俺があきらが何より嫌がっていた、『俺とあきらの関係をOLCのみんなに明かす』ことを決めたのは、堀藤さんの言葉がきっかけだった。
『格好悪くてもみっともなくても、本音をさらけ出してもらえたら、良くも悪くも気持ちは揺れますよ』
割とみっともないところは見せていたと思う。
『顔も見たくないほど嫌われる覚悟で押してみては? それでもダメで嫌われたら、諦めもつくかもしれませんよ?』
嫌われる覚悟は……。
なかったと思う。
だから、別れを告げられた時も、聞き訳の良い振りをした。
ずっと『恋人』になりたかったのに『セフレ』に甘んじてきたのは、あきらに嫌われて関係を解消されたくなかったから。それは、惚れた弱みであり、いつか俺を受け入れてもらえるのではという期待があったから。
ハッキリと関係の解消を告げられた今、何を恐れる?
嫌われる覚悟、をしたら、気持ちが楽になった。
まずは、俺の諦めない決意を伝えるところから。
けれど、早々にさなえの妊娠や陸さんの離婚と渡英の話で盛り上がり、俺の告白なんて出来る流れではなく。どうしたものかと考えながら、いつもより早いみんなのペースに乗っかって飲んでいたら、酔いが回り始めた。
あきらは俺を見ようとしないし、凹むばかり。
昨夜、眠れなかったせいもある。
俺の告白に、みんながどう反応するか、あきらがどう思うかを考えていたら、眠れなかった。
そのまま、寝不足だと話したら、女がデキたのかと聞かれ、事実を言った。
『デキてません』
その時の、あきらのホッとした表情を見逃さなかった。
今だ、と思った。
『マジで好きな女、いるんで』
今度は驚いた表情。
『素直になって、龍也を受け入れてくれるといいね。龍也なら、絶対大事にしてくれるんだから』
麻衣さんの言葉に、泣きそうになった。
ホント、それ。
絶対大事にするのに。
俺の気持ちなど露知らず、あきらは呑気にタコのカルパッチョを食べている。美味いらしい。
やっぱり、ハッキリ言わなければ。
そう思った時、千尋が言った。
『地球滅亡の瞬間、誰と一緒に居たい?』
『あきら!』
考えるまでもない。とはいえ、ほろ酔い加減でよく反応できたなと言うくらいの早さで答えていた。
『俺、あきらが好きなんです』
胸の痞えが下りて、スッキリした。
ついでに頭も、スッキリした。
『あきら、早く諦めて結婚して』
手を握り、それをみんなに見せつけるように高く上げる。
『俺は絶対諦めないから、あきらが諦めろ』
もう、遠慮はしない。
言うことを言ったら、後は押して押して押しまくるだけ。
大和さんの言ったように、毎日好きだと言う。陸さんの言ったように、ドロッドロに甘やかす。
恋人がいたって構うもんか――!
酔い潰れた千尋を迎えに来ると言う恋人を待っている間に、鶴本くんが麻衣さんを迎えに来た。
連絡して五分程度で来たのを考えると、近くで待っていたのだろう。
俺の鶴本くんへの印象はかなり良いのだが、陸さんの言動が気にかかっていた。
『地球滅亡の時、一緒に居よう』
そう言った陸さんの目は、本気だった。
だから、陸さんの鶴本くんへの態度にはヒヤッとした。職業柄、人当たりの良い陸さんらしからぬ態度だったから。
「へぇ。まともだな、見た目は」
初対面で、名乗りもせずにそう言った陸さんに、俺だけでなくあきらも麻衣さんも耳を疑った。
「で? 君の性癖は?」
「ちょ――、陸! やめてよ」
「そうだぞ、陸。聞き方がストレートすぎるぞ?」
大和さんは陸さんの加勢に回ったらしい。
「せめて、ご趣味は? って聞いてやんないと、答えにくいだろ」
大和さんと陸さんが、大学時代に麻衣さんを泣かせた男をボコボコに――もとい、麻衣さんと別れるように丁寧且つ強引に説得した話は、何度となく聞いてきた。俺も、一度だけ加勢したことがある。だからか、二人は麻衣さんに言い寄る男はみんな、変態認定しているのだ。
だが、一足先に会っていた俺は、その時の印象と、麻衣さんの様子からして、彼は今までの麻衣さんの恋人とは違うと感じていた。
「大和! 陸も! ホント、やめて。駿介はそんなんじゃ――」
「あ!」
あきらが麻衣さんの言葉を遮る。視線の先には、一人の男性。
「比呂……さんですよね? 千尋の彼の」
「はい。有川比呂といいます」
その男性は、俺と同じか少し年上くらいに見えた。
「ありかわひろ? すげー、千尋の名字って相川だよな? 名前、そっくりじゃん」
有川さんがジロリ、と大和さんを睨みつけた。けれど、すぐに口角を上げて笑った。
かなり、胡散臭い作り笑顔。
「千尋を連れて帰りますね」
そう言うと、有川さんは陸さんの腕を払い除けるようにして、千尋を抱き寄せる。
「歩けるか?」
有川さんの問いに、千尋がようやく瞼を上げた。
「比呂?」
「飲み過ぎだろ」
「ん……」
「帰るぞ」
「ん……」
千尋は、もうすぐ恋人と別れる、とか言っていたけれど、全然そんな雰囲気には見えない。
有川さんの千尋を見る目は優しいし、千尋も安心して有川さんに身体を預けている。
俺は千尋の恋バナこそ聞いたことがなかった。
大学時代も、恋人がいた話を聞いたことがない。
時々、会話から男嫌いなのかもしれないと感じることもあったし、俺から聞いたこともなかった。
だから、千尋の恋人に会うのは初めて。
恋人……でいいんだよな?
きっと、気づいたのは俺だけじゃない。
有川さんの左手の薬指。
どう見ても、結婚指輪だ。
だから、もうすぐ別れるって言ったのか……?
それにしたって、おかしい。
俗に言う不倫関係なら、のこのこと迎えに来たりするだろうか?
「おい! あんた――」
「――大和さん!」
俺と同じく指輪に気が付いた大和さんが有川さんに言いかけた時、あきらが止めた。
どうやら、あきらは何か事情を知っているようだ。
有川さんは俺たちに何か言おうと口を開いたが、迷って、やめて、また口を開いた。
「じゃ、俺たちはこれで」
そう言って、有川さんはタクシーを拾おうと大通に目を向け、千尋は彼の腰に腕を回す。
二人の関係が心配なのは、みんな一緒。
だが、問い詰めていいものかと躊躇したのは、千尋の気持ちを考えてのこと。
街灯が反射して、彼の指輪がやけに大袈裟に輝いて見えた。
「千尋、酔うとすげーイイですよね」
タクシーを停めた有川さんが首を捻り、俺を見た。暗くて良く見えないけれど、悪寒がした。
「けど、ヤリすぎると記憶飛ぶんで、ほどほどに――」
「――ご親切に、どうも」
低い声でそう言うと、有川さんは千尋をタクシーに乗せ、自分も乗り込んだ。
三秒ほどで、タクシーが走り出し、みるみる小さくなっていく。
「千尋、明日は腰立たなそうだな」と、大和さんが言った。
「ですね」と、俺が相槌を打つ。
「いや、お前のせいだろ」と、陸さん。
「龍也、酔った千尋と寝たことあんの?」
ギクッとして隣を見ると、あきらが、それはもう隠そうともしない嫌悪の表情で俺を見ていた。
「あるわけないだろっ!」
「ふーん」
「いや、マジでないから! 今のは――」
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