テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1,231
#ワンナイトラブ
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
常葉くんは好きとか愛してるとか甘い言葉を殆ど言わない。
因みに今までに4回しか聞いたことがない。中学生みたいに、そんなのを数えてる私もどうかと思う。
旺くんは言い訳みたいに私に『好き』ってしょっちゅう言っていたな。浮気がバレた時もそうだった。
『私の事好き?』
昔は私の口癖だったのに、常葉くんにそれを聞こうとは思わない。
“言わせた言葉貰って酔う女は嫌い。”
なんて見透かされた上に拒絶されそうだ。
それも理由にあるけれど、聞かなくても大丈夫って思う私は自分に酔っていると思われるかな。
それでも、たまには聞かせてくれても良いのにな。
バッグの肩紐を握り直してちら、と、隣を見上げると、それに気付いた瞳が私に落ちる。
「なに?」
「なんでもないです」
「酔い足りなかった?」
「…違います」
「ふぅん」
質問に逃げる私を、常葉くんはすぐに手放す。
知ってる。二人で並んで歩くのは決して多くはないけれど、その時はいつも反対側の手でバッグを持ってくれていること。
だけどそのアクションはいつも無い。それがいつも、少しだけもどかしい。
「そう言えば、昼、集られてなかった?」
ドライヤーの音に乗って届く声に見上げると、常葉くんは隣に腰掛ける。
濡れた髪をタオルで乾かす姿を視線で追いながら記憶を掘り起こす。
「あぁ、ほら、さっきの異動の話が漏れたのかな、詰められてて」
「普段頼りきってるから焦ってんだろ」
「すごい引き留められちゃった」
スイッチを切って手渡しすると、ため息をひとつ落とした。
先程の居酒屋でも、話題は異動の話だった。
秘書課の一人が退職するからと、私に白羽の矢が立っているのだ。
しかし私に秘書が務まるわけが無い、無理だ。
今まで何度か断っているのに再び勧誘された。更に今日は常務と話す機会があったので、それが噂の火種となったのだろう。
ランチボックスを仕舞う私の前に、橘さんはじめ事務課の数名が囲ったのだ。
『穂波さん、秘書課に異動するんですか!?』
そうして開口一番、驚くべきことを紡ぐのでこちらも身構える。
『……しませんよ』
『本当ですか!?』
『良かった……穂波さん抜けたらうちの部署終わりですよ……』
『寿退社もないですよね!?』
安心してみせるのもつかの間、再び詰め寄られてしまうので思わず咳込んだ。
『いつもつけてるそのネックレス、彼氏からでしょ?』
『穂波さん〜私を置いて辞めないでくださいよ〜』
と、泣きつかれる上に身体を揺すられてしまって、『大丈夫ですよ、』と悲しくなるような言葉を貼り付けた笑顔と共に吐き出した。
寿退社、か。
ちらりと見上げると緩やかなパーマヘアーは気持ち良さそうにドライヤーの風を受けて靡いている。
細い首筋に拭いきれなかった水滴が滴り、それがやたらと色っぽい。
「でも、最近表情豊かになりましたね」
その横顔を飽きずに見蕩れていれば、再び思い出したように常葉くんの視線が落ちる。
「え?表情?」
「職場で」
答えを言われて、あぁ、と、頷いてみせる。
「そうなんですよ、凄くいじられるんです」
「良かったじゃないですか、肩の力抜けて」
「でもまだ勇気がいるので、職場用の練習中です」
口を結ぶと、ドライヤーの音が消えて、代わりに華奢な指先が私の頬を摘んだ。
「無理して、笑うと」
そうして一言、ぽつりと零して頬をグルグルと回していく。
「また心を隠すようになるから」
何時になく常葉くんの声は慎重に鼓膜を揺らし、指先は私を解放した。
「今度はそれが上手になるくらいなら、今のまんまが良いんじゃないですか」
摘まれていた頬を手で摩って、その言葉を噛み砕く。
「事実談、ですか?」
「姉がそんな人で。姉と真逆のタイプの人だなって、最初に穂波さん見た時思って」
お、お姉さんが居るんだ……!
今日は随分と常葉くんの家族の話を聞く日だ。
ご両親の話を聞いた時と同様、すぐに脳内で再現してみる。常葉くんがお父さん似って話していたから、お姉さんはお母さん似なのだろうか。簡単に想像してみても美人にしかならないし、一瞬で常葉家一色になる。
だけどそれにしても常葉くんの言葉は、疑問が耳の奥に残る。
「……私と真逆って、どういうこと?」
「姉は表情筋で笑う人、あんたは表情筋でそれを消してる人」
「……お姉さんは、愛想笑いしてたってこと?」
素直に言うと、常葉くんはまっすぐと前を向いたまま小さく頷く。
「昔虐められてて、家族に心配かけたくないって笑顔ばっか上手になった人なので」
それは、そっか、と、簡単に返事をするのも躊躇われてしまう内容だった。