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経済誌のトップニュースに、佐々川拓也の名前が大きく躍っていた。
「佐々川ランドオーナー新CEOに拓也氏就任 父・貴康氏、体調悪化で退任」
記事は淡々と事実を並べていた。広告代理店のプランナーから、突然の地主一族のトップへの抜擢。父親の体調悪化が引き金で、事業継承を急いだ形だ。
写真には、スーツ姿の拓也が祖父・泰造の隣で頭を下げる姿。私は新居のソファに座り、スマートフォンの画面をスクロールした。記事の最後、コメント欄に「離婚報道の噂も……」という一文が埋もれていた。
離婚を急いだ理由は、これだったのかもしれない。
スキャンダルを公にしたくなかった。佐々川財閥の当主が、妻との離婚沙汰で揺らぐ姿を、投資家や取引先に晒したくなかった。泰造の冷徹な判断──すべてが、事業継承の裏で動いていた。
私はスマートフォンをテーブルに置き、サファイアのリングを指で回した。青い輝きが、部屋の灯りに反射する。
「だから……私にサインを急がせたのね」
声に出して呟くと、胸の奥が少しだけ軽くなった。怒りではなく、納得のようなものだった。離婚はそのための「きれいな決着」だったのだろう。
「これで、よかった」
私はリングケースを開け、5周年用のペアリングを1つ取り出した。もう一方は、もう拓也のものではない。私は自分の指に嵌め、もう1つを小さな箱にしまった。新しいデザインの試作用に、いつか使うかもしれない。
経済誌を閉じ、私は作業机に向かった。新しいスケッチブックを開き、鉛筆を走らせる。傷ついた絆が、光に変わる次の作品を。佐々川拓也は今、財閥の頂点に立つ。私はここで、自分の光を創り続ける。どちらも、永遠を違う形で手に入れたのかもしれない。
……でも。
田川亜美がLueurのグループLINEに投下したのは、誰かのインスタグラムストーリーのスクリーンショットだった。逆光の夕焼けに沈む海を背景に、男性の左手が女性の細い腰に軽く回され、二人の影が長く伸びている。女性の顔は見えないが、長い髪が風に揺れ、左手の薬指に光るリングがはっきり写っていた。キャプションは一言だけ。
「あれは一体どういう意味……」
私はスマートフォンを握りしめ、グループLINEのスクリーンショットを何度も拡大した。逆光のシルエット。彼女の左手薬指に輝くリングが、夕焼けに反射して鋭く光っている。ダイヤモンド。純粋な白い輝き。
あの夜、マホガニーのテーブルに、離婚届が広げられた夜。麻里奈さんが無邪気にリングケースを開け、私の作ったサファイアのペアリングを左薬指に嵌めた。
でも、あの時——彼女の左手薬指に、もう1つのリングが重なっていたのを、私は見逃していたのかもしれない。ダイヤモンドの小さな輝き。控えめで、でも確かに存在していた。ダイヤの輝きが、サファイアの青を嘲るように反射していた。
「まさか……そんな義理とはいえ……兄妹でしょう?」
呟きが部屋に響く。拓也が離婚を急いだ理由。財閥継承のスキャンダル回避だけじゃない。麻里奈さんが絡んでいる可能性も考えられる。
祖父・泰造の溺愛は異常だった。『麻里奈はワシの宝だ』と繰り返す言葉が、今になって違う意味に聞こえる。麻里奈さんを宝物と呼び、拓也に「守れ」と命じ続けた。幼い頃から、義理の兄妹の境界は曖昧にされていたのかもしれない。
あのダイヤモンドのリングは、拓也が麻里奈さんに贈ったものだったのか。私は深呼吸して、ルーペを置いた。
そういえば、拓也はイギリス支社に視察に行くと言って、半年に一度、出張に出掛けていた。
麻里奈さんと、会っていた?
ロンドンの霧の街角で、拓也が麻里奈さんの肩を抱き、ダイヤモンドのリングを嵌めた左手が絡む。甘い声で「お兄ちゃん」と囁く麻里奈さん。拓也の瞳が、優しく、でもどこか罪悪感を帯びて。
私は深呼吸して、ルーペを外した。「本当に出張だったの?」声に出して呟くと、新居の静けさが返事のように広がった。