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最近、俺は妙な夢を見る。
赤い髪の、少年が出てくる夢。いつも古びた朱色の着物を着ていて、顔ははっきり見えなかったけど、その額には燃え上がる炎のような痣が浮かんでいた。
少年は大きな家の外れにある、3畳程の小屋で暮らしていた。
その子にはお兄さんがいて、その子とは違い上級の袴を着ていた。大きく差をつけて育てられているようだったけど、お兄さんはその子に会わないように言いつけられていてもその子の様子を見に来て、一緒に遊んだり字を教えたりしていた。
その兄弟からは深い絆を感じさせる、優しくて温かい匂いがした。
その子の名前は、縁壱。お兄さんは、巌勝というらしい。
そういえば、俺は何をしていたんだっけ。
確か、那谷蜘蛛山の任務で累と対峙して…そんで、義勇さんに助けられて……
その後は――
「とっとと起きろっつってんだよ!!!!」
「はっ!?」
隠の男の声で炭治郎の意識が浮上した。地面に玉砂利が敷かれていることに気付き、那谷蜘蛛山ではない別の場所に連れてこられたことに気づいた。
「柱の前だぞ!!!!」
(柱……確か、善逸が言ってた、鬼殺隊で最強の隊員たちのことを指すんだったよな。つまりは俺の上官!?)
炭治郎がはっとして見ると、目の前には数人の隊員がいる。そしてその隊員達のボタンが炭治郎達一般隊士とは違うことに気づいた。
(金色だ。俺たちと違う!もしかしてこの人たちが柱!?)
「うむ! 目を覚ましたようだし柱合裁判を始めるとしよう!!」
そう言ったのは、炎柱の煉獄杏寿郎。燃え盛る火焔のような男。
「裁判を始めると言ったがその必要は無いだろう! 鬼を庇うなど明らかな隊律違反! 我らのみで対処可能! 鬼諸共斬首する!!」
それを聞いた全身から派手派手なオーラを放っている音柱・宇髄天元も
「ならば俺が派手に頸を斬ってやろう。誰よりも派手な血飛沫を見せてやるぜ……もう派手派手だァ」
とかなり過激な発言を飛ばす。彼が動く度に装飾品がじゃらじゃらと音を立てた。
隊服は露出が激しいものの、恋する乙女のような雰囲気を纏う恋柱の甘露寺蜜璃は
(え〜!? こんな可愛い子を殺してしまうなんて……胸が痛むわ、苦しいわ……)
と苦悶の表情を浮かべている。彼女は顔に出やすい素直な正確である。そして、
「嗚呼、なんというみすぼらしい子供だ……かわいそうに……生まれてきたこと自体が可哀想だ……」
と言うのはその巨体からは重苦しい圧が感じられる岩柱・悲鳴嶼行冥。全盲の眼は僧のような深い慈しみを帯びているが、言葉は無情なものであった。その傍ら、ぼーっと空を見上げて
(なんだっけあの雲の形 なんて言うんだっけ)
と何ら関係のないことを考えているのは、霞柱・時透無一郎。思考を読み取れない霞がかったような瞳をしている。
そして、煉獄の傍らに居た炭治郎のことを眺めていた鳴柱・久遠院光継が口を開く。落ち着きを払った佇まいからは、どこか他と一線を画す静かな光を感じる。
「焦るべきではないだろう、お館様がこのことを把握していないとは思えぬ。この者の処罰は後程考えた方が良いのでは」
「久遠院殿! あなたはこの者を擁護するつもりか?」
煉獄が意外だという声色で久遠院に話しかける。
(久遠院……この人が、善逸が言ってた1ヶ月足らずで柱になった人……)
そして、不意に上から声が降ってきた。
「そんなことより冨岡はどうするのかな?拘束もしていない様に俺は頭痛がしてくるんだが?」
声の主は蛇柱・伊黒小芭内。蛇のように絡みつくような、人を値踏みする冷たい雰囲気を纏う。
(伊黒さん、相変わらずネチネチしててヘビみたい……しつこくて素敵!!)
「胡蝶めの話によると、隊律違反は冨岡も同じだろ?どう処分する?どう責任を取らせる??どんな目に合わせてやろうか??」
ここまで人と視線すら合わせようとしない水柱・冨岡義勇の表情は、伊黒にネチネチ文句を言われても相変わらず凪いている。
「なんとか言ったらどうだ冨岡」
皆が視線を冨岡義勇に向ける。
(冨岡さん、離れたところに独りぼっち……かわいい!)
「まあ良いじゃないですか、大人しくついて来てくれましたし。久遠院様の言う通り処罰は後程考えましょうか」
と言ったのは甲の胡蝶しのぶ。蝶を模した大きな髪飾りと天女のような微笑みは、却って毒々しい印象を受ける。彼女は那谷蜘蛛山での任務に同行しており、事情を詳しく知っているため柱ではないが参考人としてこの裁判に参加している。
「それより私は坊やの方から話を聞きたいですよ。坊やは鬼殺隊の身でありながら鬼を連れて任務に当たっている。そのことについて、当人から説明を聞きたい。勿論このことは、鬼殺隊の隊律違反にあたります。そのことは知っていますよね」
胡蝶は一つ呼吸を置いてから話す。
「竈門炭治郎くん。何故鬼殺隊員で在りながら鬼を連れているのですか?」
「俺はっ!? がはっ」
顎を怪我した状態で無理に大声を上げようとした炭治郎の言葉が痛みで詰まる。
「水を飲んだ方がいいですね」
そう言うと、胡蝶は携えていた瓢箪を炭治郎に差し出す。
「顎を痛めていますからゆっくり飲んでください。鎮痛薬が入っているため楽になりますが、怪我が治る訳ではないので無理はいけませんよ」
炭治郎は薬水を一気に飲み干し呼吸を整える。
「では、竈門炭治郎くん」
炭治郎は先ほどより落ち着いた声で話し始める。
「鬼は……俺の妹なんです。俺が家を留守にしている時に襲われ、帰ったらみんな死んでいた……妹は鬼になったけど、人を喰ったことはないんです。今までもこれからも。人を傷つけることは絶対にしません!!」
木の上で伊黒が大きなため息をついた。
「くだらない妄言を吐き散らすな……そもそも身内なら庇って当たり前。言う事全て信頼できない、俺は信用しない」
「あぁ、鬼に取り憑かれているのだ……早くこの哀れな子供を殺して解き放ってあげよう」
伊黒と悲鳴嶼は炭治郎を禰󠄀豆子諸共処分する気満々である。炭治郎は必死に食ってかかる。
「禰󠄀豆子が鬼になったのは2年以上前のことでその間禰󠄀豆子は人を喰ったりしていない!!」
「話が地味にグルグル回ってんぞアホが! 人を喰ってないこと、これからも喰わないこと。口先だけでなくド派手に証明して見せろ!!」
「なんだっけあの鳥 えーと……」
混沌と化しどちらかというと言い合いになっている裁判。ここに甘露寺は疑問を投げかけた。
「あのー……すみません。やっぱりお館様がいらっしゃるまで待った方が良いのではないんでしょうか…。この様子だと例の鬼を連れて何度か任務に出ているようだし、御館様がこの件を否と思っていたら、もっと柱合会議が前倒しされて召集されてる筈ですし……。久遠院さんの言う通り、いらっしゃるまでとりあえず待った方が……」
炭治郎は居ても立っても居られず甘露寺の言葉を半ば遮り声を荒げた。
「妹は俺と一緒に戦えます! 鬼殺隊の一員として、人を守るために戦えるんです!! だから」
「オイオイ何だか面白いことになってるなァ……鬼を連れてた馬鹿隊員はそいつかィ」
すると突如として炭治郎の声を遮ったのは、傷だらけで荒々しく思わず息が詰まるような、嵐を思わせる人相の男――風柱・不死川実弥。
日の光を遮るために禰󠄀豆子がいつも入っている箱を片手で持ち上げ登場した不死川を冨岡が睨む。箱は不死川が勝手に持ち出したようで、後ろでは隠がオロオロしていた。
「不死川様! おやめください! 胡蝶様申し訳ありません……」
(不死川さんまた傷が増えて素敵だわ!)
甘露寺が内心胸を高鳴らせる。
「不死川さん。勝手なことをしないでください」
(しのぶちゃん怒ってるみたい……珍しいわね、カッコイイわ)
また甘露寺が胸をキュンと踊らせた。そんな甘露寺の胸の内や雲ひとつない澄み切った青空と違い、産屋敷邸にはとても重い空気が流れている。
「鬼が何だって? 坊主ゥ……鬼殺隊として人を守るために戦えるゥ? そんなことはな……ありえねぇんだよ馬鹿がァ!!」
不死川が抜刀し箱を突き刺す。箱からは禰󠄀豆子の血が滴り落ちた。これには流石の甘露寺も顔を歪める。
すると隠の拘束を振り切った炭治郎が不死川に突進した。すかさず不死川も炭治郎を狙って拳を振るう。
「不死川やめろ! もうすぐお館様がいらっしゃるぞ!」
一瞬、不死川が冨岡の声に気を取られた瞬間――
ゴチン!!
不死川の拳を避け一瞬の隙をつき、炭治郎の石頭による頭突きが炸裂する。直撃を食らった不死川の鼻から血が吹き出る。
(冨岡が横から口を挟んだとはいえ不死川に一撃を入れた……)
伊黒は目を細める。
「善良な鬼と悪い鬼の区別もつかないなら柱なんて辞めてしまえ!!」
「てめぇ……ぶっ殺してやる!!」
まさに売り言葉に買い言葉。2人は一触即発の険悪な雰囲気。しかし。
「お館様のおなりです」
その一言で散っていた柱達が並ぶ。空気が引き締まる。
(!? なんだ)
炭治郎の目に映るのは、両脇に居る白髪おかっぱに揃いの着物と髪飾りを身につけた少女達のの手で支えられ、ゆっくり館の縁側へ歩いてきた男。
「よく来たね。私のかわいい子供達」
ゆっくり喋る男の顔の上半分は紫色に爛れている。黒目は薄紫に濁り、失明しているようだった。
(傷……いや病気か……?)
「おはようみんな、今日はとても良い天気だね。空は青いのかな?」
その声は胸の奥底から温かくするような、まるで夜明け前の静けさに包まれているようだった。
「新しい柱も迎え、皆無事に半年に一度の柱合会議を迎えられたこと、嬉しく思うよ」
どこか神秘的で、不思議と懐かしさを感じる――
この男こそが、御館様こと産屋敷耀哉。鬼殺隊の第97代当主である。