テラーノベル
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夕暮れの空が、ゆっくりと茜色へ染まり始めていた。
一花が奈緒を呼び出したのは、高校時代によく三人で訪れていた場所だった。
川沿いの遊歩道を少し進んだ先にある、小さな展望スペース。
学校帰りに飲み物を買っては、日が暮れるまでくだらない話をした。
俊介と奈緒と一花で、何度ここへ来たのかもう覚えていない。
あの頃は、ここにいれば何時間でも笑っていられた。
まさか十年以上経って、こんな気持ちで奈緒を待つことになるとは思わなかった。
「急にどうしたの? しかも、こんな懐かしいところに呼び出して」
やって来た奈緒は、どこか警戒するように一花を見る。
一花はバッグの中へ手を入れた。
指先に触れたのは、白い封筒だった。
けれど、まだ取り出さない。
「奈緒」
「なに?」
「……私に、隠してることない?」
奈緒の表情が、ほんのわずかに強張った。
「何それ。急に」
「嘘ついてることも、本当にない?」
「ないけど」
奈緒は眉を寄せる。
「また水野の話?」
一花はじっと奈緒の目を見つめた。
ここで話してくれたら。
自分から、本当のことを話してくれたら。
まだ何かが変わるような気がしていた。
「水野翼のこと、本当に知らない?」
「知らないって言ったじゃん」
「一度も会ったことない?」
「ないよ」
迷いのない答えだった。
胸の奥に残っていた「もしかしたら」という思いが、音もなく崩れた。
「……そっか」
バッグから封筒を取り出し、中から一枚の写真を抜く。
「じゃあ、これは何?」
「……え?」
奈緒の視線が写真へ落ちた瞬間、顔からさっと血の気が引いた。
一花は、その変化を見逃さなかった。
イベント期間中に撮られた写真。カフェの窓際で、奈緒と一人の男が向かい合って座っている。
「これ、奈緒だよね」
「違う」
「この服、SNSで奈緒が着てるの確認した。それに、髪型だって同じ。お店の人も、奈緒のこと覚えてたよ」
「似てるだけでしょ」
一花は奈緒のどんな反応も見逃さまいと、目を逸らさずに続けた。
「一緒に写ってるの、水野翼だよね」
「……だから違うって! 第一、こんなぼやけた写真じゃ、本当に本人かどうかなんて分からないでしょ!」
奈緒の言葉を聞いて、一花は静かに封筒へ手を伸ばした。
「……じゃあ、こっちは?」
もう一枚の写真を取り出す。
榊が新たに見つけた、別の場所から撮影されたイベントの写真だった。
カフェを出た二人が通りを歩く姿が、偶然その背景に写り込んでいる。最初の写真とは違い、二人の姿はずっと鮮明だった。
「この人、水野だよね?」
奈緒の目が大きく見開かれる。
「……違う」
「奈緒」
「違うって言ってるでしょ!」
突然、奈緒が写真へ手を伸ばした。
一花が反応するより早く写真を奪い取り、胸元へ強く抱え込む。
「こんなの、何の証拠にもならない!」
「じゃあ、どうして隠すの?」
「隠してなんかない!」
「会ったことないって言ったよね」
「一回、話しただけ! それだけだから!」
一花は息を呑んだ。
「……やっぱり、会ってたんだ」
奈緒の表情が固まる。
「奈緒、水野に何を話したの?」
「何も話してない!」
「じゃあ、どうして俊介の借金のことまで知ってたの?」
「知らない!」
「水野が言ったの。『一花ちゃんは、えらくても平気な顔する子なんでしょ』って」
奈緒が息を詰めた。ほんの一瞬、視線が揺れる。
「『えらい』って、奈緒が昔からたまに使う言い方だよね。……自分では、無意識なのかもしれないけど」
しかしすぐに眉を寄せ、一花を睨み返した。
「……だから何? もしかしたら、その水野だって――」
奈緒の逃げ道を塞ぐように、一花は言葉を重ねた。
「……水野は、ずっとここに住んでるんだって。だから、あの人がその言葉を使ったことを、どうしても見過ごせなかった」
奈緒の表情がわずかに強張る。
「最初は、私だってそんなことで奈緒を疑うなんておかしいって思った。でも、水野は私のことを知りすぎてた。俊介の借金のことも、私が悩んでたことも」
一花は奈緒から目を逸らさなかった。
「それで、奈緒が水野と会ってた写真まで出てきた」
「だからって――」
「奈緒から聞いたとしか思えないことまで、水野は知ってたんだよ」
「なんで私ばっかり責めるの!?」
奈緒の声が、一花の言葉を叩き切るように響いた。
あまりの勢いに、一花は息を呑む。
奈緒は肩で大きく息をしながら、睨みつけるように一花を見た。
その目に浮かんでいたのは、追及されたことへの怒りだけではなかった。
もっと古く、もっと深いところに沈められていた何かが、とうとう蓋を押し上げようとしているようだった。
「責めたいんじゃない。私はただ、本当のことが知りたいだけで――」
「同じじゃん!」
その一言を境に、奈緒の様子が変わった。
「……昔からそうだった」
奈緒がぽつりと呟く。
「え?」
「昔から、何でも一花だった」
一花は眉を寄せた。何の話をしているのか分からなかったが、奈緒はもう止まらなかった。
「文化祭の時だってそう。私の方がずっと準備して、みんなの分まで動いてたのに、最後に褒められるのは一花だった。それだけじゃない。大学に入ってからも、仕事を始めてからも、ずっとそうだった」
奈緒の声が次第に震えていく。
「かわいいって言われるのも、好かれるのも、周りから大事にされるのも……いつも一花だった!」
その勢いに、一花は何も返せなかった。
そんなふうに奈緒が自分を見ていたなんて、これまで一度も考えたことがなかった。
「一花は何もしなくても、みんなが勝手に助けてくれる。勝手に好きになってくれる」
「そんなことない」
「俊介だってそう」
その名前が出た途端、一花の身体が強張った。
「……俊介?」
奈緒は唇を強く噛みしめる。
「——私が先に好きだったのに」
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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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コメント
1件
うわっ、第28話でここまで来たか…!奈緒の「私が先に好きだったのに」にはマジで心臓止まるかと思ったわ。今まで一花の視点だけだったから、奈緒がずっと「選ばれない側」として生きてきた重みが一気にドカンときた。友達の裏切りと嫉妬、リアルすぎて苦しい。次どうなるんだこれ…🔥