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ボガッ! バコバコバコっ! ドガァッ!
「分かったか! これに懲(こ)りたらもう、あの娘の近くでウロチョロすんじゃねえぞぉっ!」
大きな体の、ガキ大将が僕に言う。
こいつが言う『あの娘』が誰の事なのか、僕は分かっているつもりだ。
この暴君が大好きで、実のところ僕も密かに思いを寄せている、あの子の事だろう。
何で分かってしまったんだろう?
僕が彼女へ抱く気持ちなんておくびにも出さないように日々を過ごしていたと言うのに……
彼女は学年で一番勉強が出来る、体育と図画工作では些か(いささか)残念な評価を受けているが、この田舎町の小学校、四年生の中では突出した天才である。
だから、当たり前の様にモテる。
いじめっ子も意地悪な女子も彼女に対してだけは、何か遠慮気味に距離をとっていた。
僕のような凡百(ぼんびゃく)で、何の取り柄も無い男子からすれば雲の上の存在、それが彼女であった。
唐突だが、僕は彼女が好きだ。
何時(いつ)からかはもう思い出せないけれど、記憶にある最初の頃から『好き』だった事は間違いが無い、と、思う。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか分かんないけど、彼女は要所要所で僕を気に掛けてくれていた…… とも、思う、うん。
思い出すのは二年前、いじめっ子達に教科書やノートをドブに投げ込まれた僕を彼女は庇ってくれた。
のみならず、泥とヘドロで汚れてしまった僕の教科書やノートと、綺麗なままの自分の教科書それに綺麗な文字で|綴《つづ》られたノートと交換した彼女は言ったんだ。
「これからも、アタシが守ってあげるからね!」
ふんすっと鼻息荒く宣言した彼女の姿は僕には眩しすぎて、そう、こないだ本で呼んだジャンヌの様に映ったんだ。
あの日から二年間とちょっとの間、僕は彼女の事ばかり考えていたんだ。
どうすれば、格好良い彼女の横に並び立つ男になれるのだろうか?
いつか、彼女を守る男になる為に何を為すべきだろうか?
それが僕の命題となったんだ。
んでも、まだまだダメだな……
どころか、彼女を守るなんて夢の又夢、あの娘が学校を休んだだけで、こうやっていじめっ子にやられちゃうんだからな……
よろよろと立ち上がった僕は、一旦ランドセルを下ろし、体についた土ぼこりをポンポンと払いながら自分に言い聞かせるように言ったんだ。
「まだまだ弱いな~、んでも今日は泣かなかったぞ! てへへ」
ちょっと鼻血が気になっていたけれど、袖で強引に拭き上げた僕は自分を鼓舞するように笑ったのである、どうだ、凄いでしょ?
改めてランドセルを背負った僕は首に掛けた真っ白な念珠を擦りながら、あの娘の家を目指して歩き始めたんだ。
んでもあの娘の家は遠いのだ。
テクテクテクテクテクテクテクテク……
台地をだいぶ登ってきた。
僕んちのお寺はもう随分前に通り過ぎている。
不意に僕の頭の中に慣れ親しんだ声が響いた。
『ボンっ! この先に何かいるぜ! いっちゃいけねえよ!』
僕は声に出さず、彼に答える、つまり思うのである。
――――ベレト、この先にあるのは一軒だけだよ! 僕が向かっているのは正にその家なんだ! やばい奴がいるんなら、そうなら! 僕が行く! いくんだよおぅ!
|暫し《しばし》の沈黙の後、彼、ベレトは返事をしてくれた。
『しゃーねーなぁ! ま、任しとけ! ボンの事は俺らが守るぜぇ! んなぁ、なっ! 兄弟?』
『『りょっ!』』
心強い事この上ない。
返された力強い声に支えられるように僕は目的の家へと急ぐのであった。
辿り着いた大きな農家さんの門扉(もんぴ)に掲げられた表札には『茶糖(サトウ)』と掲げられている。
徳川の世が終わった後に、多くの侍がこの未開の台地を開拓する為に移り住んだそうだ。
世界はマラリアの耐性を持つと信じられ始めていた日本茶、緑茶、特に煎茶に注目していたのであった。
茶糖の家は、自ら望んでこの台地に引っ越して来た訳では無い……
貧しい御家人から、譜代の大名に請われて名を為した茶糖家は古くからの同輩達に請われ請われて、仕方なくここに居を移したと言われている。
曰く、槍の茶糖、昭和から平成に世は移っても、この田舎町では語り継がれる武門の家柄である。
槍の巧み、台地の守り手、守護者の家柄……
自(おの)ずと肝が引き締まるのを感じてしまう、ましてや僕の密かな想い人の家なのだ、ドキドキが止まらない。
緊張から、そっと敷地内を覗き込んだ僕の目には思いもしなかった存在が映っていた。
あの、半透明な存在、大きな耳に毛の無い頭部、蝙蝠(コウモリ)のような羽を持った邪悪な感じの生き物……
あれ、悪魔だよね? 僕はそう思ったんだ。
頭の中で、ベレトや他の友達が僕に声を掛けてくる。
『ボン! ヤッパ居やがったぜぃ! やばかねぇか? 一旦寺に戻って親父、清濁(キヨオミ)に頼んだほうが良いぜぇ~』
『ベレトの馬鹿の言う通りだぜ、坊ちゃん! ポロ、一旦戻ろう、な! そうしとけよ! ポロッポウ』
『ふん、弱虫どもが、ボウ、我、ゼパルが供に戦おう! 恐れず、愛する娘を救うのだ、ギヒヒヒヒ』
こいつ等の意見なんかどうでもよかった、だって、僕はもう決めていたんだから、戦うことを!
「ううん、僕が戦うんだ、だって戻ってる間に彼女が危険にさらされたらダメだから!」
『『『ふぅ~、大好きなんだよなぁ~』』』
「ば、馬鹿っ! からかうなよ、もうっ! で、でも、行くぞっ!」
『『『応っ!』』』
頭の中に響いたハーモニーに押されるように僕は行動に移したんだ。
バァーン!
門扉の脇から飛び出した僕は、半透明の蝙蝠(コウモリ)ハゲに言ったんだ。
「おいっ! コユキちゃんは今日熱を出しているんだぞ! 病気の人を狙うなんて、卑怯なハゲ悪魔だ! お前なんか、僕が倒してやるんだからなぁ!」
「ん? なんだ? 小僧、俺が見えるのか? くへへ、中々の霊力を持っているようじゃないか、我の名は『ガープ』! 君主にして地獄の総裁である! 人間めが、死して我が腹中で悔恨の舞を踊り狂うが良い!」
言い終えた『ガープ』はハゲ頭を煌(きら)めかせながら僕に向かってその鋭い爪を向け、抉る(えぐる)ように飛び掛ってきた。
僕は『ガープ』の動きをギリギリまで見極めた後、正中線を彼に向けたまま、僅か(わずか)に胸から上だけを動かしてその爪をギリで避けた。
いつもパパンとグランパに稽古をつけて貰っている時と同じ様に、声に出しながら拳を前に突き出すのであった。
引き込んだ体重移動を反転させ、全身の捻りをその前方への重さに加えながら、
「お前らなんか恐くないんだからな! 見ろ! えっと、 セーノっ、半歩崩拳(はんぽほうけん)、天地を打つ…… いや、穿つ(うがつ)っ!!」
大人同志なら人中を打つのだろう、子供と大人でも水月を打ち貫いたであろう、だが、まだまだちっちゃな僕の崩拳は、体の大きな悪魔『ガープ』の股間、所謂(いわゆる)『金的』をスッパーンと打ち抜いたのであった。
キィィーンーっ!
――――決まった!
そう心中で喜ぶ僕の前には声も出せずに悶絶する『ガープ』の姿があった。
『この愚か者め! ガープ、貴様はもう終わりだこのゼパルが引導を渡してくれよう!』
『待て待て! 兄弟! ここは我輩、ベレトが処理してくれる、魂の損耗を永遠に味あわせてくれようではないか! ヌフフフ』
二人を止めたのは、僕の中にいる最初の友達、カイムの声だった。
『ポロッポー、待つのだ友よ、ポロ、倒したのは我等が主、坊ちゃん一人だポロッポー! ここは坊ちゃんの思うままにするのが我等のポロッポーじゃねぇか? ポロッポー!』
『『そっかーっ!』』
残りの二人も異論は無いみたいだ、よかったよかった!
僕は悶絶中のハゲ悪魔、ガープに聞いた。
「んで、君どうするの? このまま倒されるほうが良いの? それとも僕の子分になる? どっちでも良いよ、ん? んん?」
ハゲは言った。
「こ、子分で、お、お願いしますぅ」
僕は答えた。
「りょっ!」
その後、僕は自分のノートから、今日彼女が聞けなかった授業の分のノートを破って茶糖さんちのポストに入れて帰路に着くのであった。
ポストに投函する時に、彼女の声が家の中から聞こえてきた。
「お母さん、アタシもカレー食べれるよぉ!」
彼女の母親が答えた。
「アンタ大丈夫? 熱下がって無いでしょう?」
元気一杯の大好きな声が響いた。
「もう、治ったーぁ! 今急に下がった気がするよぉ! カレーカレーカレー! てへへっ! カレーェ食べるぅ!」
「もう、コユキったら! んふふ」
僕は思う、明日は彼女も回復して元気に登校して来るだろう! 良かったっ!
家(お寺)に向かって歩き出した僕の首に掛けられた純白の念珠の中で四つの声が話し合っているようだ。
掛け替えのない友達はこの念珠の中にいるし、新たに加わったガープとも仲良くなれそうな気がする♪
他の友達なんか欲しくは無いさっ。
そう、後は彼女さえいれば…… てへっ! 照っ!
さぁ、寺に帰ってご飯を食べて、お風呂に入って、大好きなソフトビニール製のフィギュアを満喫しよう! うふふ、楽しみだなぁ!
大きな門を潜った僕の心に安心感と仄か(ほのか)なゆとりが戻って来た。
恥ずかしいけど、情けないけど、このお寺の中でだけは僕は万能なんだ、んだから! 言おう!
皆さん、はじめましてっ! 僕はこのあたりで一番大きなお寺の孫、茶糖さん家のコユキちゃんに首ったけ、大好きな、幸福(こうふく)善悪(よしお)、十歳、なんだっ!