テラーノベル
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朝から、
雨だった。
窓を叩く、
細かい音。
シェアハウスの中も、
どこか静かだった。
「……こさめ?」
リビングで、
いるまが、
名前を呼ぶ。
返事がない。
いつもなら、
「なにー?」って、
すぐ返ってくるのに。
「……」
少しだけ、
胸がざわつく。
ソファにもいない。
キッチンにもいない。
「……部屋?」
小さく呟いて、
廊下を歩く。
こさめの部屋の前で、
止まる。
コンコン
「……こさめ」
返事は――
ない。
「……入るぞ」
ドアノブを、
ゆっくり回した。
「……っ」
ベッドの上。
こさめが、
丸くなっていた。
顔が、
赤い。
呼吸も、
少し荒い。
「……こさめ!」
思わず、
駆け寄る。
「……ん……」
薄く、
目が開いた。
「……いるま……?」
弱い声。
「……どうした」
手を、
額に当てる。
「……っ」
熱い。
明らかに、
熱がある。
「……熱」
呟いた声が、
少し震えた。
怖かった。
目の前で、
大事な人が、
弱っているのが。
「……ごめん」
こさめが、
小さく言う。
「……?」
「……うつる、から」
離れようとする。
その瞬間。
いるまは、
反射的に、
こさめの手首を掴んだ。
「……離れない」
「……え」
「……離れない」
もう一度、
言った。
はっきりと。
「……なんで」
こさめが、
かすれた声で聞く。
いるまは、
少しだけ、
俯いて。
そして。
「……嫌だから」
「……」
「……いなくなるの」
その言葉に、
こさめの目が、
揺れた。
いるま自身、
気づいていなかった。
口に出してから、
気づいた。
(……俺)
怖いんだ。
失うのが。
この人を。
「……だから」
手を、
ぎゅっと握る。
「……ここにいる」
こさめの目に、
涙が滲む。
「……いるま」
名前を呼ぶ。
弱々しく。
でも、
嬉しそうに。
いるまは、
タオルを持ってきて、
額に乗せた。
水も、
薬も、
全部、
準備した。
手際なんて、
よくない。
慣れてない。
でも、
必死だった。
「……ほら」
コップを、
口元に持っていく。
「……飲め」
こさめは、
少しだけ笑った。
「……優しいね」
その言葉に、
いるまの心臓が、
跳ねる。
「……優しくない」
ぶっきらぼうに、
答える。
「……普通」
でも。
手は、
ずっと、
こさめに触れたままだった。
しばらくして。
こさめが、
うとうとし始める。
「……いるま」
「……なに」
「……いる?」
「……いる」
即答だった。
迷いなんて、
なかった。
「……よかった」
安心した顔で、
目を閉じる。
その瞬間。
こさめの手が、
無意識に、
いるまの服を掴んだ。
「……っ」
離さないように。
まるで、
いなくならないでって、
言ってるみたいに。
いるまは、
驚いて。
でも。
その手を、
優しく握り返した。
「……どこにもいかない」
小さく、
呟く。
それは、
こさめのためでもあって。
自分のためでもあった。
眠っている、
こさめの顔を、
見つめる。
静かな寝息。
安心しきった顔。
それを見て、
いるまの胸が、
強く締め付けられた。
(……守りたい)
初めて、
はっきり思った。
守られていた側が、
守りたいと、
願った。
雨は、
まだ降っている。
でも。
いるまの世界は、
もう、
一人じゃなかった。
手の中に、
確かな温度があった。
雨が止んだのは、
夜になってからだった。
窓の外は、
まだ濡れている。
部屋の中は、
静かだった。
ベッドの横。
椅子に座ったまま、
いるまは、
ずっと、
手を握っていた。
細い手。
少しだけ、
冷たくなってきている。
「……」
さっきより、
熱は下がっていた。
呼吸も、
落ち着いている。
それだけで、
胸の奥の緊張が、
少しほどける。
(……よかった)
小さく、
息を吐いた。
「……ん……」
その時。
ベッドの上の、
こさめが、
ゆっくり目を開けた。
「……」
ぼんやりした目。
そして、
隣にいる存在に気づく。
「……いるま……」
名前を呼ぶ。
弱いけど、
はっきりした声。
「……起きたか」
いるまが、
少しだけ身を乗り出す。
「……うん……」
こさめは、
手を握り返した。
きゅ、と。
「……ずっと、いたの?」
「……ああ」
短い答え。
「……そっか……」
こさめの目が、
少しだけ、
安心したように細くなる。
沈黙。
でも、
優しい沈黙。
その時、
こさめが、
小さく言った。
「……ねえ」
「……なに」
「……名前」
「……?」
「……呼んで」
いるまの眉が、
わずかに動く。
「……呼んでほしい」
こさめの声は、
少しだけ、
甘えていた。
「……なんで」
「……ちゃんと、いるって」
目を見て、
言う。
「……聞きたい」
心臓が、
強く鳴る。
いるまは、
少しだけ、
迷った。
名前を呼ぶ。
それは、
怖いことだった。
大事になるから。
失うのが、
怖くなるから。
でも――
目の前の、
弱ってるこさめを見て。
「……こさめ」
呼んだ。
はっきりと。
「……ここにいる」
その瞬間。
こさめの目から、
涙が溢れた。
「……うん……」
嬉しそうに、
笑う。
「……いるま」
名前を呼び返す。
その声が、
あまりにも、
信頼していて。
「……っ」
胸が、
締め付けられる。
次の瞬間。
こさめの体が、
少しだけ、
前に傾いた。
弱って、
バランスを崩した。
「……!」
反射的に、
いるまが支える。
腕の中に、
こさめが入る。
近い。
近すぎる距離。
「……ごめ……」
こさめが、
謝ろうとした。
でも。
いるまは、
離さなかった。
それどころか。
ぎゅっと――
抱きしめた。
「……っ」
こさめの呼吸が、
止まる。
「……いるま……?」
震える声。
いるまは、
何も言わない。
ただ、
抱きしめていた。
離れないように。
消えないように。
「……いなくなるかと、思った」
ぽつりと、
零れた本音。
「……え」
「……怖かった」
正直な言葉。
隠さなかった。
「……こさめが」
腕に、
少しだけ力が入る。
「……いなくなるの」
こさめの手が、
ゆっくり、
いるまの背中に回る。
抱き返す。
「……いかないよ」
小さな声。
「……ここにいる」
「……」
「……いるまの、隣に」
その言葉が、
胸の奥に、
深く刺さる。
優しく。
あたたかく。
しばらく、
二人は、
そのままだった。
心臓の音が、
重なる距離で。
「……いるま」
「……なに」
「……あったかい」
こさめが、
小さく笑う。
いるまの顔が、
少し赤くなる。
「……お前が冷たいだけだ」
ぶっきらぼうな返事。
でも、
腕は、
離さなかった。
その瞬間。
二人の中で、
なにかが、
確かに変わった。
守りたいと願う気持ち。
隣にいたいと願う気持ち。
それは、
もう――
ただの「仲間」じゃなかった。
コメント
1件
いやああああああああああああ((おちつけごみ