パニック過ぎて、日も過ぎて……
あのアナフィラキシーショックの大騒ぎの日から十日が過ぎていた。
げんきんなもので季節は早くも周囲の空気に秋の気配を色濃くしていた。
あの、永遠に続くかと思われた激闘の夏の日々も、これから訪れる寒く厳しい冬に比すれば懐かしさと温もりすら感じてさせてしまうつるべ落とし。
この日ほんの数日振り、まあ、久しぶりに幸福寺を訪ねたコユキに善悪が笑顔を浮かべながら言葉を掛ける。
「お、久しぶりでござるな、コユキ殿、暫く(しばらく)見ない間に又、太ったのではござらぬか?」
コユキは面倒臭そうに、大好きな幼馴染の顔を見つめながら答える。
「んなワケナイジャナイ! 馬鹿ね! そんな事より話しがアンのよ!」
善悪は首を傾げているだけだ、仕方なくコユキが言葉を続けた。
「家族の皆は、明日退院できそうだわ! ありがとうね! 善悪の協力のお蔭で、家族を取り戻せたからね…… 本当にありがとう、よしおちゃん……」
なんだ、コユキ泣いちゃったのかよ? しょうがないなぁー!
「とんでもないでござる、拙者如きがコユキ殿の力になれたのであれば重畳(ちょうじょう)、こちらこそありがとうでござるよ! んでも、御家族が無事で本当に良かったのでござるな!」
言いながらコユキに先行して庫裏(くり)まで歩き、いつも通り居間の入り口に辿り着いた善悪の耳に聞き慣れない言葉が、
「えと、お、お邪魔しまーすっ!」
「へっ!?」
驚いて言葉を失い廊下に立ち尽くした善悪に構わず、いつも通りの風情で、ずかずか居間に入って行くコユキ。
ドッカリと定位置に座りこんだコユキの顔はどことなくムスッとして不機嫌そうにも見えた。
善悪もコユキの正面に腰を下ろして、お馴染みの緑茶を急須から湯呑へと淹れコユキと自分の前に置いてから声を掛けた。
「どうしたでござるか? 何かあったのであろ? それに、さっきの『お邪魔します』って、一体全体、どうしたのでござるぅ?」
コユキはお茶を一口啜り、つまらなそうな顔でに答える。
「んー、なんかお婆ちゃんがね煩い(うるさい)のよ、『聖女と聖戦士は必要以上に親しくなるべきでは無い!』なんて言っちゃってさぁ! んな事言うなら最初から幼馴染を選ぶなよって思わない? んでね、和尚様に対する態度や挨拶なんかも気をつけろぉ、とか注意されちゃったのよねぇ」
「むむむ、なるほど…… それでさっきの『お邪魔します』、で、ござるか…… にしても、良く素直に聞いたのでござるな? 言い返さなかったの? 珍しく」
首を傾げて尋ねた善悪に深い溜め息を吐きながらコユキが返す。
「しょうがないじゃないの、これから又部屋で引き篭もるんだし、スポンサーには弱いのよね、こう見えてニート界隈も案外厳しいのよぉ……」
コユキは菓子盆の中の茶菓子を品定めしながら言い、お目当てを見つけたのか、僅か(わずか)に表情を変えていた。
これは『ラッキー! やた』って顔だな、と、ここ最近で見分けられるようになった善悪は思うのであった。
「ニート、で、ござるか……」
「そうよ、決まったやり方、所謂(いわゆる)セオリーってのが無いからね、いつも周囲の反応見ながら試行錯誤の連続よ、身も痩せる思いなのよ」
どの口が言う……
「ま、アタシの事よりアンタの方はどうなのよ? 順調なんでしょ?」
身も痩せたらしいデブに善悪が答える。
「ああ、オルクス君と協力してサウルさんのお骨も手に入れたし、檀家会のお蔭で白壁の修繕も順調でござる! 後は注文してあるフィギュアが届き次第、クロシロチロをこっちに呼び出せば、まあ、一段落でござるよ」
「ふーん、んでその後は『バアルの狙い』と『オルクス君不調の解明』、それと『動き回るバアルの謎』、かぁ? アンタも気苦労が絶えないわねぇ」
コユキの言葉を聞いた善悪は急に顔付きを真剣な、めっちゃ真面目な物にしてコユキに話し掛けたのである。
「その事でござるが、単刀直入に言うのでござる! ねえコユキ殿、これからも拙者にっ、いいや拙者達に力を貸して欲しいのでござるっ! これ、この通り!」
「へ?」
つるりと光った頭を下げた善悪に対してコユキが間の抜けた返事を返すが、善悪は尚も縋る(すがる)様な態度で言葉を続けた。
「勿論、只と言う訳ではござらぬ! 給料も三十万位なら払うでござるし、各種保険なんかも家の寺の場合は檀家会が一般法人化してるから、ソッチ関係に所属すれば普通に入れるでござるし、有給とか福利厚生の話しなんかも――――」
「……善悪」
「え?」
「アタシに働けってか?」
「あっ!」
コユキはおっかないムード満々でジトッとした目で善悪を睨んでいたが、不意に表情を緩めて愉快そうな声で言うのであった。
「なはは、ビビったか善悪! 冗談よ! 給料なんか要らないわよ、保険とかもね! 何て言うの? あ、ボランティアよボランティア! その代わり、ご飯とオヤツについては確り頼むわよ! 今まで通り一緒に頑張りましょ! なははは」
「ほ、本当にぃ?」
コユキが豊満すぎる我が儘(わがまま)贅肉ボディを反らして答える。
「本当よ! 第一パーティ名どうすんのよ? 『ツルピカ戦士にガッカリする仲間たち』にすんの? やっぱり、『聖女と愉快な仲間たち』でしょ? 違うの? どうっ?」
「う、うん、そうだね…… ありがと、う、うう、う……」
ありゃりゃ、今度は善悪が泣き出しちゃったよ、やれやれ♪
「ワァイ、ウレシミ~」
「コユキ様これからも宜しくお願い致します」
「ははは、当然の結果です、善悪様はメンタルが弱いのです」
「コユキ様、うれしゅうございますわ」
「ふむ、新パーティ名の検討はやはり不要でしたなぁ、うんうん」
「露払いはこの『破壊者』にお任せを、我が聖女よ」
「くははは、善悪泣いた、泣いたぞ、くははははぁ」
座卓の下で息を殺していたのか、スプラタ・マンユの七人が嬉しそうに飛び出してきた、だけでなく善悪の首に掛けられた白銀の念珠と漆黒の念珠、アフラ・マズダとアンラ・マンユも激しく輝いてコユキの残留を歓迎しているように見えた。
「なに、アンタ達も喜んでくれてるのん? あらあら、七大徳だけじゃなくて、七大罪まで! 嬉しいじゃない! あんがとね♪」
コユキの言葉に、涙を拭いつつ善悪が言った。
「いや、もう大罪とは呼ばないでござる! 某は彼等七人を含めて『十四大徳』と呼ぶ事に決めたのでござる!」
コユキが驚いた顔で聞いた。
「え? そんなの勝手に良いの?」
善悪が堂々と胸を張って答える。
「良いに決まっているでござる! 信仰とは教義とは本来市井(しせい)に生きる人間のための物! 人間から生じる徳も罪も組織が断じたり、ましてや罰する事の方が異常なのでござる! この拙者の気持ちの前では、法王庁にもポタラ宮にも聖光会にも正教会にも…… 当山にも本山にも、一言たりとも文句を言わせないので、ござるっ!」
善悪の覚悟にパチパチパチと惜しみ無い拍手を捧げるスプラタ・マンユとコユキ。
台所から姿を現した長身に青白い肌の筋肉質な青年が、一同に声を掛けた。
「善悪、コユキ、昼飯にしないか? 我お腹空いちゃったんだけど?」
二人も異論は無かったようで、ヨイショと腰を上げ、台所に向かって行く。
その姿を目で追いながら青年は、美しく整った顔にニヒルな笑みを浮かべながら呟くのであった。
「元は一つの物が二つに分かたれ、再び共に行動した事で、互いに不可欠な存在だと認識してしまったのだ…… 今更、離れられる訳が無かろうに…… やれやれ、世話が焼ける兄上達だな、フフフフ……」
コユキと善悪、そしてまたもや増えた愉快な仲間たち、幸福寺の賑やかな日常はこれからも続いていく様である、良かった良かった。
………… ふぅ
そろそろ最初の観察を一旦、終了させる事としよう。
思った以上にバタバタだったが、それも又、愉快だったのかも知れないな。
次の観察は…… うーん、そうだな、あそこにするか!
皆様には、私の観察にお付き合い頂き心より感謝している。
ありがたい、というか、ありがとう……
願わくば、次の観察にも再びお付き合い頂ければ、嬉しい事この上ないのだがぁ……
再び合間見える事があれば、その時もどうかよろしくお願いしたい。
私は観察者、人々の行動を観察し、時に経験を共有する者である。
観察の一 悪魔たちの円舞曲(ロンド) 了
あとがき
これにて【堕肉の果て】第一章『悪魔たちの円舞曲(ロンド)』は完結となります。
数日間の幕間、副読編の投稿に続き、
第二章『暴虐の狂詩曲(ラプソディー)』の投稿を予定しておりますので、
引き続きお付合い頂ければ大変嬉しく思います。
お読みいただきありがとうございます。
感謝! 感激! 感動! です(*‘v’*)
まだまだ文章、構成力共に拙い作品ですが、
皆様のご意見、お力をお借りすることでいつか上手に書けるようになりたいと願っています。
これからもよろしくお願い致します。
拙作に目を通して頂き誠にありがとうございました。
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