難しい顔で細い棒を振っては項垂れる。昼食後の空いた時間を使い、葉月はずっとそれを繰り返していた。
身体の中に流れているという魔力を放出する練習をしているのだが、全く上手くいかない。
普通は魔力は芽生え出した子供が使うという長さ30センチのスティックを借りて、その先端に向けて意識を集中させる。が、何度やっても何の反応もない。
「本当に私に魔力なんかあるのかな?」
「みゃーん」
この館へ来てから定位置になりつつあるソファーの上に、くーはちょこんと座りながら飼い主を励ますよう鳴いて返す。
すぐ目の前でブンブンと小刻みに動くスティックに狩猟本能がウズウズして、お昼寝どころではないといった感じだ。
「頭と足の先から、少しずつ力を集めて運んでいくイメージよ」
薬作りの合間の休憩だろうか、お気に入りの薬草茶を淹れたカップ片手に、ベルが奥の部屋から顔を出した。
現役バリバリの森の魔女は簡単に言ってのけるが、魔法に馴染み無い世界で育った葉月には、さっぱり理解できない。スティックを強く握り締めるだけでは、うんともすんとも言わない仕組みみたいだ。当然、押せばビームが出るようなボタンなんて見当たらない。
「そうそう、そのスティックは古いから、少しでも魔力が流れたら折れると思うの。成功したら折れるから分かりやすいわね」
ふふふ、と悪戯っぽく笑って、ベルはダイニングチェアーに腰掛ける。
思えばこのフロアも随分と片付いたものだ。だって、椅子に人が座れるようになったのだから。
まだ片隅には箱や袋が残ってはいるが、それもあと少し。初めて入った時よりも部屋がとても広く感じるのも当然。
何より、館全体の空気がかなりキレイになっている。最初の淀んで埃舞うどんよりしていたものと違い、掃除して定期的に換気することでいつでもクリーンだ。猫がクシャミすることはもう無い。
身体の中を流れているという魔力を操作できるようになれば、今度は空気中に漂う魔素を集めて具現化させるらしい。のだが、まず最初の一歩がちっとも踏み出せていない。
この世界の素質ある子供は早ければ5歳くらいから魔力を感じ、数時間のイメトレで操作できるようになるらしい。生まれた時から魔法が傍にあるのと無いのとでは、修得スピードがまるで違う。
とは言っても、実際に魔法として使えるようになる人はそう多くなく、大半の人が魔力操作の段階までは辿りつけても、魔力量が少ない為にそれを力として使うできない。
そう考えると、森の魔女という呼び名まで持つベルは、貴重な存在であり、彼女の調合した薬が街で大人気なのも頷ける、ただ、納品がすこぶる遅いのが難点ではあるが。
葉月にはまだ魔法のマの字も使えない。水や火などが必要な時はベルに頼んで出して貰っているけれど、自分でも出せるようになれば随分と便利になるはずだ。それに、葉月も薬作りを少しは手伝えるようになったら、街への納品スピードもマシになるかもしれない。
とにもかくにも、葉月も魔法が使えるようになれば良い事尽くめなのだ。
ベル曰く、葉月の魔力量はかなり多く、魔法修得条件は十分に満たしているらしい。おそらく、魔力量が人間の比じゃない聖獣と一緒に育った影響だろうということだった。
最初にそれを聞いた時には、なんだそのチートと思ってしまったが、残念ながら別段人間離れした量というほどではないらしい。それでもベルよりも多いのだという。
なので、まずは魔力をスティックに集中させていくという第一段階。クリアを目指し、身体中の血流を意識させる。流れる魔力というのがいまいちピンと来ないから、全身の血流を思い描く。
血液の流れを意識して練習を始めてから何度目だろうか、手に握っていたスティックがパキッと音を立てる。見ると先端から真ん中辺りまでが二つに縦に割れている。まるで割る前の割り箸だ。これも折れた内に入れていいのか?
ソファーで毛繕いしていた猫が音にビックリし、足を上げた体勢のまま飼い主の姿を見上げている。咄嗟のことだったから舌をしまい忘れた間抜け面だが、それには気付いていないようだった。
「できた、のかな?」
「あら、できたわね」
そろそろ部屋に戻ろうとしていた魔女が、音に気付いて満足そうな笑顔で振り返っている。どうやら成功したみたいだ。
「それはもう使えないから、次の配達の時に新しいのを注文するわね。まだ何も無しは危険だから、しばらくは練習はお休みね」
「はーい」
今の感覚を覚えておくと良いわ、と言い残してから奥の扉へ。まだまだ空瓶の入った木箱は大量に積み上げられたままだ。
「やった、できたよ、くーちゃん」
ご機嫌で頭を撫でてくる飼い主へ、猫はゴロゴロと喉を鳴らして返事する。
とりあえずは第一段階クリアだ。
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