「さむ…」
亮平は何も羽織って出て来なかったことを悔やんだが、すぐに家に戻るわけにはいかなかった。
亮平にとって、大好きな母親と過ごす時間は、いつも束の間でしかなくて、考える時間だけがたっぷりあった。その結果、亮平の夢想はまだ見ぬ新天地へと広がっている。
こんな片田舎の、閉塞した狭い世界に閉じこもっていても、訪れるであろう未来はたかが知れている。
まだ見ぬ大都会で成功して、母にとびきり楽をさせてやりたい。有名な大学で学び、お金をたくさんもらえる大きな会社に入って、母親を呼び寄せ、また二人で暮らす。それが今の亮平の、唯一にして最大の夢だった。母親が頑張ってここまで育ててくれた分、今度は自分が母を幸せにする。それこそが自分の使命だと強く思っていた。そのためには一日も早く大人にならないと。
「くしゅんっ!!」
まだ秋とは言え、日が昇り切るかどうかの、黎明の時間はもう寒かった。
亮平は公園のベンチに座って腕を摩り、寒さを凌ぎながら、朝が訪れるのを待っている。
できれば母が寝てしまうまでここにいたいのだが…
ふいに、ふぁさ、と、肩に大きなジャージが掛けられた。
俯いていた顔を上げると、そこには自分を憮然と見下ろす蓮の姿。その顔は少し怒っているように見える。
なぜ、蓮が、此処にいるんだろう…。
一方で亮平は不思議な気持ちで彼を見上げていた。
「風邪引くぞバカ」
「こんなところで何してんの」
「バカ。俺は毎朝走ってんの」
「………バカバカ言わないでよ……」
そう言えば、蓮は、走り込みだけは毎日欠かさなかったなと、練習をよく見学していた頃を懐かしく思い出した。
しかし蓮はなぜか頑なにこちらを見ようとしない。
長い間、二人の間で沈黙が続いた。
蓮は何も言わず、トントンと、爪先を地面に打ち付けている。
そんな蓮の苛立って見える後ろ姿に、いつの間にそこまで嫌われてしまったのかと、亮平は何だか悲しくなってしまった。母には勇ましいことを言い、自立すると宣言したばかりなのに、こんなに心が弱いんじゃダメダメだ。
亮平は肩にかかったままのジャージを手に取り差し出した。
「ごめん。これ、返す」
「……は?」
「俺、もう戻るし。知ってると思うけど、家すぐそこだから。じゃあね。サッカー頑張って」
去り際の亮平の、落ち込んだ、ひどく寂しそうな表情を見て、蓮はぽかんと呆気に取られた。そしてその後、すぐにむしゃくしゃして、足元の石ころを思い切り逆方向へと蹴り飛ばした。
亮平は、アパートに戻り、音がしないようにそうっと扉を開けたが、中は無音だった。
「あれ…?」
翔太のお気に入りのサンダルがない。
何処かに出掛けたのだろうか。
もしかして、自分を探しに?
亮平は部屋に入り、やはり中に誰もいないことを確かめると、今度は布団を頭まで被った。
しばらくすると、母親らしき気配がして、亮平はぎゅっと目を瞑り、寝たふりをする。翔太はポンポン、と、亮平の布団を優しく叩くと、翔太の携帯が鳴り出した。バイブではなく、着信音が響き渡る。
寝ている亮平を起こしてはいけないと思ったのだろう、慌てて電話に出た翔太は、囁き声で通話を始めた。一間しかない狭いアパートだ。静まり返った部屋では相手の声も時々漏れ聞こえて来る。それは亮平が聞いたこともない男の声だった。
「ごめんな、照、仕事前に」
『いや、大丈夫。どうかした?』
「今夜さ……時間、取れるか?」
誰だろう?
「俺たちの子に会って欲しいんだ」
コメント
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パパついに登場!?💛💛


面白かったです! 続き気になります😊