませ、さてと、と二人に向き直った。
「電話でちょっと話したけど、亮平、この人がお前のパパ、岩本照さん。照、この可愛いのがうちの大事な一人息子の亮平」
「どうも…」
「初めまして。亮平といいます」
次々に起こる出来事の展開の速さにどこかついていけないでいる岩本を、亮平は他人事のように見ていた。深澤に話を聞いてもらったおかげで、何だか気持ちが落ち着いている。それに、どこか朴訥な印象を受ける岩本は、思ったとおり、好感が持てる人物だと感じていた。
それにしても、驚くのは翔太だ。
きっと翔太にだって緊張したり、思うところがあるはずなのに、黙りがちな二人の会話を盛り上げ、隔たった時間と距離を埋めようとしている。普段の翔太の接客が垣間見えるような、嫌味のない明るいコミュニケーションに亮平は驚いていた。
翔太は亮平が考えるよりずっと、逞しい人なのかもしれないと思う。そんな翔太を亮平が眩しく感じていると、
「うまっ!!」
翔太はハンバーグを頬張るなり、子供っぽい満面の笑顔で喜んだ。そんな母は、やっぱり可愛らしいのだ。にこにことその様子を見ているもう一人の人物と目が合い、亮平は思わず俯く。
……岩本が愛おしそうに翔太を見ていた。
亮平の鼓動が騒がしくなり、知らぬ間に嫌な汗をかいている。
岩本は、まだ、母を好きなんだろうか?
もしそうなら、自分はここにいていいのだろうか??
「あの……」
おずおずと話し出した、亮平に二人の視線が集まった。亮平はお腹に力を入れて、尋ねた。
「二人はその、またやり直したりとか、するんですか?」
「俺は」
口を開きかけた岩本を遮るようにして、翔太があっさりとそれを笑い飛ばした。
「照と?ないない!!あるわけないじゃん」
岩本の顔が固まった。亮平はそれに気づいたが、見なかったふりをした。
「今日会ってもらったのは、亮平が東京に出た時に、照に何かと助けて欲しいからなんだよ。実の父親なんだし、15年も俺が頑張ったんだから、東京では照にもサポートしてもらいたい。俺は一緒についていけねぇからさ。それくらい、いいだろ?照」
「もちろん」
亮平に上京の意志があることは、ここまでの会話で伝えていた。翔太はその近い将来のために、二人を引き合わせたらしかった。岩本はこの街の人間ではない。普段は東京の会社に勤める実直なサラリーマンだ。亮平は改めて、岩本から受け取った名刺に目を落とした。会社住所は都内の中心部にある。岩本は優しく微笑んで言った。
「いつでも遊びに来ていいよ。高校から都内の学校に通いたいならその手配だって俺に任せてくれたら力になる」
「えっ……」
「それぐらいさせてくれよ。俺、君たちの力になりたいんだ」
亮平は戸惑っていた。岩本の真意を測り兼ねたからだ。出逢えたばかりの息子に急に父性愛が目覚めているのだろうか?それとも…。
「母さんとまたやり直したいからですか?」
「バカ、変なこと言うな」
翔太が止めようとするのを無視して、亮平はなおも言った。
「俺の面倒を見たら、母さんがまたあなたを好きになるかもしれないからですか?」
「亮平くん…」
「俺をダシにしないでください。ごめん、母さん、俺先に帰る。岩本さん、今日はありがとうございました」
亮平は頭を下げると、もやもやした気分のまま、席を立ち、呆気に取られ、何も言えないでいる二人を置き去りにして、店を飛び出した。
胸の奥が熱かった。
怒りとも悔しさともつかない感情が、その場を逃げ出す亮平を支配していた。突如現れた父親の存在に戸惑い、困惑し、そして、整理のつかないもやもやが彼を苦しめる。
嫌な人ではなかった。意地悪をされたわけでもない。それなのにすごく…。
亮平の瞳は、いつの間にか涙で濡れていた。
コメント
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あらー🥲
ちょっとためてたので一気に見ました!ストーリーめちゃくちゃ面白いです!これからも応援してます✨
照ー!!!!笑 続き楽しみですっ!