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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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「奈緒が、俊介を……?」
「高校の時から、ずっと好きだった」
一花にとって、それは初めて聞く言葉だった。
そして——奈緒の脳裏には、まだ生々しく残る、あの日の記憶が蘇っていた。
一花が入院していた頃。
火事で家を失い、仮住まいで暮らしていた俊介のもとへ、奈緒は何度も手伝いに通っていた。
疲れ切って俯く俊介を見ていられず、背後からその身体へ腕を回したあの日。
ほんの少しでも自分を頼ってほしかった。一瞬でも、一花ではなく自分の方を向いてくれたらと思った。
けれど――。
『奈緒、やめろ』
俊介は奈緒の身体を静かに引き離した。
『そんなつもりで呼んだわけじゃない』
そして、はっきりと線を引いた。
『俺は一花の旦那で、お前は一花の友達だ。……そうだろ?』
あの時の痛みは、今も奈緒の胸の奥に残っている。
「火事のあとだってそうだった」
奈緒の声が掠れる。
「私がそばにいたのに、俊介は私を突き放した。昔も今も、結局あの人が見るのは一花だけ」
奈緒の目から涙が零れた。
「いつもそう。いつも選ばれるのは一花」
「私、奈緒から何か奪おうとしたことなんて――」
「そういうところが嫌いなの!」
一花の言葉を切り裂くように、奈緒が叫ぶ。
「自分は何もしてないって顔して! 何もしてないのに、全部持っていく!」
「そんな……」
「私がどんな気持ちだったか、一回も考えたことないでしょ!」
「……知らなかった」
「ほら、またそれ!」
「だって奈緒、一度もそんなこと――」
「言えるわけないじゃん!」
奈緒は涙を乱暴に拭った。
「親友の彼氏が好きだなんて言えるわけない! 結婚してからだって、ずっと好きだったなんて……言えるわけないでしょ!」
一花の胸が痛んだ。
奈緒がそんな思いを抱えていたことも、俊介をずっと好きだったことも、一花は何ひとつ知らなかった。
けれど。
それと、母が死んだことは別だった。
悠真が今も目を覚まさないことも、自分の身体に残った火傷も、奈緒がどれだけ傷ついていたとしても、なかったことにはできない。
一花はゆっくり息を吸った。
「それでも、教えて」
「……何を?」
「水野に何を話したの?」
その名前が出た途端、奈緒の表情が再び強張った。
「私が不幸になればいいって、思ってたの?」
「一花……」
「水野に、私のことを話したんだよね?」
奈緒は唇を引き結んだまま、何も答えない。
一花はその沈黙を見つめた。
否定してほしかった。今からでも、違うと言ってほしかった。
「お願い。ちゃんと話して」
それでも奈緒は口を開かなかった。
一花の視線が、奈緒の胸元へ落ちる。
そこには、奪い取られた写真がまだ強く抱え込まれていた。
「私、警察にも話すつもりだから」
その言葉に、さっと奈緒の顔色が変わった。
「待って」
「黙ってることはできないよ。お母さんが死んだの。悠真だって、まだ目を覚ましてない」
一花は震える声のまま、それでも奈緒から目を逸らさなかった。
「何もなかったことにはできない」
「待ってって言ってるでしょ!」
奈緒の声が裏返る。
怯えたように揺れていた瞳が、やがて一花を見つめたまま、別の感情を帯びていく。
「……また」
「え?」
「また一花だけ助かるんだ」
一花は眉を寄せた。
「何言ってるの?」
「私が全部失っても、一花にはまだ残ってる」
奈緒の手の中で、写真がくしゃりと歪む。
「火傷したって、顔が変わったって、それでも俊介はあんたを選ぶ」
「奈緒……」
「何もかも失ったみたいな顔してるけど、あんたにはまだ俊介がいるじゃん」
一花は息を呑んだ。
母を失い、悠真はいまだ目を覚まさない。そんな自分に向かって奈緒がその言葉を口にしたことが、信じられなかった。
「……な、お……」
奈緒の目から、また涙がこぼれる。
「なんで?」
奈緒の声が震える。
「なんで、いつも最後に選ばれるのは一花なの?」
写真を握る指に、さらに力が入った。
「こんなもの――!」
びり、と乾いた音が響く。
「奈緒!」
奈緒は写真を両手で引き裂いた。一度では足りないとでもいうように、さらに重ねて破っていく。
白い紙片が細かく裂け、夕方の風に煽られて足元へ舞い落ちた。
「ほら! これで何もなくなった!」
奈緒は破れた写真を握りしめたまま、泣き笑いのような顔で叫ぶ。
「全部、なかったことになるの!」
「ならないよ」
一花は思わず一歩近づいた。
「写真を破ったって、起きたことは消えない。だから、ちゃんと話そう」
「来ないで!」
「奈緒――」
「聞きたくない!」
奈緒が激しく首を振る。
「んた、さえ……」
奈緒が一歩、一花との距離を詰める。
「奈緒……?」
「あんたさえ、いなければ――!」
剥き出しの感情をぶつけるように、奈緒が一花へ詰め寄った。
「奈緒……」
「一花がいなければ、全部うまくいってたのに!」
どんっ、と鈍い衝撃が一花の肩を襲った。
奈緒の両手に突き飛ばされ、一花の身体が大きく後ろへ傾く。
「……っ!」
予想していなかった力に、一花の身体が大きくよろめいた。
二、三歩後ずさったところで踵が何かにぶつかり、背中が展望スペースを囲う柵へ叩きつけられる。
「一花……!」
奈緒の顔から、怒りが消えた。
けれど、もう遅かった。
勢いを止めきれないまま、一花の上半身が柵の向こうへ傾く。
とっさに手を伸ばしたものの、指先は空を掻くだけだった。
「一花!」
奈緒の叫び声が響く中、一花の視界いっぱいに夕焼けの空が広がった。
傾いた身体を戻そうとしても、もう間に合わない。
次の瞬間、一花の身体は柵の向こうへ消えた。
コメント
1件
うわっ、めっちゃ重い回だった……! 奈緒の長年の想いと嫉妬が爆発して、一花を突き飛ばすシーン、読んでて息が止まったよ。親友としてずっと隠してきた気持ちをぶちまける奈緒も、何も知らずに向き合おうとした一花も、どっちも辛すぎる。「あんたさえいなければ」って言葉がリアルで刺さった。写真破るところも壮絶だったな……。続きどうなるんだろう、一花は無事なのか、奈緒はどうするのか、めちゃくちゃ気になる!🔥