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よかった、みんな帰ったんだ。
ほっとして自分の机を見れば、忘れた紙袋が脇にかかっている。
中にはお茶と体操服とスマホが入っていて、カバンにしまおうとスマホを手に取った時、メッセージが届いているのに気づいた。
―――――――――――――
さっきはごめん。
ちゃんと話がしたいんだ。
―――――――――――――
北畑くんからのメッセージを見て、途端に苦しい気持ちになる。
……イヤだよ。私は話なんてない。
返信しないままスマホをカバンにしまい、急いで教室を出ようとした。
でも後ろのドアがガラッとひらいて、見れば息をきらした北畑くんが立っている。
「みどり」
「北畑くん……」
どうしているの。帰ったんじゃないの!?
心の中で叫ぶと、私はカバンを握りしめ、逃げようと一歩踏み出した。
でもそれに気づいた北畑くんが、距離をつめるほうが早かった。
「待って、みどり」
さっきと同じ、困ったような、弱ったような声。
でも強い力で腕をつかまれ、私はその場で動けなくなった。
「さっき智香ちゃんと話してたことなんだけど……。
みどり、きっと聞いてたよね?」
私は返事をしない。
でもそれは肯定しているのと同じだって、自分でも気づいていた。
「ごめん、さっきのことちゃんと話したいんだ」
「……いいよ、偶然聞こえちゃって、ぜんぶわかったから。
なんで私と付き合いたいっていうのか謎だったけど、理解できたし」
突っぱねるように言えば、北畑くんは一瞬黙り、それから続けた。
「……そのこと、許してほしいかじゃなくて、ちゃんと説明させてほしい。お願いだから」
うつむいていた私が少しだけ顔をあげると、北畑くんはつらそうな顔で私を見つめていた。
北畑くんの顔なんて見たくなかった。
でも顔を見ると、「離して」と言おうとしていたのに、声がでなくなる。
「智香ちゃんには昔告白されたことがあって、一度は断ったんだけどそれでも俺のことが好きだって、兄妹になってからもう一度告白されたんだ。
面倒なことになりたくなくて、どうすればいいかって考えて……じゃあ俺がだれかと付き合えばいいんだって思った。
それで、転校した日に目があった、みどりに声をかけたんだ」
それはたぶん、私が予想していたとおりの筋書きだった。
だから特に驚くことはないのに、北畑くんの口から話されるとショックで……今すぐにここから出ていきたくなる。
「……そっか、わかった」
「ごめん、本当にごめん。
最初はだれでもよかった。でもみどりをいいなって思ったし、それからは本当に好きになったんだ」
北畑くんの話なんて聞きたくない。
なのに、「好きになった」って言葉に少しだけ心が揺れる。
……イヤだな、なんで今、そんなこと言うのよ。
「ごめん。いつか言おうと思ってたけど、なかなか言えなくて……こんなふうに伝えることになって、本当に悪いと思ってる。
でも、その時はだれでもよかったけど、みどりじゃなきゃ好きにはならなかった。これだけは信じてほしいんだ。
うまく言えないけど、冷めてるように見えて優しいところとか、面倒見のいいところとか、そういうところが好きだって思ったんだ」
北畑くんは必死だ。
必死なのが伝わってくるから、私はどうしていいかわからない。
「もういいってば。手、離して」
疲れた声で言い、目をそらすと、私の腕をつかんでいた北畑くんの手が離れた。
「話はわかった。
でもそうやって自分勝手に言うなら私も言わせてもらう。北畑くんは最低だよ……」
「それは……。本当に、ごめん……」
途端に北畑くんはしゅんとして、大きな体が小さく見えた。
「智香ちゃんとの話が聞こえた時、すごくショックだった。
智香ちゃんが北畑くんが好きなのはなんとなくわかってたけど、諦めさせるために私と付き合いたいって言ったんでしょう。
それ……私がどんな気持ちだったと思ってるの」
「え……?」
「好きでもない人にそういうことはしないで。……失礼だよ」
「うん……。
それは本当に悪いと思ってる。反省してる。でもその……みどり?」
「反省してるならもういいよ。
私とは関わらないでくれたらいい」
「えっ、ちょっと、みどり……!」
言って教室を出ていこうとすると、北畑くんがもう一度私の腕をつかんだ。
「なっ、なに?」
「ご、ごめん! でもちょっと待って。
あのさ、俺の勘違いかもしれないんだけど、聞いて……!」
「は? 勘違いってなに……」
「俺が最低なのはわかってる。みどりを傷つけたことも悪いと思ってる。
でも……もしかして……。もしかして、みどりが怒ってるのってさ。俺が利用しようとしたことに対してじゃない気がして……」
「え?」
「俺が全部悪いよ。
でもさ、みどりが怒ってる理由って、もしかして、さ……。
俺が智香ちゃんを諦めさせるために、みどりと付き合いたいって言ったことに怒ってない……?」
「そうだけど……」
不満げに言えば、北畑くんははっとして、それでいて言いにくそうに私に言った。
「じゃ、その……。
その……みどり。つまり、俺のことが好きになってくれてるよね……?」
「え……」
考えもしなかった言葉に、頭の中が固まって、意味を理解するのに数秒かかった。
「えっ、そんなはずないじゃない!!
北畑くんのことは心底イライラしてるし、顔も見たくない!!」
「うん、それはひしひし伝わるよ。
でもそれってさ……。俺がみどりを好きじゃないって思ってるから怒ってるん……だよね?」
言われて、それが心の真ん中に投げ込まれて、言葉を失った。
え……。え……。
私がなにに対して怒ってるかって、それはもちろん北畑くんに対してだ。
でもそれって言われてみればたしかに……利用されていたことはショックだけど、イライラしているのはそうじゃない。
「好き」と言われたことはなかったけど、あれだけ付き合ってと言われていたから、北畑くんは私を好きなんだと思っていた。
そうじゃないって、私の勘違いだってわかったから……そのことに対して怒っているんだ。
「みどり。もう一度言うけど……。
俺……みどりのことはほんとに好きなんだけど」
「ちょ、ちょっと待って。
そういうの今言わないで。混乱する」
私はストップとばかりに手を突き出して、反対の手で頭を押さえた。
……待って。
待って待って。
自分の気持ちがパニックになっていて整理ができない。
一から整理しようと考え始めた時、突き出した私の手を北畑くんが握った。
ビクッとして前を見れば、弱ったような北畑くんの顔がある。
「……ごめん。みどり、ちょっと質問させて」
「え……」
「俺がこうして手を握ると、イヤ?」
北畑くんは握った手に少しだけ力をこめて、私の目を見る。
ただそれだけなのにすごくドキドキして、ここから逃げたい気持ちになった。
「イヤだよ。落ち着かないよ……!」
「落ち着かないって……。じゃあさ」
北畑くんは握った私の手を引いて、傍に引き寄せる。
「ちょ、ちょっと!」
「これは?
俺がこうすると、イヤ?」
背中に手を回され、抱きしめられる恰好になると、私の心拍数は一気にあがった。
「は、離して!
落ち着かないって言ってるじゃない!」
「落ち着かないじゃなくて、イヤかどうかで答えて。
俺がこうすると、イヤ?」
なだめるような声に、大声をあげようとしていた私は、言葉を飲み込む。
「い、イヤ、ではない、けど……」
「ならさ、こうするとドキドキする?」
「そ、それは、するよ……。当たり前じゃん」
「当たり前じゃないよ。
たぶん最初のころのみどりだと、そんな反応してくれなかったし」
「え……」
そう言って北畑くんは私から腕をほどいた。
さっきまでしょげていた北畑くんの顔は、困ったような顔で私を見ている。