五
そうだ、座敷わらしが出ていくと家が没落するというなら、話の筋が通らない。三科家は今でも座敷わらしを祀ってるし、仕事をしなくても生活できてる。
この指摘に、賢人さんも頷いてくれた。
「うん、その意見ももっともだ。死体を発見したとき、間違いなく一度は座敷わらしはこの家から解放されている。それが、なんでまたこの家に憑いたかはまだ……」
言いかけて、賢人さんの目はまた本に吸い込まれていった。この先に答えが書いてあると思ったのかもしれないけど、こうなると俺たちにはもう、なにも分からない。
没頭してしまった賢人さんを横目に、孝太さんが立ち上がる。
「……大輔を手伝ってくるよ。一人で死体と向き合ってるなんて、俺なら耐えられない」
さっきまで荒れていたとは思えない冷めた表情だった。
だけど少し、その気持ちも分かる気がする。情報量が多くなりすぎて、もうなにもかも嫌になったんだろう。考えるのも、怒るのも、拗ねるのも、全部。
その上で年の近い大輔さんが家族の利益になることをしているのを思い出して、……臭くても怖くても、なにも言わずに炎を見ていられるところに行きたくなったんだろう。
焼くことに専念していれば、自責に駆られることもない。
それを俺は、不誠実だとは思えなかった。
「なあ、陸」
「うん?」
優斗に裾を引かれ、向き合う。
「完全に夜が明けたらさ、ちょっと付き合ってほしいところがあるんだ」
「いいけど……どこに」
「墓を、埋めたところ」
びくりとした。
「なんで、あんなとこ行きたいの?」
「わかんないけど──凄く気になるんだ」
分かる。俺も気になってた。
俺が来た日から急にこんなことになってしまって、あの日やったことと言えば、あの墓を埋めたことだけだ。きっと関係ない、関係ないに決まってると思いながら、もしかしたらって気持ちは拭いきれなかった。
だけど行くのが怖い。
「あの墓、本当になにも書かれてなかったのかな。気づかなかっただけで、どこかになにか書かれてたんじゃないかな。なんだかそんな風に思えて仕方ないんだ。あんなことしなかったら、もしかしたらこんなことには」
「……やれって言ったのは大おじさんだ。俺たちは悪くない」
「っ、それも、分かってる」
なにもしないでいることに耐えられないのは、孝太さんだけじゃなかったようだ。目を泳がせ、手を震わせながら、優斗は思い詰めた表情で唇を噛んでいた。
この家から少し、離れたいのかもしれない。
あそこに登るかどうかはともかく、その気持ちには同意できた。
「優斗」
声をかけると、パジャマの肩が震えた。
「いいよ、行ってみよう。墓を掘り出すならシャベルも持って」
勇気づけるつもりで背中を叩き、何度も頷く。それを泣きそうな顔で優斗が見返した。
「……ありがと、陸。でも一つだけ頼んでいいか?」
「なに?」
「もう、あんな風になるのだけは勘弁してくれ」
「あんな風って」
「墓を、埋めた時みたいな」
──静かな声に、ああと声が漏れる。
直前まで怖がっていたのに妙にハイになって、優斗の言葉も耳に入らないまま、墓を埋めることだけ考えていた時間だ。
俺があの山を、あの墓を怖がっている理由もそこにある。自分で思い返してみても、あの時の俺はなにかに操られているようだった。またあんな風になったら、俺はちゃんと、自分の考えや怖さを取り返せるんだろうか。
「保証はできないよ。俺だってなんであんな風になったのか、分かんないんだから」
俺の声も震えていたと思う。
それでもやっぱり、行かなきゃいけない気がした。怖くても行くべきだと思った。
空腹感もピークを過ぎすぎたせいか、全然感じなくなっていた。
時計が午前七時になると、どんよりとした空でも多少明るく思える。俺たちはじっとしているのも怖くて、ペットボトルとカビ取り剤、スポンジと手袋を持って出発した。
どれだけ降れば気がすむのか、雨はまだ止む様子もない。なのにあの山に向かう道は崩れもなく、大きな水たまりができている程度だった。
確かめるなら好きにしろとでも言われているようで、不気味でしかない。それでも引き返すこともできず、俺たちはあの山の麓に辿り着いてしまっていた。
「行こう」
優斗の声に力づけられて、山道を登る。他の道は滝のように水が流れ落ちているのに、ここは小雨が降った程度にうっすら濡れているだけだ。それが余計に怖かった。
前のようにハイになることもない。むしろこんな怖い場所に二人で来て、墓を埋めるなんてことよくやったもんだと、背筋がぞくぞくした。
湿気で喉の奥が重い。肺がうまく酸素を取り込めていないような感じさえする。優斗がやめようと一言でも言ってくれれば、きっと俺はそのまま帰っただろう。
だけどそうはならなかった。
木が、草が、一部を避けて撤退している場所に着く。──そのすぐ横。明らかに掘り返され、埋め戻された場所を目にし、俺たちは顔を見合わせた。
「やろう」
「……うん」
深呼吸して、シャベルを突き立てる。埋め戻したばかりの土は柔らかく、足かけを踏みつけなくても楽にすくうことができた。そのまま無言で土を掘り進める。後頭部に当たる雨がうっとうしかった。