テラーノベル
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「そういえば年末、どうすんの?」
足先がちょん、とぶつかる程度のテーブルを囲み、簡単に暖簾で囲われた個室で仕事の話題も存分にし尽くした。
土鍋に残る具材を全てかき集めた頃、つい先日電話で催促された話を常葉くんはするので「そうだ」と、思い出したように口を開く。
「お母さんが五月蝿いし、少し実家に帰ろうかと。常葉くんは?」
「俺も帰省する予定。穂波さんはいつから?」
「うぅん……常葉くんに合わせます」
「じゃあ正月休み入ったらすぐに帰ろう」
「え、ぇ、少しもゆっくりせずに帰っちゃうの?」
二週間後のスケジュールを頭で組み立てながら、コトン、と、グラスを静かに鳴らして湯気越しに常葉くんを見上げる。
嘘だよ、向かいで常葉くんは簡単に微笑むから、一息ついてIHコンロの熱源を消した。
あれから特に大きな喧嘩も問題も無く、私たちは変わらずに二人でいる。あっという間に忙しない年の瀬が目前と迫っていた。
変わることの無い関係。だけど例年とは確実に違う今。
「……穂波さんも、一緒にどうですか?」
箸で掴めないほどくたくたに煮込まれた白菜を何とか摘んで口に運ぶと、常葉くんは何やら意地悪そうに微笑むから「ん?」と惚けてみせる。
「俺の実家」
やはり彼は突拍子もなく私の心臓が跳ね上がるワードを出すので、喉の奥で息が詰まって咳込んだ。
実家って、常葉くんの家族がいる所だよね?
生まれ育った家って意味だよね?
妹さん居るんだっけ、高校生だっけ、可愛いでしょ、パリピでしょ、お母さんは美人でしょ、お父さんはイケメンでしょ、セレブ一家でしょ、お土産は……
瞬時にフルスロットルと化す脳内に収集をつけるように、息を整える。
「そ、それはまだ、お、恐れ多いですっ!」
「……そうですね、まだやめとくわ」
常葉くんは息も絶え絶えの私に新しいお冷を注いでくれるので、一気に口の中を冷ますと頭も冷静さを取り戻す。
本気だったのかな、今の。
常葉くんは相変わらず意地悪な事ばかり言うし、冗談との境界線が分からない。だから私は、変わらず振り回されっぱなしだ。
「でも常葉くんのご両親、見てみたい気もします……」
追加で頼んだ梅酒のグラスを傾けると液体と共に、カラン、と氷がぶつかる気持ちのいい音が口の中へ吸い込まれる。
「見ても面白く無いですよ」
「常葉くんはどっち似ですか?」
「完璧父親似ですね」
「うわぁ……お父さんもかっこいいんですね……!」
脳内で簡単に、常葉くんが歳を重ねた様子を思い浮かべるけれど、何処をどうやってもかっこいい姿しか再現されない。寧ろ色気が出て更にいいかもしれない。
……見てみたいな、その頃の常葉くんも、変わらない距離感で。
ただ、常葉くんのお父さんと言えば、どこかの会社の創業者とか、そんな噂を聞いたことがある。
「将来は、お父さんと同じ道を?」
「さぁ、考えてません。ただ」
常葉くんは珍しく言葉を選び、タレ目がちな瞳から覗く視線が違う方に逸れるので「ただ?」と、首を傾げる。
「早く、楽はさせたいですね」
静かな抑揚は迷うことなく言い放つ。
常葉くんはどんな未来図を思い描いているのだろうか。その意味を私が知る術はない。
問いただすことは烏滸がましくて、静かに
「そうなんですね」
と、返すしか出来なかった。
「本当にここで良かったの?」
会計を終えてマフラーをグルグルと巻いて外に出れば、常葉くんは見透かした言葉を掛ける。
ボーナスが出たら飲みに行こう、そう誘われ二つ返事した私は、その日を迎えた今朝、ちょっとソワソワしていた。
少しリッチにホテルのラウンジとか、普段行かないバーとか、そんなお洒落空間を連想して蓋を開ればいつもの居酒屋だった。
マンションにほど近く、出される料理に間違いが無い
お店。今日の水炊きもお出汁が効いてて美味しかったな。だけど、何だか肩透かしにあった気分だった。
でも、それは最初だけで、飲み始めるとすぐに満足してしまう稚拙な作りな私は今の今までその事を忘れていた。
誰だってそうだとは限らない。常葉くんと一緒だから満タンになる心。
「たまには、少しだけオシャレな所で飲みたいです」
でも、意地悪されたし、我慢するなって言ってくれるので私も口が軽くなる。
オシャレねぇ、と、常葉くんの瞳は宙を泳ぐ。
「常葉くんはそういう所で飲みなれてるんじゃないの?」
「さぁ、普通じゃね」
「よく行くでしょ」
「女を落とす時くらいですね」
「私、連れていかれたことないですよ!」
「はは、本当だ」
口を尖らす私とは対照的に、常葉くんから出された白い息が天に昇って消えていく。
#オフィスラブ
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