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「ねぇ唯くん、ほんとにさっきの人と付き合いたいって思ってるの?」
(わっ)
聞こえてきた智香ちゃんの声に、私は慌てて足を止める。
「うん、俺はそうだよ。前に言ったじゃない」
「でもあの人はそんなつもりないんんでしょう?
……唯くん私の気持ちを知ってるからそんなふうに言ってない?」
「智香ちゃん……」
「唯くんのことは中学の時から見てるけど、だれでもいいって感じで、特にひとりの子にこだわらなかったじゃない。
それだったら……私だって唯くんと付き合いたい」
「智香ちゃん、それはダメだって言ってるだろ」
「ダメって……そんなの親の都合で兄妹になっただけだし、べつに血がつながってないならいいでしょう。
……唯くん頭いいしスポーツできるし、優しいし、私の理想だって何度も話したじゃない」
「だから……俺は智香ちゃんの理想とは違うし……。
それに何度もムリだって言ったよね」
「だからって、あの人が好きだとは思えない。
私を諦めさせるために、あの人のこと好きなふりしてるの、私にはわかってるんだけど」
(え……)
その言葉に心臓がドクンとはねた。
そのまま心臓が波打って、へんな汗もでてくる。
「智香ちゃん、そうじゃないよ、俺は……」
「だって唯くんが好きな人がいるって言いだしたの、転校したその日だよ?
そんなのおかしいじゃん。じゃああの人のどこが好きなの?言ってよ」
それから言葉が途切れ、ふたりの話はなにも聞こえなくなった。
その間が流れて、「あ……」と思った。
智香ちゃんの言っていることは、たぶん「正しい」って。
北畑くんは今、きっと困った顔をしている。
そしてきっと、すごく言葉を探しているけど見つからないんだ。
だって……全部そうだから。
全部、智香ちゃんが言っているとおりだから。
(……なんだ……)
謎がとけて、さらには納得したのに、すごく落胆している。
私も……ずっと北畑くんの言動がおかしいと思ってたのに。
会ってその日に「付き合ってくれない?」なんてわけがわからないって思ってたのに。
北畑くんは……私のことはなんとも思っていなくて、ただ智香ちゃんを諦めさせようとしている。
だれでもいいから「彼女」がほしかったんだってわかったら……どうしてこんな……立っているのもやっとなくらいショックなんだろう。
(意味わかんない……)
北畑くんがどういうつもりなのか知れたんだから、もういいじゃん。
いい人だって思いかけていたのに、今ので見損なったのはつらいけど……またあまり関わらないでおけばいいだけのことだ。
自分に言い聞かせて深呼吸をした時、「緑!」とあさ美の大きな声がした。
「緑ー!北畑くん見つかったー!?」
「あっ、あさ美……!」
私はあわてて「しーっ!」と人差し指を唇にあてるけど、もう遅い。
「ねー北畑くんどこー?
こっちにいるんじゃないのー?」
「あっ、あさ美!待って」
あさ美は言いながら角を曲がり、止めようとしたら……驚いた北畑くんと智香ちゃんの視線とぶつかった。
「あっ、北畑くん!田口くんが呼んでるよ。
騎馬戦のことで話があるらしいから、急いで来てー!」
「えっ……そうなんだ。わかった、行くよ」
返事をした北畑くんだけど、視線は私のほうに向いている。
すごく気まずそうで、私が今の話を聞いていたのか気にしているのが伝わってきて、目を合わせられない。
「ちょっと、あなた今の話聞いてたんですか?
っていうか友達連れて割り込んでくるとか……本当最低ですね」
「ちょっと智香ちゃん!!」
軽蔑の目で私を見る智香ちゃんに、北畑くんは大きな声をあげた。
その場のみんながびくっとして、声をあげた北畑くんは、はあっと息をついて、智香ちゃんを見つめた。
「……やめて。みどりにそんな言い方しないで」
「唯く……」
「俺行くね」
それだけ言うと、北畑くんは智香ちゃんを置いてこちらにかけてきた。
すれ違いざまに「ごめん」と小さなつぶやきが聞こえる。
え……。
今の意味は……どういう意味の「ごめん」?
「え? え?
なにー? 今のどうしたの……」
「な……なんでもない。私たちも行こう?
っていうか私、もうじき倉庫前に集合だし、行くね」
「あ、そうだった。ごめん!
じゃあ北畑くんの妹さん?観覧席で見ててくださいね」
あさ美は智香ちゃんに言うと、私と一緒にグラウンドへ走り出した。
グラウンドに走りながらも、さっきの北畑くんと智香ちゃんの話が頭をまわって、さらにはさっきの「ごめん」も耳の奥でこだまする。
なんで……北畑くんは私に「ごめん」って謝るの?
謝られたら、さっきのを全部肯定しているのと同じだよ。
私に付き合ってって言ってたのは、ただ単に智香ちゃんを諦めさせようとして言っていたただけだって。
私のことなんて好きじゃないって、認めてるのと同じじゃない。
「……やめてよ」
……だからイヤだったのに。
北畑くんのことなんてどうでもいいはずだったのに、こんな気持ちになって、私ってばなにやってるんだろう……。
北畑くんのことは考えないと決めた私は、それから午後のプログラムをこなすことに専念した。
そうして体育祭が終わり、教室に戻ると、私はもう、極力うしろを見ないとも心に誓った。
もう絶対、プリントを渡す時くらいしか後ろを見ない。
っていうかこの席イヤだ……。
すぐにでも席替えしたいよ。
別のクラスで着替えをしていた男子が教室に戻ってくると、私は入れ替わりに教室を出たくなった。
でもそうもいかず、真後ろに北畑くんが座って―――「みどり」と声がした。
元気のない、弱い声。
私は振り向かないし、もう一度「みどり」と呼ばれたけど、それでも振り向かなかった。
先生が入ってきて簡単なHRが終わると、急いで席を立ち、教室を出た。
北畑くんがいると思うだけで、教室にいるのが苦しいし、真後ろが気になって息が詰まる。
「イヤだな、ほんと席替えして……」
でも……教室で逃げても家まで近いし、最寄り駅も同じとか最悪だ。
これじゃ私の気持ちが落ち着くまで、時間がかかりそうだな……。
考えるとどんどん気が重くなりそうで、もう考えないことにした。
よし、考えない。
北畑くんのことは考えないし、北畑くんとは距離を置く。
そう心で繰り返しながら駅へ向かっていると、ふとなんだか荷物が軽いことに気づいた。
カバンは持っているけど、体操服とお茶を入れていた紙袋を持っていない。
「えっ」
その紙袋にスマホも入れてグラウンドにでていたから、慌ててカバンをさぐってみる。
でも思ったとおりスマホは見当たらない。
「うそお……」
取りに帰らなきゃ……。まだ電車に乗る前に気づいたのが救いだけど、ほんとついてない……。
仕方なしに学校に引き返し、そろそろ教室に入ると、もうだれもいなかった。