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「あのさ、美作さん。日雷まで車で行くとなると、結構時間かかると思うんだけど……昼飯の時間、とっくに過ぎちゃうんじゃない?」
家を出発してから20分ほど経過した頃。美作に言われた通り、昼飯に食べたいものをぼんやり考えていた。そわそわしていた気分が落ち着いて冷静になったおかげで違和感に気付いたのだ。
現在の時刻はAM10時過ぎ。どんなに車がスムーズに進んだとしても、日雷まで6時間はかかるだろう。向こうに着くのはPM16時を優に超えることになる。完全に夕方だ。この時間帯の食事なら昼食よりも夕食と呼ぶほうがしっくりくるのではないか。
「……申し訳ありません。私の説明不足でしたね。我々が今向かっているのは日雷ではなく空港です」
「空港? てことは、飛行機に乗るんですか?」
「はい。河合様の仰る通り、日雷に車で直接行くとなると6時間以上はかかってしまいます。あまりに長時間の移動は河合様の負担になるでしょう。少しでも快適な旅路になるようにと、ご主人様が手配なさいました」
飛行機なら日雷まで1時間程度で到着するらしい。なるほど、それなら昼飯に丁度良い時間帯だ。いや、でも……
「美作さん、東野さんの気遣いはとってもありがたいんだけど……飛行機のチケットまでとなるとやり過ぎじゃないかな」
これも『推薦人の役目』だからと主張されても、さすがに気が引けてしまうと伝えると、美作は首を横に振った。
「河合様……ご主人様は今まで誰の推薦人にもなったことがありません。河合様が初めてなのです。つまり、それほど貴方を高く評価しておられるということです。申し訳ないなどと思わないで下さいませ」
「買いかぶり過ぎじゃないかなぁ。事故で受験票を無くした俺に同情してるとこもあると思うよ」
そもそも東野にそこまで評価される覚えがない。東野の前で魔法を使ったのは、彼が熱中症で倒れた際の一度きりだ。たったあれだけで何が分かるというのだろうか。
「いいえ。ご主人様は情だけでそのような事をなさる方ではありません。河合様の内に秘めた才を見出されたのです。学苑の推薦制度は貴方のような人のためにあるのですよ。ただ……ご主人様と同じ『蒼き輝き』を持つ貴方には、試験など必要ないのかもしれませんが……」
「えっ、あお……何だって?」
「すみません、少しお喋りが過ぎたようです。ご主人様は河合様を指南するのを楽しみにしておられますので、今私が余計なことを言うべきではないでしょう」
「指南って……東野さんが俺の先生してくれるってこと?」
「はい。他の被推薦者たちに引けを取らないようにとの事です。試験本番までに出来るだけのことをすると仰せです」
10日も早く現地入りする理由はこれだったのか。金銭面だけでなく、技術的なところまで面倒を見てくれるだなんて……
まさか、これがチャーハンの御礼だろうか。東野は俺の料理をやたらと褒めてくれた。あれの礼もまた別にするとか言ってたような……
正式な講師ではないらしいけど、学苑に所属する優秀な魔道士であろう東野。そんな彼から指導をして貰えるなんて、相当レアなことではないのか。どうやったって残りものチャーハンの対価としては釣り合わない。
「ねぇ、美作さん。東野さんってさぁ……」
『何者なの?』と質問しようとした口が途中で閉じた。バックミラー越しに美作と目が合ったのだ。美作は笑顔だった。怒っているわけではなさそうだけど……その視線に妙な威圧感を覚えてしまい、言葉を続けられなくなってしまったのだ。
「……なんでもないです」
「申し訳ありません。ご主人様が河合様にお伝えしていない事柄を、私の一存でお教えすることはできません。でも、日雷に着けばご主人様については概ね理解できると思いますよ」
どうやら美作は東野から口止めをされているようだ。これ以上言及すると変な空気になりそうだったので、東野の話題はここで終了する。
その後は美作と他愛もない雑談を交わしながら、空港までの道のりをひたすら進んでいくのだった。
「はっ? えっ……ちょ、どういうこと?」
空港に無事に到着したのも束の間……更なる衝撃が俺を襲った。またしても俺は勘違いをしていたのだった。
「我々がこれから搭乗するのはご主人様が所有しておられるプライベートジェットです。専用の動線がありますので、定期便に乗られる方たちと同じ列に並ぶ必要はないのですよ」
「プ、プライベートジェットって……その、東野さん自分の飛行機持ってるの?」
「はい。プライベートジェットはビジネスジェットとも呼ばれているのですが、ご主人様も遠方へ仕事に行く際に利用しておられます。他人の目を気にすることなく、搭乗手続きで待たされることもないので、ご主人様は大変気に入っておられますよ」
俺は当たり前のように『日雷行きの定期便のチケット』を用意してくれたのだと思っていた。てか、それ以外の選択肢など無かった。ところが、実際に東野が用意していたのは『日雷行きの飛行機』そのものだったのだ。乗客は俺と美作さんのみ。初めて乗る飛行機が個人所有のものだなんて……一体いくらかかっているのだろうか。俺には想像することすらできない。
今この場にいないくせに、東野はどれだけ俺を翻弄すれば気がすむのか。日雷に着いたら彼のことは概ね分かると、美作さんは言っていた。学苑の偉い人だろうとは思うけど……だんだん知るのが怖くなってきた。