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クライエント自身も気づいていない心の深層心理を、左右対称のインクのシミから暴き出す
『ロールシャッハ・テスト』。
あるいは、パーソナリティの偏りを可視化し
多角的な自己理解を促す『TEG(東大式エゴグラム)』。
といった、バリエーション豊かな心理テストの数々。
いずれも健康保険が適用となる公的な医療行為としての検査であり
俺が専門家として下す客観的な分析データの一つ一つが
医師による彼らの今後の治療方針や投薬計画を大きく左右することになる。
責任は極めて重大だ。
順調にいけば、18時にはようやく全ての通常業務が終了となる。
その日行ったカウンセリングの詳細な内容をカルテに素早くまとめ
散らかった資料をファイリングして片付ければ一日の仕事は終わりだ。
もちろん、心理検査が予定の時間を超えて長引くこともあれば
情緒不安定に陥ったクライエントがトイレに閉じこもって泣き叫び
出てこないといった突発的な緊急対応に追われる日も少なくない。
そんな不測の事態が起きれば、どうしても退勤時間は大幅に遅くなる。
どっと押し寄せる疲労をにじませる首元のネクタイを少しだけ緩め
誰もいなくなった静まり返った相談室を後にする。
この場所で、数多の歪んだ『依存』の事例を見て、冷徹にその境界線を分析している俺自身が
家に帰れば、一人の愛しい恋人に骨の髄まで溺れているのだから、何とも皮肉な話だろう。
職場という冷徹な檻の中では冷静沈着に他人の心の闇を処理し
一歩その外に出れば、一人の不完全な人間として誰かの温もりを激しく求める。
きっと、この矛盾こそが、人の心の本質なのだろう。
そんな哲学的で、どこか可笑しな思考を巡らせながら、駐車場の車の鍵を握った。
ハンドルを握り、夜のバイパスを自宅に向かって走る車内
頭に浮かんでくるのはやはり、愛してやまない純一のことばかりだった。
時計の針はもう6時を過ぎている。
きっと純一も無事に退社した頃合いだろう。
一刻も早くスマホの画面を確認したくて仕方がなかった。
いつもなら、この時間になると彼から
「りひとさん!お仕事終わったよ〜、今日は僕のご飯当番だから、美味しいご飯作って待ってるね♡」
なんて、絵文字付きの可愛いLINEが送られてきて、俺の帰りを健気に待ってくれている。
体調を崩していないか
メンタルがヘラっていないか
(今日も、あのとびきりの笑顔で俺を迎えてくれるのかな)
そんなことばかりを考えてしまう。
今すぐにでも、あの華奢な身体を腕の中に閉じ込めて抱きしめてしまいたくなるほど
愛おしくて、何よりも大切な存在。
そんな純一に1秒でも早く会いたくて
俺ははやる気持ちを抑えながら、夜道を進む車のアクセルを少しだけ強く踏み込んだ。