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ずっと想って見守り続けてきた朱里ちゃんが 漸く自分の手の届くところに現れて 、ただただ嬉しくて....🍀 尊さんにとって 朱里ちゃんは生きる希望で、ずっと兄のように見守るつもりが....いつしか彼女に恋をしてしまったんだね🥺💓
2人だから理解できて受け止めて抱きしめてあげらるんだよ。 待ち人がようやく自分の手の届く所に来たって尊さんは思っていたんだろうな。
「…………二十二年前の十一月三十日、母は妹をつれて買い物に行った。金曜日の夕方は、好きな菓子を二つ買っていい日だったな……。……俺は荷物持ちのために同行を頼まれたけど、……面倒で断ってしまったんだ」
震える声で、彼はポツリポツリと過去を話す。
私の誕生日の前日に、彼は母と妹を亡くしていた。
あまりにやりきれなくて、私は涙を流しながら尊さんを抱く腕に力を込めた。
「……でも、『悪いな』って思ってあとから追いかけた。…………そしたら、目の前で」
尊さんの言葉がふつりと切れ、焦点の合わない目が虚空を見つめる。
「…………母は、とっさに妹を庇った。でも、信じられないぐらい飛ばされて、……すげぇ飛んだんだ。……車が電柱にぶつかって、タイヤが空回りしてゴムが焼ける匂いがした。母も、妹も動かなくて、…………手足が変な方向に曲がってて、全身傷だらけで……」
尊さんの呼吸が乱れていく。
「……妹の遺体を見てしまった時、大きなショックを受けた。……本当に、惨かった。だから無意識に忘れようとしたんだろうな。篠宮家に引き取られたあとの俺の精神状態も、ろくなもんじゃなかった。心を閉ざしつつも、それだけが生きがいみたいに勉強に打ち込んだ。誰にもぶつけられない怒りと憎しみを常に燃やしていて、父が『いつか自分の武器になる』と言った事を貪欲に吸収していった。その中で、つらい思い出は一時的に薄れていった。……いや、封じたと言っていい」
彼は私の肩口に顔を埋め、嗚咽に似た息を吐く。
私は尊さんの心の傷に触れ、眉間にギュッと皺を寄せて涙を流す。
そして覚悟を決め、本当の彼を知るためにさらに質問した。
「私が商品開発部に配属された時、尊さんは当然私の事をフルネームで認識していたでしょう? どう思いました?」
尋ねられた彼は、痛々しく笑った。
「……お前の名前と年齢を履歴書で確認した時、それまで封じていた記憶の蓋が開いた。家族三人の楽しかった思い出が蘇って、……荒れたなぁ……」
――やっぱり……。
私は唇を噛む。
防衛本能とはいえ、尊さんはつらい思い出を忘れる事によって自分を守っていた。
なのに私が現れたせいで、彼は地獄のような苦しみを味わう羽目になったんだ。
「……すみません。私のせいで……。…………私なんて、あなたの前に現れなければ良かった……っ」
言った途端、彼がグッと私の肩を掴んだ。
「そんな事、二度と言うな。お前は俺にとっての唯一無二だ。……絶対言うな」
傷付いて荒みきっているというのに、尊さんは私を気遣ってくれる。
「…………っはい……」
彼の優しさを受け取り、私は涙を流しながら頷く。
「……それに、お前を部下にすると決めたのは俺だ。……だから本当にお前が責任を感じる事なんてねぇんだよ」
尊さんは遠くを見るような目で笑い、小さな声で言った。
そのあと大きく溜め息をつき、話を戻す。
「……入社してきたお前を見て、『妹が成長したらこんな感じになるのか?』と思った。顔はまったく違うのに妹を思いだして『生きていたら、今頃どこかに入社してたんだろうな』って思った。…………けど同時に、お前の誕生日が十二月一日だと知って、頭の中で何かが壊れちまったんだ。……前日に死んだ妹の魂が、…………お前に宿ってるんじゃ……と思っちまった」
尊さんは涙を流し、今にも壊れてしまいそうな表情で笑った。
「妹に重ねて見ていたくせに、……〝朱里〟に惹かれていった。……お前が可愛くて、話してると『妹もこんな反応をしたのかな』って思った。……妹みたいに可愛がりたいって思ったくせに、お前を一人の女として見てしまう自分もいて……っ、『妹みたいに思ってるのに、〝抱きたい〟って思うのかよ。気持ち悪ぃな』って自分に嫌悪感を抱いた。……もう〝どっち〟なのか分からなかったんだ! ……たった一つ分かっていたのは、お前を幸せにしたいという気持ち。……それだけだ……」
彼は傷付いた魂を晒すような声を出したあと、くぐもった声で言った。
「……そんな中、お前が『フラれた』って言ってるのを聞いて、本当に何かがキレた。『朱里を幸せにできなかった男が捨てたなら、俺がこいつをもらってもいいよな?』って。お前を幸せにできる存在は、俺しかいないと思った。…………あとはお前の知る通りだ。歯止めが利かなくなった俺は、『兄のように見守りたい』と思っていた気持ちより、男としての欲を優先してしまった。……あの女に屈辱的な言葉を浴びせられて、我を忘れちまったのもあり……、ただ一人〝女〟として見ているお前にすべてをぶつけてしまった……っ。――――最低だ……っ」
ずっと何にも心を動かさなかった尊さんが、私の前ですべてを吐きだし、懺悔している。
こんな彼を見るのは二回目だ。
ボロボロになった姿を晒してくれる彼が、こんなにも愛おしい。
私だけが彼の傷に触れていると思うと、歪んだ喜びを抱いてしまう。
――いいよ。全部見せて。
――私はすべて受け入れるから。
私は尊さんに微笑みかけ、彼の頬を両手で包むと、優しくキスをした。
そして彼の耳元で囁いた。
「あなたに愛されるなら、どんな理由だっていいの」